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第253話:絶空のアスカ

「くっそ……どこだ! まさか、逃げたの!?」


 フレジットは動揺した様子で、自身の周囲を見回す。

 しかしフレジットには、もう薄々わかっていた。アスカは逃げたわけではないと。

逃げたなら逃げたで、逃げるときの気配を自分は感じるはずだ。

 しかし周囲を見回すフレジットにはいつのまにか―――アスカの姿はおろか、気配すら感じられなくなっていた。

 そんな状況を客観的に見たフレジットは、既にアスカが“逃げた”という可能性を考えたわけだが……次の瞬間その考えは間違いだったと思い知る。


「痛っ! な……!?」


 突然ぱっくりと傷口が開いた、フレジットの右肩。

 竜族特有の回復力でその傷は少しずつ癒えてきているが、問題はそれではない。

 斬られた気配を……いや、アスカが近づいた気配すら、自分は感じなかった。

 その事実にフレジットは奥歯を噛み締め、やがて竜の咆哮を響かせた。


「ふざけるな……ふざけるなよ、ニンゲン風情があああああああああ!」


 フレジットは大声を中庭に響かせ、その咆哮は空を流れる雲すらも震わせる。

 そしてそのままフレジットはステップを踏み、自身に出せる最高速度で中庭を駆け回った。


「どうだ! 私にはこのスピードがある! 私には―――」

「んんー、でも、あたしにだってスピードはあるよん?」

「っ!?」


 突然アスカはフレジットの目の前に姿を現すと、口をωの形にしながら困ったように眉を顰め、言葉を発する。

 そんなアスカの言葉を受けたフレジットは目を見開き、左手のナイフでアスカの顔面へと刺突を繰り出した。


「舐める、なああああああああ!」

「いや、別に舐めてねーっすよ?」

「っ!?」


 超高速の空間で繰り出された、フレジットの刺突。

 しかしその刺突も、アスカの前ではスローモーション同然。

 アスカは近づいてくるナイフをギリギリまで見つめると、余裕をもってその攻撃を回避する。

 そしてアスカは再びフレジットの前から姿を消し―――置き土産のように、フレジットの左肩を切り裂いた。


「あっ……ぐ!? あああああああああああ!」


 フレジットは苛立った様子で自身の右側にナイフを振り回すが、そこにもうアスカの姿はない。

 完全に遊ばれていることに気付いたフレジットは、顔を青くしながら言葉を落とした。


「まさ、か。“不可視”よりさらに上の段階の速さ、“絶空”!? その領域に、ニンゲンごときが到達したっての!?」


 ふざけるな、ふざけるなよと脳内で繰り返しながら、さらに自身のスピードを上げていくフレジット。

 そうして自身の限界をあっさりと超えたフレジットだった。

だが、しかし。


「それでも、あたしは超えられないよ」

「っ!?」


 突然アスカはフレジットの目の前に出現すると、突き出すような蹴りをフレジットに叩き込む。

 フレジットは一瞬呼吸を忘れ、中庭から見える城壁へと叩きつけられた。


「げっほ! げほげほ……!」


 城壁に埋め込まれながらも地面へと落下し、ふらつきながら立ち上がるフレジット。

 そんなフレジットの前に、トントンと一定のリズムを刻むアスカが姿を現した。


「ぜっ……くう。絶空の、アスカ……か!」


 フレジットは悔しそうに眉間に皺を寄せながら、アスカを見つめて言葉を落とす。

 そんなフレジットの言葉を受けたアスカは、んーと人差し指を顎に当て、青い空を見上げた。


「ぜっくう? 確か“空に佇む神ですら、その姿を見失う速さ”……だっけ。そりゃあいくらなんでも言いすぎなんでない?」


 いやー照れますなぁと頭をかきながら、フレジットへ返事を返すアスカ。

 フレジットはそんなアスカの言葉を受けると、悔しそうに奥歯を噛み締め、そして言葉を続けた。


「調子に乗るなよ。今度は私が、あんたを超えてやる!」

「…………そっか」


 フレジットの言葉を受けたアスカは一瞬悲しそうに目を伏せ、そして再びその姿を消す。

 そんなアスカの様子を見たフレジットは再び自身の身体を加速させ、超高速の世界へとその身を投じた。

 しかし―――


『見えない!? あいつの姿が、どこにも……見えない!』


 フレジットは悔しそうに奥歯を噛み締め、自身の周囲を見回すが……それでもアスカは、見つからない。

 そうして悔しさに震えたフレジットがナイフを握り込んだその瞬間、アスカはフレジットの身体の横を駆け抜けた。


「……???」


 フレジットはその行動の意味がわからず、疑問符を浮かべながら自身の背後に立つアスカへと視線を向ける。

 しかしアスカは二本の刀を鞘におさめ、ゆっくりとその刀身を鞘の中に落としていった。


「なに、を……している? 勝負はまだ終わってない!」


 フレジットは動揺した様子で声を荒げるが、アスカはもう振り返らない。

 そしてアスカはぽつりと言葉を落とした。


「おしまい、だよ。もう、おしまいだから」

「???」


 アスカの言葉を理解できないフレジットは、頭に疑問符を浮かべながらアスカの背中を見つめる。

 やがてアスカが二本の刀身を全て鞘の中に落とすと……その瞬間、無限とも思える剣閃がフレジットの身体に襲い掛かった。


「!!?!?!?!?!!?!?」


 フレジットは無言のまま激烈な痛みに悶絶し、上空に吹き飛ばされながらその意識を手放す。

 そうして吹き飛ばされたフレジットと同時に、アスカは小さく言葉を落とした。


「連斬桜花……満開」


 そんなアスカの言葉と共に、フレジットの身体から花のような鮮血が噴き出す。

 やがて地面に落下し倒れたフレジットにアスカは振り返ることも無く、その両足に力を込めた。


「……まだ、だ。イクサっちを、手伝わなく、っちゃ」


 アスカはゆっくりと足を前に出し、イクサの走り去った方角へと歩いていく。

 しかし―――


「あ、あれ?」


 アスカの両足はガクガクと震え、やがて主人の身体を支えられずに、その膝はがっくりと折れていく。

 そしてそのまま、アスカは意識を手放していった。


「や、ば。疲れすぎちゃった、かな……」


 アスカはばったりと中庭に倒れ、そのまま穏やかな寝息を立てる。

 こうしてアスカの勝利によって決着した、中庭の死闘。

フレジットの鮮血は敷地内の石畳の間を抜け、地面へと吸い込まれていく。

しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、青空は今日も爽やかに突き抜けていて。

 日の光は穏やかに、眠りについたアスカを包み込んでいた。

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