第246話:もしも私に姉がいたら
姉妹と思われる二人の竜族と対峙したアスカとイクサは、ごくりと唾を飲み込みながらじりじりと距離をはかる。
緊張感がその場を支配し、二人は呼吸すらも忘れてしまいそうだった。
しかしそんな緊張感の中、唐突にイクサが声を発する。
「アスカ様、ちょっと失礼します」
「へっ……? ひゃい!?」
イクサは右手を横に伸ばし、冷たいその手でアスカの生足に触れる。
冷たい感触に驚いたアスカは、目を白黒させながら驚いた。
「ちょ、何してんのさイクサっち! 今遊んでる場合じゃなくね!?」
アスカは怒っているというより驚きながらイクサに向かって言葉をぶつける。
そんなアスカの言葉を受けたイクサは、冷静に返事を返した。
「申し訳ありません、アスカ様。苦戦が予想されましたので、アスカ様のスピードをコピーさせて頂きました」
イクサは淡々とした調子で、アスカを見つめて言葉を発する。
そんなイクサの様子を見たアスカは、きょとんとしながら返事を返した。
「こ、こぴぃ? よくわかんないけど、まあいっか。それよりあの二人に気をつけなきゃ」
「はい。アスカ様のおっしゃる通りです」
アスカとイクサは竜族の姉妹に視線を戻し、互いに小さく言葉を落とす。
竜族の姉妹はニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと距離を詰めてきている。
このままでは、二人の射程圏内に入るのも時間の問題だろう。
しかしよく目を凝らして集中して見てみると、姉妹でも左側の娘には若干の隙があるように思える。恐らく竜族で姉妹とはいえ、そこには明確な実力差があるのだろう。
敵との間合いの詰め方を見る限り、左側の娘は右側の娘に一歩届いていない。
そしてそんな竜族の姉妹を見たアスカは二本の刀を抜刀しながら、イクサに向かって言葉を発した。
「イクサっち。ひとつお願いがあるんだけども、いーかな?」
「何なりとお申し付けください、アスカ様。どんな要求にも応えてみせます」
イクサはアスカの言葉を受けると即答で返事を返し、アスカを驚かせる。
やがてアスカはこくりと頷きながら、さらに言葉を続けた。
「ありがと。相手の竜族なんだけどさ、右側の子は私に任せて欲しいんだよね」
「っ!? アスカ様。それは―――」
「えー? 今なんでもするってゆったじゃーん。お姉ちゃんのお願い、聞いてほしいなー」
「…………」
イクサには、わかっていた。右側の娘は実力的に言って左側の娘より一段上にいるということを。
だからこそ、アスカの頼みは聞けない。アスカの要求は詰まるところ“強い方は自分に任せろ”ということと同義だからだ。
しかし―――自分は確かに何でもすると、そう言ってしまった。
自分の発言には、責任を持たなければならない。
それはイクサが何か行動を起こす上での大原則であり、破ってはならない掟でもある。
故にイクサは、断れない。もしかしたらアスカはそれを見越して、この提案をしてきたのかもしれない。
そんな推測がイクサの頭に流れるが、すぐにそんな推測は無意味だと知り、顔を横に振るイクサ。
そしてしばらくイクサから返事がないことを心配したアスカは、竜族の姉妹から視線を外さないまま、眉を顰めながらイクサへと質問した。
「えっと……イクサっち。だめ、かな?」
アスカは心配そうに眉を顰めながら、イクサへと質問する。
イクサはそんなアスカの表情を見ると達観したように微笑み、首を縦に振った。
「承知しました、アスカ様。左側の竜族は私にお任せください」
「っ!? ありがとう、イクサっち! じゃあ、右側はあたしに任してね!」
アスカは歯を見せて悪戯に笑いながら、イクサに向かって元気良く言葉を発する。
こうしてアスカは、いつでも笑顔を絶やさず、周りを明るくして、今も自分を気遣ってくれている。
もしも自分に“姉”という存在がいたとしたらこんな感じなのだろうかと、イクサは心の奥底でそう思っていた。
「ん? イクサっち、どうかした?」
「ふふっ……いえ、なんでもありません、アスカ様」
イクサは思わずクスクスと笑い、そんな笑い声を聞いたアスカは不思議そうに首を傾げる。
やがてイクサはいつもの無表情に戻ると、さらに言葉を続けた。
「アスカ様。この戦い……絶対に勝ちましょう」
イクサは勇ましい表情で竜族の姉妹を見つめると、ゆっくり言葉を紡ぐ。
そんなイクサの言葉を受けたアスカは、勇ましい笑顔で返事を返した。
「……おうよ! あったりきぃ!」
アスカはぐっとガッツポーズをしながら、イクサに向かって返事を返す。
そんなアスカを見たイクサはもう一度だけ微笑むと、その右手を空に掲げた。