第255話:炎のチカラ
「まだ耐えるか。頑丈なニンゲンだな」
「へっ。そいつばっかりは、母ちゃんに感謝だな」
アニキはふらふらと立ち上がり、かろうじて動く左腕を上げてヴォルグへと狙いを定める。
しかしそんなアニキの様子を見たヴォルグは一瞬で距離を詰め、突き出された左拳を左手で握り潰した。
「あっぐ、ああああああ!?」
アニキは激烈な痛みに耐えかね、絶叫にも似た声を広間に響かせる。
そんなアニキの様子を見たヴォルグは、わずかに目を見開いて驚いた。
「ほう。普通なら失神するはずの痛みだが……よく耐えたな。もっとも、それが幸せとは言い難いが」
「へっ。別に、てめぇに幸せを運んで貰おう、なんて、思っちゃいねー、よ」
アニキは痛みによって乱れた呼吸の間で、かろうじて言葉を返す。
そんなアニキの額からは滝のように汗が流れ、その笑顔も大分引きつっている。
しかしアニキはそれでも、構えを解くことはない。
あくまで左拳は突き出したまま、ヴォルグに狙いを定めていた。
「これ以上は、時間の無駄だな。さっさと片付けて他に行くとしよう」
ヴォルグは瀕死状態のアニキを見下すと、右手に握ったハルバードを上に向かって振りかざす。
巨大なハルバードの刃はまるで断頭台のように、アニキを冷たく見下ろしていた。
『くっそ。意識が途切れやがる。俺ぁ、こんなところで死ぬのか』
アニキは乱れた呼吸を繰り返しながら、無言で振り上げられたハルバードを見上げる。
そんなアニキを見たヴォルグは、小さく息を吐きながら言葉を紡いだ。
「これで、最後だ。言い残すことはあるか?」
ヴォルグは冷たい瞳でアニキを見つめ、振りかざしたハルバードの下で最後の質問をする。
そんなヴォルグの質問を受けたアニキは、迷わずに返答を返した。
「ねぇよ、そんなもん。言ったら墓にでも刻んでくれるのか?」
「いいや、ただの気休めだ」
「だろうな」
ヴォルグとアニキは視線を交わしながら、淡々と会話を終える。
そうしてヴォルグは無言のまま、ハルバードを振り下ろした。
『ああ、クソが。こんなとこで終わるのか。こんなところで俺は、終わっちまうのか』
いいや、そうじゃない。今自分が想うべきは、きっとそんなことじゃない。
こんなところで終わることが、怖いんじゃない。自分の想いを突き通せずに終わることが、何より怖い。
その事を発見したアニキは両目を見開き、自分自身の心と生まれて初めて対峙する。
しかしそんなアニキに、無慈悲にもハルバードの刃は振り下ろされた。
「……終わりだ」
ヴォルグの一言と共に振り下ろされる、巨大ハルバードの刃。
アニキの鍛え上げられた肉体は肩から腰にかけて斜めに切られ、大量の鮮血がヴォルグに降り注ぐ。
やがてアニキは多量の出血をしながらがっくりと膝を折り、前のめりに倒れた。
そんなアニキにもう、ヴォルグは振り返らない。
一度ハルバードを強く横に振るとアニキの血を払い、そのまま踵を返して歩いていく。
そうしてゆっくり離れていく、ヴォルグの足音。
アニキの身体はぴくりとも動かず、血の海にその身体を浮かせている。
ヴォルグはもう、振り返らない。
脆弱なるニンゲンに、鉄槌は下ったのだ。
だからもう、振り返らない。
振り返らない―――はずだった。
「待て……よ。喧嘩はまだ終わってねえ、だろう?」
「なっ!?」
ヴォルグは背後に感じた気配を信じられず、しかし、振り返らずにはいられない。
振り返ったヴォルグの視界には、ふらつきながら立つアニキの姿が映し出されていた。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ……」
アニキはがくがくと両足を震わせながら、ゆっくりとその身体を起こしていく。
ヴォルグに斬られたはずの傷跡には血の代わりに炎が走り、一瞬にしてその傷が治癒する。
そんな傷跡を一度撫でたアニキは、活力のある瞳でヴォルグを睨みつけた。
そしてそんなアニキを見たヴォルグは、驚愕に目を見開きながら言葉を落とす。
「ば、かな。あれだけの傷を、一瞬で治癒しただと……!?」
ヴォルグは信じられないものを見るような目で、アニキの姿を見つめる。
アニキは全身を回復した様子で肩をぐるぐると回し、やがて傷のない状態でヴォルグを見つめた。
「ファイア・ヒール……ってのか? わりぃけどてめえに受けた傷は全部、治させてもらったぜ」
アニキは何度も右拳を握りなおしながら、その手の感触を確認する。
その右手にはいつのまにか強大な力が宿り、やがてアニキの全身に炎が纏わりついていた。
「き、さま。一体何者だ!? ニンゲンではあるまい!」
ヴォルグはこの時初めてアニキに対して正面から対峙し、ハルバードを構える。
そんなヴォルグの言葉を受けたアニキは、歯を見せて笑いながら返事を返した。
「知らねえなら、教えてやる。俺ぁハンター集団ダブルエッジクロイシス支部団長。人呼んで……」
「っ!?」
アニキは一度強く右足を踏み込むとその足先から炎の道を作り出し、その道の上を驚異的なスピードで移動する。
そんなアニキの動きに反応できなかったヴォルグは、かろうじてハルバードを身体の前に構えた。
「人呼んで、アニキ。だぁああああああああああああああ!」
「がっ……!?」
アニキは炎を纏った右拳を突き出し、ヴォルグの構えていたハルバードをへし折ると、そのまま腹部にねじ込んだ拳に力と炎を込めていく。
そんなアニキの拳撃を受けたヴォルグは、声も出ないまま石柱を何本も破壊し、やがて城の壁に衝突した。
頭部から血を流すヴォルグ。片目でアニキを見つめると、アニキは伸ばした拳を戻しながら言葉を続けた。