第248話:アターシャ=ダブル
中庭の奥まで竜族の娘を引っ張り込んだイクサは、やがてその手から娘を解放し、その場に佇む。
竜族の娘は地面に着地すると二本の西洋剣を構えながら数歩後ろに下がり、イクサとの距離を離した。
「あんた……一体何者? 今の技は、何? 魔術?」
竜族の娘は訝しげな様子でイクサに向かって質問する。
イクサは淡々とした調子で、娘の問いに答えた。
「魔術という推測は否定します。私のレヴォリューションは私だけの能力であり、魔術の類ではありません」
イクサは淡々としたいつもの調子で、竜族の娘に向かって返事を返す。
そんなイクサの回答を受けた竜族の娘は、剣の柄で頭をかきながら言葉を返した。
「チッ。なんだかわかんないけど……まあいいや。あんたが“変な奴”だってのはよくわかった」
「…………」
やがて竜族の娘は勇ましく笑いながら、イクサに向かって挑発的な言葉をぶつける。
しかしイクサはそんな娘の挑発に乗らず、欠片もその表情を崩さなかった。
そんなイクサに苛立ちを感じた竜族の娘がさらに言葉をぶつけようと口を開いた瞬間、計ったようにイクサが口を挟んだ。
「申し遅れました。私の名はイクサです。あなたのお名前は?」
淡々とした調子で自身の名前を公開し、相手の名前を尋ねるイクサ。
竜族の娘は若干苛立ちを感じながらも、素直に返事を返した。
「……アターシャ。アターシャ・ダブル」
「アターシャ様ですか、承知しました。墓標にはそのように刻んでおきます」
「はぁっ!? ……あははははっ! 面白い冗談だね、それ! ただのニンゲンごときが、このアタシに勝てるっての!?」
アターシャは剣を持ったまま片手で頭を抱え、笑い声を響かせながら言葉を返す。
そんなアターシャにイクサは、相変わらず淡々とした調子で返事を返した。
「勝てるかどうかは五分五分です。……いえ、客観的に見れば私が負ける可能性の方が高いでしょう。ですが、やるだけの価値はあります」
イクサは足に装備した足防具の力によって空中に浮遊しながら体勢を低くし、狙いを定めるようにアターシャを睨みつける。
そんなイクサの様子を見たアターシャは、楽しそうに二本の剣を構えた。
「へぇ、やる気なんだ。面白いじゃん。だったらさぁ……」
「っ!?」
アターシャは一度小さくジャンプしたかと思えば、着地した瞬間にその姿を消失させる。
いや、正確に言えばその姿は消えていない。ただ消えたように見えるほど、アターシャが素早くイクサとの距離を詰めたのだ。
イクサはすぐ目の前に迫っているアターシャの顔と振り上げられた剣を見ると、考えるより先に足防具の機能を発動させ、高速で身体を横にスライドさせた。
結果としてアターシャの振り下ろした剣はギリギリの所で空を斬り、イクサに直接的なダメージを与えるには至っていない。
しかし―――
「くっ……」
イクサの左腕から噴き出す鮮血。アターシャの剣撃は完璧にかわしていたはずだが、どうやら剣圧で発生した風に腕の皮を斬られてしまったらしい。
斬られた二の腕を庇い、痛みをこらえながらイクサは悔しそうにアターシャを睨みつけた。
「ふふっ、その顔サイッコー。あんたには“ある程度”スピードがあるかもしんないけど、パワーじゃ全然アタシに届かないじゃん」
それでアタシを倒そうなんて笑っちゃう~と続けながら、アターシャは挑発的な笑顔でイクサを見下す。
イクサは一度深呼吸すると、いつもの無表情に戻ってアターシャを真っ直ぐに見返した。
「肯定、です。確かにパワーに関しては、あなたに分があります。しかし―――」
「しかし、スピードなら勝てるっての? それもちょっとどうかなぁ?」
「っ!?」
アターシャはいつのまにかステップを踏むとイクサに向かって近づき、近距離まで顔を近づけると狂ったような笑顔をイクサに向ける。
その顔を見たイクサは咄嗟に距離を取ろうと後ろに身体をスライドさせるが……それより一手早く、アターシャの突き出すような蹴りがイクサの腹部に打ち込まれた。
「ふっぐ……!?」
イクサはこみ上げてくる吐き気をかろうじて抑えるが、その身体は後方に向かって吹き飛ばされていく。
そのまま庭園らしき茂みに突っ込んだイクサは、げほげほと咳き込みを繰り返した。
「あっははは! ごっめーん。手加減した方がよかったぁ?」
「げほっ。げほげほっ!」
イクサはフラフラとしながら空中を浮遊し、腹部と口元を手で押さえながら咳を繰り返す。
その目はやがて真っ直ぐにアターシャを見つめるが、もはやその瞳に力は無い。
そんな虚ろになったイクサの目を見たアターシャは勝利を確信し、ニヤけながら言葉を続けた。
「あははは! やっぱダメじゃん! 全然ダメじゃん! あんたってもしかして馬鹿?」
アターシャは馬鹿にするような視線を送り、ニヤけながらイクサを見下す。
そんなアターシャの視線を受けたイクサは一旦アターシャから視線を外し、やがて冷静に思考を回転させた。
『このスピードフォームなら、瞬間的にこの人の速度を上回ることはできる。しかし、問題はその後。スピードで接近し、隙を作った後……その後の攻撃手段が私には、ない』
仮に足防具の出力を最大値にすれば、アターシャのスピードを一瞬だが上回ることができる。
しかしそのチャンスは、恐らく一度きり。二回目からはアターシャも警戒し、何らかの対抗策を打ってくるだろう。
そして、その千載一遇のチャンスに……イクサは、攻撃する手段を持っていない。
リリィからコピーしたソードフォームやR02からコピーしたシューターフォームならアターシャにダメージを与えることもできるだろうが、そのためには現在のフォームを解除し、レヴォリューションし直さなければならない。
しかしそんな時間を、アターシャは与えてくれるだろうか?
答えは間違いなく、ノーだ。レヴォリューションし直している間に、アターシャの二本の刃はイクサの身体をいとも簡単に切り裂いていることだろう。
そうなると―――
「もう、いいかな? アタシあんたに飽きてきちゃった」
「……っ!」
アターシャはつまらなそうな表情を浮かべ、トントンと足でリズムを刻み始める。
イクサにはわかっていた。あの足が地面に着いた瞬間、アターシャは自分との距離を詰め、間違いなく最後の一撃を放ってくる。
そしてそれはそのまま、イクサの死を暗示していた。