第245話:アルフィス=ソードマン
どこまでも続いているようなプロキア王国前の平原。その中心で、セラと剣を持った竜族の男、アルフィス=ソードマンが対峙している。
アルフィスは落ち着いた様子で己の剣を構え、じりじりとすり足でセラとの距離を詰めていく。
攻撃範囲だけで言うなら、セラの大鎌に利がある。それはアルフィスとてわかっていた。
だからこそギリギリまで、距離を詰める。そして大鎌の射程範囲の前まで距離を詰めたら、一気にダッシュをかけて剣撃をセラに打ち込む。
シンプルではあるが、そのシンプルさ故にセラはプレッシャーも感じていた。
『翼を使って上空に逃げるという方法もあるのだけど……それは何だか、気に入らないわぁ』
自分らしくない考えが浮かんできた事に気付いたセラは、小さく笑いを落とす。
そんなセラの笑顔に気付いたアルフィスは、怪訝そうな表情で質問した。
「何が、おかしい?」
自分のことを笑われていると勘違いしたアルフィスは、刺々しい声色でセラへと質問する。
セラは自身の頬に片手を当て、困ったように笑いながら返事を返した。
「あらぁ、ごめんなさい。別にあなたを笑ったわけじゃないわぁ。ただ私も、知らず知らずのうちに影響されてるんだなって、そう思っただけ」
「???」
アルフィスはセラの言葉の意味がわからず頭に疑問符を浮かべるが、すり足を止める気配はない。
そんなアルフィスの様子を見たセラは、ニッコリと微笑みながら大鎌を構えた。
「ほう、竜族の俺と正面からやろうというのか。無謀だな」
アルフィスは馬鹿にするような笑顔を浮かべ、剣を握る手に力を込める。
そんなアルフィスの言葉を受けたセラは、微笑みながら返事を返した。
「あらぁ、それはどうかしら。やってみなくちゃわからないわぁ」
セラは勇ましい笑顔を見せながら、自身の足を前にゆっくりと進め、自分からもアルフィスとの距離を詰めていく。
アルフィスはそんなセラの様子を見ると、再び嘲笑を浮かべた。
『馬鹿め。脚力で劣るウォーレンが、地上での戦いで竜族に敵うわけがない』
セラに飛翔された場合、近接武器しか持たないアルフィスは若干だが不利になる。
しかし地上に降りてくれるのなら、この上なくアルフィスが有利になるだろう。
その事に気付いているアルフィスは、心の中で笑いながらセラとの距離を詰める。
そうして互いの距離が縮まり、セラの大鎌の射程にアルフィスが入ろうかという刹那―――
セラは大鎌を横薙ぎに振り抜き、アルフィスの首を狙った。
「馬鹿が! それくらいは読んでいる!」
アルフィスは身体を屈めて大鎌を回避しながらステップインし、一瞬でセラとの間合いを詰める。
想定以上のスピードにセラは驚き、両目を見開いた。
「くっ……!」
セラは振り回した大鎌を自身の身体に戻して防御姿勢を取るが、それより一瞬早く、アルフィスの剣撃が繰り出される。
アルフィスは勝利を確信し、振り下ろした剣に渾身の力を込めた。
「遅い! 遅い遅い遅い! 遅すぎるぞウォーレン! はははははっ!」
アルフィスは笑い声を響かせながら、セラの身体に向かって剣を振り下ろす。
防御に使った大鎌より早く届いてしまったその剣は、セラの身体を真っ二つに切り裂き―――
「いいえ。あなたの方が遅いわぁ?」
「っ!?」
セラの身体を切り裂いたと思われたアルフィスの剣。その刀身がセラの身体から数センチのところで、完全にその姿を消失している。
その事にアルフィスが気付いた瞬間、アルフィスの身体の前の空間が歪み、そこから己の剣撃が返されてきた。
「残念だけれど……おしまいよ。もう対応できないわぁ?」
「―――っ!」
セラによって歪められた空間から、一閃の剣撃がアルフィスに向かって襲い掛かる。
その剣圧は凄まじく、アルフィスは生まれて初めて己の剣撃の凄まじさをその身体で知った。
「ぐっ……!?」
しかし。だがしかし。剣撃を受けたアルフィスは肩から大量の出血はしているものの、その身体が真っ二つになることはない。
剣撃はアルフィスの肩の部分で静止し、その命を刈り取ることまではしなかったのだ。
「さす、が、我が剣撃だ。さすがに、効く……!」
「!? そんな……一体、どうして? 手加減していたというの?」
セラは倒れないアルフィスを驚愕の表情で見つめ、言葉を発する。
アルフィスは右肩から鮮血を噴き出しながら、そんなセラに向かって返事を返した。
「ふふっ、俺を甘く見るなウォーレン。空間能力者なら、自分の攻撃をそのまま返される可能性も充分あり得る。ならば手加減するだろう? 貴様が死に、俺ならば耐えられる程度に調整してな」
