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第258話:ヴァン=リーニッツ=ドラゴンナイズ

 重い扉を開いた先にある大広間を、リリィはゆっくりと歩いていく。

 鼻をつく血の匂い。王城全体にこの匂いは染み付いているが、この広間は特にひどい。

 そんな状況を客観的に分析したリリィは一つの結論に達し、悔しそうに奥歯を噛み締めた。


「やあ、リリィ。来てくれて嬉しいよ」

「ヴァン……!」


 やがてリリィの視界に現れたヴァンは、両手を左右に広げながら優しく言葉を紡ぐ。

 しかし優しいその声とは裏腹に、その足元には国王らしき男と騎士たちの死体が転がっていた。


「ああ、こいつらかい? ここから外に出て“民を守る”なんて寝言言ってたから、ちょっとひねってやったんだ。いやぁ、想像以上に歯ごたえが無くて笑ってしまったよ」


 ヴァンは狂ったような笑い声を響かせながら、国王らしき男の頭を軽く蹴飛ばす。

 その顔はただ楽しそうに笑っており、ニンゲンの死体を見つめる彼の目は、どこまでも冷たい。

 そうして死体を蹴っていたヴァンだったが、やがてその死体の上に腰掛けると、リリィに向かって言葉を発した。


「さてリリィ、本題に入ろうか。単刀直入に言うよ。僕と一緒に国に帰ろう」


 ヴァンは優しい表情をしながら、柔らかな声で促すように言葉を紡ぐ。

 そんなヴァンの優しさに触れたリリィは、全身の肌が冷たくなるのを感じた。


「ね? 言うことを聞いてくれ、リリィ。君と僕の仲じゃないか。ニンゲンとのくだらない旅ごっこなんて止めて、僕と一緒に竜族の里へ帰ろう」


 ヴァンは両手を左右に広げたまま微笑を浮かべ、リリィに向かって言葉を紡ぐ。

 そんなヴァンの言葉を受けたリリィは腰元の剣の位置を直すと、顔を上げて返事を返した。


「断るよ、ヴァン。あなたはやっぱり、何もわかっていない」

「なんだって……?」


 想定外のリリィの答えを聞いたヴァンは、怪訝そうな表情でリリィへと返事を返す。

 そんなヴァンの言葉を受けたリリィは、にっこりと微笑みながら言葉を紡いだ。


「私は見たんだよ、ヴァン。どんな種族も出で立ちも関係なく、酒を酌み交わすことのできる世界。誰もが笑い、互いを尊重する世界。いつも暗雲に閉じ込められ、競い合うことしか出来ない私達とは、まるで違う。そんな世界で見上げた星空の美しさを、酌み交わした酒の味を、私は一生忘れないだろう」

「…………」


 ヴァンはリリィの言葉を受けるとがっくりと頷き、黙って続きを促す。

 そんなヴァンの様子を見たリリィはその顔を真剣な表情に変えると、さらに言葉を続けた。


「だから、許せないんだ。そんな世界を壊した貴様を。それを止められなかった自分自身を。私は一生、許せそうに無い。でも、立ち止まっていては生きていけない。だから私は貴様と……ヴァン=リーニッツ=ドラゴンナイズと、戦うんだ」


 リリィは静かに剣を抜刀して構えると、その剣の切っ先をヴァンに向ける。

 そんなリリィの様子を見たヴァンは俯きながら笑い声を響かせ、やがて狂ったような笑顔をリリィに向けた。


「ふふっ、まさかそこまでニンゲン共に侵されていようとは、さすがに予想できなかった。―――いいよ、リリィ。君が僕のものにならないなら……僕は君を殺して、“永遠”に変えてあげよう!」


