第254話:ヴォルグ=ヤーガスト
アニキの拳を片手で受け止めているヴォルグは、欠片も表情を変えずにその拳を握り続ける。
しかしどんなに強く掴まれてもアニキは顔色一つ変えず、自身の拳に力を込め続けた。
「ほう、我が腕力を受けてなお退かぬとは、根性だけは一人前だな」
ヴォルグはほんの少しだけ感心した様子で笑うと、小さく言葉を落とす。
そんなヴォルグの言葉を受けたアニキは、悪戯に笑いながら言葉を返した。
「へっ、あいにく、それだけが取り得なんでね!」
アニキはヴォルグの言葉を受けながらも拳を突き出し続け、やがてヴォルグの巨体を数センチほど後ろに下がらせる。
しかしその状態を見たヴォルグはアニキの拳を掴んだ手にさらなる力を込め、アニキの身体を壁に向かって放り投げた。
「お、おおおおっ!?」
突然視界が逆さまになったアニキは一瞬動揺するが、すぐに状況を理解し、近づいてくる壁を睨みつけるとそれを殴りつけて激突の衝撃を緩和し、やがて地面へと着地する。
そんなアニキを見たヴォルグは、巨大なハルバードを担ぎながら言葉を発した。
「遊びはこれまでだ、ニンゲン。貴様の首、我が刃で貰い受ける」
ヴォルグは巨大なハルバードを片手で軽々と振り回し、槍の切っ先をアニキへと向ける。
そんなヴォルグの様子を見たアニキは、またしても悪戯に笑いながら返事を返した。
「おーおー、怖いねぇ。急ぎの用でもあんのかい?」
アニキは体勢を低くして右拳を前に突き出しながら、ヴォルグを睨みつけながら言葉を紡ぐ。
しかしそんなアニキの構えに物怖じすることなくヴォルグはステップインすると、アニキとの距離を一瞬で縮めた。
「っ!?」
「せあああああああああああ!」
圧倒的スピードに驚いたアニキが両目を見開いた隙に、その胴体を切断しようとハルバードの刃を水平に振りぬくヴォルグ。
しかしアニキはそんなヴォルグの動きに反応し、ほぼ反射的に突き出した拳をハルバードの柄にぶつけた。
「っ!? 小ざかしい……!」
ヴォルグの巨体はアニキの拳の衝撃によって後ろに吹き飛ばされるが、それでもなおその体勢は崩れない。
やがてヴォルグはハルバードの石突部分を地面に突き刺すと、後退する自身の身体を無理矢理停止させた。
そうしてヴォルグは改めてアニキを睨みつけるが、もうその場にアニキの姿はない。
しかし次の瞬間頭上から殺気を感じたヴォルグは、すぐに上方へと視線を移した。
「おらあああああああ!」
「っ!」
アニキは空中で自身の右肩の後ろに炎を噴き出させると、その勢いに乗って右拳をヴォルグへと突き出す。
そんなアニキの右拳に合わせ、ヴォルグも右拳を突き出してそれにぶつけた。
激突する、両者の強靭な拳。その衝撃は城全体に響き、石造りの頑丈な壁や床もミシミシと揺れる。
やがてアニキは右拳に痛みを感じてそれを引くと、地面に着地して右手を左手で押さえた。
「ちぃっ……我ながら、貧弱な拳だぜ」
アニキは悔しそうに眉間に皺を寄せながら、痛めてしまった右拳を握り締める。
そんなアニキを見たヴォルグは、小さく息を落としながら返事を返した。
「貧弱? 確かにそうだが、それだけではない。我の拳が強大すぎるのだ」
「へっ、そりゃどーも。なかなか言ってくれるねぇ」
アニキは嫌な汗をかきながら、ズキズキと痛む右拳を握り締める。
そんなアニキの姿を見たヴォルグは、顔を横に振りながら言葉を発した。
「もう諦めろ、ニンゲン。利き手を失った貴様に勝ち目は無い。こんなちっぽけな国の国民など、どうでも良いであろう」
ヴォルグは半分呆れた様子で、やれやれと言葉を発する。
そんなヴォルグの言葉を受けたアニキは、全身の体温を上昇させた。
「ああ? てめぇ……今、なんつった?」
アニキは次第に上がってくる体温を抑えられず、こめかみをヒクつかせながら言葉を発する。
そんなアニキの言葉を受けたヴォルグは、ため息を落としながら言葉を続けた。
「聞こえなかったか? ちっぽけな王国のちっぽけな国民など、放っておけと言ったのだ。今ならまだ、苦しまないように殺してやる」
ヴォルグはハルバードを地面に立てながら、確かめるように言葉を紡ぐ。
そんなヴォルグの言葉を受けたアニキは左拳を前に突き出すと、左肩の後ろから炎を噴き出して体勢を低くした。
「―――今、ようやく決まったよ。やっぱてめえは、俺がぶっ飛ばす!」
アニキは真っ直ぐにヴォルグを睨みつけると、荒々しく言葉をぶつける。
そんなアニキの言葉を受けたヴォルグは、物怖じせずに返事を返した。
「やれやれ、だ。学習能力の無いニンゲンだな」
ヴォルグはつまらなそうにアニキを見つめ、馬鹿にするような声で言葉を落とす。
そんなヴォルグの言葉を受けたアニキは、左肩の後ろから吹き出した炎をさらに強化し、自身の身体を回転させながらヴォルグへと急接近させた。
「学習能力がねえだと……? んなこたぁ先刻承知よ!」
アニキは炎によって加速した身体の勢いを利用し、炎を纏った左拳をヴォルグに向かって突き出す。
するとヴォルグはそんなアニキの背後に回りこみ、小さく息を落とした。
「しかし―――足りない。それでも貴様は、足りな過ぎる」
「っ!?」
背後に回られたのに気付いたアニキはほぼ反射的に、天性の勘をもって顔の右側を右腕でガードする。
するとそのガードの上から、ハルバードの柄が強く叩きつけられた。
「ふっぐお!?」
アニキはヴォルグの振り回したハルバードの力に打ち負け、何本も石柱を破壊しながら広間の中を吹き飛ばされていく。
やがて城の頑丈な壁に激突したアニキは、背中からの衝撃を受けて鮮血を口から吐き出した。
「かっは……!?」
鮮血で赤く染まる、アニキの視界。
自分の中の最高速度で繰り出した最高の技を、簡単に破られた。
いくら利き腕ではなかったとはいえ、この結果はあまりに重い。
アニキはかろうじて動く左手で口元の血を拭うと……ゆっくり近づいてくるヴォルグを、真っ直ぐに睨みつけた。