第244話:白銀の槍
「礼はいりません、リース。反省も喜びも、全ては戦いが終わった後にしましょう」
「あっ……うん! そうだね!」
リースはこっくりと頷き、レンに向かって微笑みかける。
そんなリースの顔を横目で見たレンは、小さく笑って返事を返した。
「さぁ。まずは君の番です。見せてください、君の……君の速さを!」
「……わかったよ、レン!」
リースは両手を左右に軽く広げると逆巻く風を足元に生成し、自身の身体を浮遊させる。
その頃には土埃も消え、リースの姿はスラングルからもはっきり確認できるようになっていた。
ボロボロになったリースの姿。その姿を見たスラングルに、一瞬の油断が生まれる。
スラングルはその顔をニヤけさせながら、挑発するように口を開いた。
「ああん? まぁた性懲りもなくやろうってのかよ。いい加減―――」
「はぁああああああああ!」
「なぐ―――っ!?」
リースは一瞬にしてスラングルとの距離を詰めると、その拳を顔面に叩き込む。
鋼鉄の拳によって殴られたスラングルはかろうじてその場に留まったものの、一瞬その意識を手放した。
「今、だぁあああああああ!」
千載一遇のチャンス。リースは浮遊した身体をさらに加速させると、両腕の側面に剣を精製し、スラングルのかかとの腱を切り裂く。
かかとから激烈な痛みを感じたスラングルは奥歯を噛み締めるがその痛みに耐え、背後に立っていたリースに向かって槍の石突部分を叩き込んだ。
「てめぇえええええええええええええ!」
「ふっぐ……!?」
リースはかろうじて両腕で槍の石突の一撃を防御するが、その攻撃力は凄まじく、数十メートルに渡って再び吹き飛ばされる。
そうして廃墟に激突したリースの身体を、舞い上がった土煙が再び覆い隠した。
「ちぃっ。足をやられたか……だがなぁ、てめぇらの攻撃力じゃ俺は崩せねえよ!」
スラングルは怒りの咆哮を響かせ、街の残骸を再び震わせる。
しかしその時スラングルは、一つの違和感を感じた。
『そうだ。そういえば雷使いの野郎はどうした? 俺をやるなら、二人同時に来るはずだぜ?』
スラングルはかかとから上がってくる激烈な痛みに耐えながら、上半身をねじって周囲を見回す。
しかしどこにも、レンの姿は無い。
そうして周囲を見回していたスラングルだったが、強烈な嫌な予感が身体を貫き、リースの吹き飛ばされた方角へと反射的に視線を向けていた。
「い……いねぇ!? あの風使いの野郎も!? どこいきやがった!」
スラングルは声を荒げ、苛立った様子で周囲を見回す。
その時上空から強烈な殺気を感じたスラングルは、咄嗟に自身の上を見上げた。
「な、にいいい……!」
自身の上を見たスラングルの視界には、雷によって空中に描かれた巨大な練成陣が映る。
そしてその巨大な練成陣の左右には、リースとレンが待機していた。
「なに、を。何をする気だ、てめえら……!」
スラングルは悔しそうに奥歯を噛み締めながら、上空に浮遊しているリースとレンを睨みつける。
リースとレンは両手を練成陣に掲げると、そのまま言葉を返した。
「何って……? そんなの、一つしかないでしょう」
「そう、だね。一つしか……ない」
レンは若干の余裕があるものの、先ほどまで戦っていたリースは息を切らせながら言葉を紡ぐ。
やがて空中に描かれた巨大練成陣からは、巨大な白銀の槍が精製された。
「「お前を…………倒すんだよ!」」
レンとリースは呼吸を合わせ、練成陣に向かって掲げていた両手をスラングルに向かって振り下ろす。
その動きに連動するように巨大な白銀の槍は、スラングルに向かって落下していった。
「舐めるな……舐めんなよ、小僧どもがああああああああ!」
スラングルは落下してきた巨大な槍を、自身の槍の切っ先で受け止める。
金属と金属がぶつかる高い音が周囲に響き、巨大な槍の圧力がスラングルを襲う。
しかしあと一歩……足りない。
スラングルの腕力は凄まじく、巨大な槍の重量ですら弾き返そうとしている。
その時リースは、レンに向かって声を荒げた。
「行こう、レン! ここで……ここで決めるんだ!」
「……ああ!」
レンはリースの言葉に頷くと、精製した巨大槍の石突の部分を、思い切り殴る。
その衝撃は柄を伝ってスラングルへと伝わり、巨大槍を受け止めているスラングルの両腕にさらなる負荷をかけた。
「これしかない! リース! 同時に行くぞ!」
「うん!」
リースはレンの言葉に頷くと、レンと同じように巨大槍の石突の部分をその拳で殴る。
そうして二人の拳の重圧が加わった巨大槍は、次第にスラングルを押しつぶしていった。
「ばか、な。こんな、こんな下等生物に、この俺があああああああああ!」
スラングルは巨大な槍に押しつぶされ、その身体は塵と消える。
リースとレンはかろうじて残った力でふらふらと地面に降り立つと、巨大な槍の突き刺さった地面をぼうっと見つめた。
「か……った?」
「そのよう、です……ね」
二人はほぼ同時にその意識を手放し、子どもの姿に戻りながら街の石畳に倒れていく。
巨大な槍はそれでも街に残り……リースとレンはその隣でゆっくりと、穏やかな眠りについていた。




