第257話:風雷神剣・シェルスフィア
プロキア城内を駆け抜けるリリィは、人の気配を求めてさ迷っている。
しかし城内のほとんどの部屋を覗いた現在でも、人の気配を感じることは出来ない。
リリィは倒れている兵士の遺体を見ると不安に駆られ、奥歯を強く噛み締めた。
『くそっ、私が諦めてどうする。私が倒すんだ。私が……ヴァンを倒す!』
リリィは強い想いを両足に込め、さらに速いスピードで広い城内を駆け抜ける。
そうしてしばらく走っていると、一際大きな扉がリリィの前に現れた。
「!? 間違い、ない。奴はここに……いる」
リリィはごくりと大きく唾を飲み込み、目の前の巨大な扉を見上げる。
豪華な装飾の施されたその扉は悠然と佇んでいるが、今ではその姿もどこか物悲しい。
その扉の周りでは特に、倒れている兵士や残骸の数が多い。
それらの情報を統合すれば、答えは明らかだった。
「今行くぞ、ヴァン。私とお前の、真剣勝負だ」
リリィは一歩踏み出すと、扉を押し開こうとその手を扉に触れる。
しかしその刹那、背後から色っぽい声が響いてきた。
「あら、ちょっと待ってぇ? あなたをそのまま行かせるわけにはいかないわぁ」
「セラ!? なぜこんなところに!」
リリィは背後から突然話しかけられたことに驚き、振り返りながら声を荒げる。
そんなリリィの言葉を受けたセラは、胸の下で腕を組みながら返事を返した。
「なぜなんて言う事ないじゃなぁい? あなたにとって必要な二人を連れてきたのよぉ」
「必要な、二人……?」
リリィは困惑した様子で、セラに向かって言葉を紡ぐ。
そんなリリィの言葉を受けたセラは、広げていた翼をたたんでその後ろに立っていたリースとレンをリリィに見せた。
「リース、レン!? お前たちまで、何故ここに!?」
リリィは驚愕に目を見開き、リース達に言葉をぶつける。
そんなリリィの声を受けたリースは、俯きながら返事を返した。
「そ、それが、僕達も気付いたらここにいて。何がなんだか……」
リースは困ったように眉を顰め、リリィに向かって言葉を返す。
そんなリースの言葉を受けたリリィは即座にセラの仕業だと考えを巡らせ、セラに向かって近づきながら声を荒げた。
「セラ! 何を考えている!? この先には危険な男がいるんだぞ!」
ヴァンの強さを誰よりも理解しているリリィは、セラに向かって言葉をぶつける。
そんなリリィの言葉を聞いたセラは、両手で耳を塞ぎながら平然と返事を返した。
「ぁん。そんなにおっきい声出さないで。それにその“危険な男”と一騎打ちをしようってお馬鹿さんは、どこの誰かしらぁ?」
「なっ……」
セラの言葉を受けたリリィは言い返すこともできず、右手を強く握り締める。
そんなリリィの右手を見たセラは小さく微笑むと、リリィの右手を両手で優しく包み込みながら言葉を紡いだ。
「あなたのこの手は確かに、強いわぁ。でもその腰の剣は、これからの戦いにはちょっと頼りないんじゃなぁい?」
「…………」
セラの視線の先を追いかけ、自身の腰に下げられた剣を見つめるリリィ。
確かにこの剣は街の販売店で購入した量産品で品質はそれなりだが、これからの戦いに耐えられるかどうかは正直言って厳しい。
いや、はっきり言ってしまえば役不足と言えるだろう。
「だが、だがそれがどうだと言うんだ! 私に退けというのか!?」
リリィはセラの真意が理解できず、さらに声を荒げる。
あの楽しかった夜を、リリィは忘れられない。あの夜を奪ったヴァンを、リリィは許せない。
だから例え役不足の剣でも、リリィは前に進むしかないのだ。それくらいのこと、セラとて先刻承知のはず。
なのに何故今自分を止めるのか、リリィは本当に理解できなかった。
「んもぅ、勘が鈍いわねぇ。冷静なリース達だったらここまで話せば、もうわかったんじゃなぁい?」
セラは胸の下で腕を組みながら、リース達に向かって振り返りながら言葉を発する。
そんなセラの言葉を受けたリースはやがてはっと何かに気付いた様子で顔を上げると、やがて言葉を紡いだ。
「そう、か。剣練成。僕とレンが協力すれば、あるいは―――」
「その剣より強い剣を作ることができる、というわけですか。なるほど」
「あっ! もうレン! 僕のセリフ取らないでよぉ!」
「早い者勝ちです」
「なにそれ!?」
リースはガーンという効果音と共に、レンに向かって言葉を返す。
そうして言い合いを始めた二人を見たリリィは、やがて緊張の糸が切れたように笑い始めた。
「ふふっ。あははははっ。こんな状況でもお前達は、いつもと変わらんな」
リリィはずっと肩に力を入れていたのが馬鹿らしくなって、砕けた笑い声を響かせる。
そんなリリィの笑い声を受けたレンは、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「お願いです、リリィさん。僕達もリリィさんを、手伝いたいんです」
「お願い、リリィさん!」
リースは祈るような視線をリリィに向け、レンは真剣な表情でリリィの顔を見上げる。
そんな二人の姿を見たリリィは、にっこりと微笑みながら返事を返した。