 ヴァンは狂ったような笑顔を浮かべると足元に置いていた二本のハルバードを手に取り、正面からリリィと対峙する。

 その全身から発せられるオーラは凄まじく、リリィは精神的なプレッシャーを強く受けた。


『これが、竜族騎士団団長の実力というわけか。しかし私とて……負けられない訳がある!』


 リリィは抜刀した剣を肩に担ぎ、一瞬にしてヴァンとの距離をゼロにする。

 しかしその動きを看破していたヴァンはすぐにバックステップを踏み、リリィとの距離を離した。


「あはははははっ! 甘いよ、リリィ!」


 ヴァンのバックステップによって、リリィとの間に距離が空き、すでにリリィの剣の射程圏内からヴァンは大きく外れている。

 しかし逆にヴァンのハルバードからは、リリィの体が丁度射程圏内に入っていた。


「しまった……この距離は!?」

「遅い!」

「ふぐっ……!」


 ヴァンは壊れた笑顔を浮かべながらハルバードを水平に振り回し、その巨大な刃をリリィへと叩きつける。

 リリィは咄嗟に剣を使って防御するがその衝撃は吸収しきれず、やがて広間の中を吹き飛ばされていった。

 何本もの石柱を破壊し、吹き飛ばされていくリリィ。やがて部屋の壁に激突したリリィは、一瞬呼吸を忘れた。


「はっぐ……!? くそっ!」


 リリィはすぐに呼吸を正常に戻し、めり込んでいた壁から脱出すると、反撃しようと遠くにいるはずのヴァンを見つめる。

……がしかし、すでにその空間にヴァンは存在しない。

 そしてその刹那、リリィは自身の下から異様な殺気が放たれていることを感じ取った。


「はははははっ! 遅い、遅いよぉ、リリィぃ!」

「ぐっ! ヴァン……!」


 ヴァンは狂ったような笑顔を浮かべながら、リリィの顎に向かって下から抉るような蹴りを浴びせる。

 リリィはかろうじて剣でガードしたものの、その身体は簡単に空中へと打ち出された。


「その状態じゃもう、避けられない……僕の勝ちだ、リリィ。君はずっと、僕のものになるんだよ!」


 嬉しいねぇと続けながら、ヴァンは二本のハルバードを空中のリリィに向かって振り下ろす。

 空中で身動きの取れないリリィは、そのままハルバードの一撃を―――


「まだ、だ。まだ終わっていないぞ、ヴァン」

「っ!?」


 ハルバードの一撃を受けることなく、いつのまにかヴァンの背後に立っているリリィ。

 その背中には漆黒の翼があり、腰骨からは黒光りする鎧のような尻尾が生えている。

 そんなリリィの姿を見たヴァンは、呆然として言葉を失った。


「驚いた、か? 私もこの力を完全に制御できているわけではない……が。今の貴様を屠るなら、充分すぎる力だ」


 それに私には、この剣がある。と言葉を続け、シェルスフィアの剣を一度横に振って見せるリリィ。

 その凛々しい姿を見たヴァンは呆然としていたが、やがて小さく言葉を落とした。


「―――くしい」

「何……?」


 リリィはヴァンの言葉の意味がわからず、一度だけ聞き返す。

 するとヴァンは壊れた笑顔を見せ、さらに言葉を続けた。


「美しいよ、リリィ! ああ、なんて美しさなんだ! まさに君こそ竜族の完成形、いや理想の姿だ!」


 ヴァンは大きな声で笑いながら両手に持ったハルバードを左右に広げ、目の前のリリィへと狂った笑顔を向ける。

 そんなヴァンを見たリリィは小さく息を落とすと、一瞬で互いの間にあった距離を詰めた。


「悪いが……ヴァン。貴様の喜びに付き合っている暇はない」

「っ!?」


 自分に探知されることなく距離を縮めてきたリリィ。それに驚いたヴァンは一瞬、対応が遅れる。

 そしてそんなヴァンの隙を突いて、リリィはその腹部へ回し蹴りを叩き込んだ。


「あっぐ!? ああああああああああ!」


 ヴァンは一瞬呼吸を忘れ、そのまま広間の中を吹き飛ばされていく。

 何本もの石柱を破壊したヴァンはやがて広間の隅の壁にめり込むと、ようやくその進行を止めた。


「まだ、だああああああああ!」

「っ!?」


 壁にめり込んだヴァンにも容赦なくリリィは距離を詰め、ヴァンの顎に対してアッパーカットを叩き込む。

 そんなリリィの一撃を受けたヴァンは悶絶し、めり込んでいた壁を破壊しながら空中を進む。


「これで終わりだ! ヴァン!」


 天井に向かって移動するヴァンを追いかけてリリィは跳躍すると、上段に剣を構える。

 その剣には明らかな殺気が乗せられており、強烈な死の香りがヴァンを包んだ。


「お、お……オアアアアアアアアア!」

「!?」


 ヴァンは突然咆哮を響かせると、上段に剣を構えていたリリィを気迫だけで後ろに吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた先の石柱に足を乗せ、その衝撃を緩和したリリィだったが……目にした光景に、その両目を見開いた。


「ば、かな……」


 リリィの視線の先にある、ヴァンの姿。

 ヴァンの背中には白銀の翼があり、その腰骨の辺りからは白く輝く鎧のような尻尾が生えている。

 その姿はまさに、覚醒したリリィの姿そのものだった。

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