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第251話:フレジット=ダブル

『やっべぇ。こりゃマジで、やっべぇわ』


 アスカは二本の刀を構えながら、トントンと規則的なリズムでステップを踏む竜族の娘、フレジットと対峙する。

 そのステップの刻み方と二本のナイフの構え、そして身体から発せられるオーラによって、大方の実力は推し量ることができる。

 そしてその結果はある意味、何よりも残酷なものだった。


『実力は明らかにあたしより上、か。まいったねこりゃ』


 アスカは刀を構えながらジリジリとすり足で距離を詰め、必死に思考を回転させてフレジットを倒す手段を探す。

 フレジット最大の武器はそのスピードだ。しかし竜族である以上、単純な腕力勝負に持ち込んだとしてもアスカが負けてしまう可能性が高い。

 となるとやはり、スピード勝負で上を行くしか道はない。

 しかし―――


『それができれば苦労はない、か』


 アスカは額に大粒の汗を流しながら、苦笑いを浮かべる。

 そんなアスカの様子から思考を看破したフレジットは、見下すような視線を送りながら言葉を紡いだ。


「ふふっ、無駄無駄。いくら考えたって、私のスピードは超えられないよ」

「っ!?」


 思考を完全に読み取られたアスカは、驚きに目を見開く。

 そんなアスカの様子を見たフレジットは、ますます楽しそうに笑いながら言葉を続けた。


「あはははっ! 図星って顔だね。私のスピードは竜族騎士団でも二番目の速さを誇ってる。さすがに団長には負けるけど、あんたごときニンゲンを倒すくらいなら私で充分だよ」

『っ! そんな、フレジットより上の奴がいるっての? リリィっち……!』


 フレジットの言葉を受けたアスカは、団長と一騎打ちをするリリィのことが気がかりとなり、横目で一瞬王城を見つめる。

 しかしその一瞬の隙を、フレジットは見逃さなかった。


「余所見しちゃダメじゃん。私、見えなくなっちゃうよ?」

「なっ!?」


 フレジットの言葉を受けたアスカは目の前へと視線を戻すが、すでにそこにフレジットの姿はない。

 その状況に動揺したアスカが周辺を見回そうとした瞬間、背後から舐めるような声が響いてきた。


「ざぁーんねん。私はこっちだよ」

「っ!?」


 背後から聞こえたフレジットの声。その瞬間一本のナイフがアスカのわき腹を切り裂こうとその牙をむく。

 しかしその刹那、フレジットのナイフをカレンの西洋剣が受け止めた。


「なっ!? これは……召還術!?」

「あ、ありがとうお姉ちゃん。助かった……!」


 驚愕に目を見開くフレジットとは対照的に、安堵のため息を落とすアスカ。

 そしてそのままアスカは刀を水平に構えると、振り向きざまフレジットに向かって刀を横薙ぎに払った。


「せあああああああああ!」


 気合と共に振りぬかれる、アスカの刀の一撃。

 しかしそんな一撃を、フレジットはバックステップで余裕を持って回避した。


「よ、避けた!? そんな!」


 致命傷まではいかないまでも、怪我をさせるくらいはできると思っていたアスカだったが、実際はフレジットの服すら切り裂けていない。

 フレジットは相変わらず一定のリズムでステップを踏み、ニヤリと歯を見せて笑った。


「悪いけど、もう一段スピードを上げさせてもらったわ。そんな術を持っているなんて想定外だったしね」

「くっ……!」


 アスカは千載一遇のチャンスを逃してしまったことが悔しく、奥歯を強く噛み締める。

 そんなアスカの様子を見たフレジットは、さらに余裕をもって言葉を続けた。


「速さの段階にはいろいろあるけど、あんたは極東の出身みたいだからそっちの言葉で教えてあげる。あんたの速さはせいぜい“疾風”止まり。でも私の速さはその上をいく“不可視”レベルに到達してる。だからさっさと諦めな。今なら楽に死なせてあげるから」


 フレジットは余裕の笑顔を浮かべながら、長いセリフをアスカに向かってぶつける。

 そんなフレジットの言葉を受けたアスカは額に冷や汗を流しながら、冷静に思考を回転させた。


『確かに、聞いた事がある。速さの四段階。俊足、疾風、そして……不可視。つまりフレジットは、あたしよりずっと速いってことだ』


 しかしそれは、最初に相対した時からわかっていたことだ。それにただ、名前がついただけにすぎない。

 疾風レベルの自分と、不可視レベルのフレジット。

 速さでは、彼女に敵わない。かといって、力でも彼女の上をいくことはできない。

 ならば―――


『なら、これしかない……か』


 アスカは口を一文字に結び、その心で覚悟を決める。

 やがてフレジットを見つめるアスカの瞳には、確かな覚悟が宿っていた。


「へぇ。私とやろうっての? 無駄だと思うけどなぁ」

「はっ。そりゃ、やってみなけりゃわかりませんよ……ってね!」

「っ!?」


 アスカは刀を金色に輝かせるとそれを振り回し、その刀身から光の刃がフレジットに向かって発射される。

 しかしその光の刃はフレジットの目の前で炸裂し、眩い光を放つだけだった。


「まぶっ……!? くそ!」


 フレジットは目の前で炸裂した光の刃の輝きに目をくらませ、一瞬その身体の動きを静止させる。

 そしてその瞬間を、アスカは見逃さなかった。


「そ、こ、だあああああああああああ!」

「っ!?」


 アスカは右肩に背負うようにして二本の刀を構えると、フレジットに向かってステップインして接近し、やがて二本の刀を思い切り振り下ろす。

 目を閉じていたフレジットはそんなアスカの攻撃に対応できず、そして―――


「なっ!?」

「ざぁーんねん。それでも、私の速さに追いつけない」


 そしてフレジットはアスカの背後に立ち、無防備なアスカの背中をナイフで切り裂く。

 完全に不意を突かれたアスカはなんとか動く足で距離を取ると、背中からの痛みに耐えながらフレジットを睨みつけた。


「ぐっ……はぁっはぁっはぁっ……」


 アスカは痛みによって乱れた呼吸を繰り返しながら鮮血を背中に流し、フレジットを見つめる。

 そんなアスカの視線を受けたフレジットは気持ちよさそうに目を細め、やがてアスカを見下しながら言葉を発した。


「いいねぇ、その表情。そういう顔が見たかったのよ」

「ははっ。あんた悪趣味、だ、ね」


 アスカは乱れた呼吸で途切れ途切れになりながら、フレジットに向かって返事を返す。

 そんなアスカの言葉を受けたフレジットは楽しそうに笑いながら、再び余裕のある調子でステップを踏み始めた。


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