「そん、な……」
セラは両目を見開きながら、小さく震えて言葉を返す。
正直言って今現在の互いの距離は、アルフィスの距離だ。
この間合いで剣撃を繰り出されたら、いくら手負いとはいえ回避しきれない。
つまり―――この間合いに入ってしまった時点で、セラの敗北は決定していたのだ。
「そして、この一撃で全てが終わる! くらええええええええ!」
アルフィスは笑顔を浮かべながら左手で剣を持ち帰ると、もう一度剣を振り上げ、それを無慈悲にセラへ向かって振り下ろす。
利き手ではないにせよ竜族の腕力と技術は本物で、その剣撃は最初の一撃に勝るとも劣らない。
いや……相手の命を刈り取ると決心している分、この一撃の方がプレッシャーを多く感じるかもしれない。
アルフィスの上段からの切り下ろしは、圧倒的スピードでセラに襲い掛かる。
迫り来る剣圧。香り立つ死の香り。
セラはそんな現状を把握すると恐怖に顔を歪め、そして―――
「でもやっぱり、足りないわぁ。あなたじゃ、全然足りない」
「なっ……!?」
そして、余裕のある笑顔をそっと浮かべる。
その刹那アルフィスの振り下ろした剣撃はセラの身体を確実にとらえ、身体を真っ二つに切り裂いたが……そこから溢れてくるはずの鮮血が、まるで見当たらない。
やがてアルフィスは自分の目の前に映し出されていたセラの姿が、完全な幻影であることに気が付いた。
「私はね? こういうことも出来るの。もっともうちの剣士さんならそんな幻影、すぐに見破っていたでしょうけど」
「き、きっさま―――」
「ぁん。だめよぉ。叫ぶなんて下品だわぁ?」
最初から騙されていた事に気付いたアルフィスが怒りの咆哮を上げようとしたその刹那、セラはアルフィスの首を背後から刈り取る。
アルフィスの頭部は跳ねる様に空中を進み、やがてセラの大鎌の刃の上に落下した。
「確かにあなた、強かったケド……うちの剣士さんに比べたら、まだまだねぇ」
セラはにっこりと微笑むと、まだ暖かいアルフィスの生首を大鎌から地面に落とし、その頭部を見下しながら冷たく言葉を紡ぐ。
しかしその後セラの身体に、強烈な疲労感が襲い掛かってきた。
「ふぅっ。とはいえさすがは竜族さん。プレッシャーだけは、半端じゃなかった、わぁ……」
セラはふらふらと尻餅をつき、乱れた呼吸で遠目からプロキアの街を見つめる。
そうしてセラが乱れた呼吸を整えていると、やがてプロキアの上空から巨大な槍が街に向かって落下した。
「あれは……創術!? そうね。私も休んでる場合じゃなかった、わ」
セラは大鎌を杖代わりにしながらふらふらと立ち上がり、背中の翼を大きく広げる。
やがてセラは平原から飛び立つと、巨大槍が落下した地点まで猛スピードで飛行していった。
プロキアの街に落下した巨大な槍。その切っ先の横で眠るリースとレン。
その二人の元に、セラがその翼を動かしてゆっくりと降り立った。
「これは……一体何をどうしたら、こうなるのぉ?」
セラは人差し指を頬に当てながら首を傾げ、様変わりした周囲の様子と巨大な槍を見上げる。
周囲の街の残骸はところどころ派手に崩壊しており、もはや廃墟とすら言えない状態である。
巨大な白銀の槍は天まで届くようなその巨体を地面に突き刺し、欠片も動く気配がない。
そうして周囲の状況を見ていたセラだったがやがて何かを思い出し、リースとレンに優しく触れた。
「二人とも……やっぱり良く寝てる。ということは、あの竜族さんを倒したってことなのね」
セラはにっこりと微笑み、すやすやと眠っているリースの頬を優しく撫でる。
二人の身体が五体満足であった時点で二人の生存はわかっていたことだが、穏やかな寝息を聞いたセラは改めて安心した様子で息を落とす。
そうしてしばらくはリースの頬を優しく撫でていたセラだったが、やがてはっと気が付いて顔を上げた。
「いけない。喜んでる場合じゃないわぁ」
アルフィスと戦ってわかったことだが、竜族騎士団は伊達ではない。
騎士団の一員でしかないアルフィスでもあの強さなのだから、騎士団長ともなれば想像するのも嫌になる強さだろう。
そんな騎士団長であるヴァンに戦いを挑もうというリリィに対し、セラは何か手伝えることがないかずっと考えていた。
そうして思い悩むセラの目の前に、巨大な白銀の槍が姿を現す。
そしてその姿を見たセラは、何かを思いついた様子で手を合わせた。
「そうだ……これしかないわぁ」
セラはこっくりと大きく頷くと、優しい手つきでリースとレンを抱え、再び飛翔する。
二人を抱えて空中を進むセラの進路は、真っ直ぐにプロキア王城に向かって伸びていた。