「ああ、是非お願いするよ。ヴァンを倒せるだけの剣を、二人で造ってくれ」
リリィはにっこりと笑いながら、二人に向かって返事を返す。
そんなリリィの言葉を受けたリースは、笑いながらぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「あはははっ! やったぁ! やったね、レン!」
「はしゃがないでください! 僕達の仕事はこれからなんですよ!?」
レンははしゃぎ回るリースを注意し、眉間に皺を寄せて言葉をぶつける。
そんなレンの言葉を受けたリースは「ごめんごめん」と頬をかきながら返事を返した。
そうして二人は剣練成の準備のため、共同作業で練成陣を地面に描いていく。
二人の姿を見たリリィは穏やかなその表情のまま、いつのまにか二人の後ろに立っているセラへと視線を向けた。
『……ありがとう、セラ』
リリィは言葉にしないながらも、視線を使ってセラに向かって想いを伝える。
そんなリリィの想いを受けたセラはにっこりと微笑んで頷くと、やがて小さく言葉を落とした。
「いいのよぉ。これは私にとって、償いのひとつでもあるんだからぁ」
「???」
リリィはセラの言葉の意味がわからず、小さく首を傾げる。
そしてそうこうしているうちに、リース達の練成陣が完成した。
リースとレンは練成陣の左右にそれぞれ立つと、どちらともなく両手を練成陣に掲げ、声を発する。
「「はぁぁぁぁぁ……」」
リースとレンの二人は精神を集中し、練成陣はそんな二人に呼応するように黄緑色と金色に輝き始める。
すると城の窓から強い風が練成陣に向かって吹き込み、練成陣の中央では激しい稲妻が発生した。
「「剣練成……シェルスフィア!」」
リースとレンの二人は同時に叫び、練成陣をより一層輝かせる。
リリィはその輝きに一瞬目を細めるが、やがて練成陣の中央を見つめると、一本の剣の存在を確認した。
「これが、剣。二人の剣、シェルスフィア……」
練成陣の中央に佇むその剣は風と稲妻を伴い、強大な力が集中していることを暗示している。
リリィはおそるおそる剣に近づくと、その柄を力強く握った。
「っ!? こ、これは……!」
剣を握ったリリィはそのまま剣を振り回し、その感触を確かめる。
そしてそのまま人のいない方角に向かって、軽くその剣を振り下ろした。
「っ!?」
振り下ろした瞬間に発生する風の衝撃波は稲妻を伴って走りぬけ、剣閃の先にあった城壁を綺麗に切り裂く。
その切り口の美しさを目にしたリリィは、驚愕に目を見開きながらその刀身を見つめた。
「すご、い。これほどの逸品、そうそう手にできるものではない」
正直言ってシェルスフィアの切れ味は、たとえ首都であるセレンブレイア王国の市場でも、購入することはおろか見つけることすら難しいだろう。
この切れ味と美しさは、一国の王か騎士団長が手にするのに相応しいものだ。
そしてリリィは腰元の剣を抜いて地面に突き刺すと、代わりにシェルスフィアを鞘の中に収めた。
「……ありがとうリース、レン。お前達のおかげで、私は戦える」
リリィは改めてリースとレンの方角へ身体を向け、言葉を紡ぐ。
そんなリリィの言葉を受けたレンは、にっこりと微笑みながら返事を返した。
「これくらい、当然です。僕達にできるのはこれだけですから」
「うん! リリィさん、シェルスフィアを使って、絶対に帰ってきてね!」
微笑みながら返事を返すレンと、ぐっと両手を握り込みながら笑って言葉を返すリース。
そんな二人の姿を見たリリィは感極まって、その二人を抱きしめた。
「りっ、リリィさん!?」
「リリィ、さん……」
抱きしめられたレンとリースはそれぞれ対照的な反応を返すが、リリィの腕の中にいるという事実は変わらない。
リリィ何かを確かめるように二人を抱きしめると。やがて決心した表情になって立ち上がる。
そしてそのままゆっくりと、二人に背を向けて歩き出した。
「ではな、リース、レン。この城からは離れるんだぞ」
リリィはにっこりと微笑みながら顔だけ振り返り、二人に向かって言葉を紡ぐ。
そんなリリィの笑顔に何かを感じたリースは不安そうな表情をし、気付けば声を発していた。
「りっ、リリィさん!」
「……ん?」
リースの言葉を受けたリリィは二人に背中を向けたまま、もう一度だけその顔をリースへと向ける。
横目で見たリースの顔は不安の色に支配されていたが―――やがてリースは意を決すると、にっこりと笑って言葉を続けた。
「…………いってらっしゃい!」
リースは満面の笑顔で、その言葉を紡ぐ。
果たしてその言葉には、どれほどの意味が込められているだろうか。
そしてその意味のうち、いったいどれだけをリリィは受け止められただろうか。
その答えはわからない。わからないが―――
「……ああ! いってきます!」
最後に一度だけ振り返ったリリィの笑顔は、まるで年端もいかぬ少女のようで。
リースはそれ以上の言葉をもう、紡ぐことができなかった。
そうしてもう一度踵を返したリリィは、巨大な扉に手をかけ、それを押し開けていく。
やがて扉の向こうに吸い込まれるように入っていったリリィを見送って……リースは一度だけ強く、頷いていた。