第241話:それぞれの決意
崩壊したプロキアの街を、一行は歩いていく。
周囲は崩落した建物と死体だけが転がり、強烈な死の香りが鼻をつく。
そんな街の状況を見たリリィは、忌々しそうに言葉を落とした。
「くっ……竜族騎士団め。逃げようとした子どもまでも背後から切り付けて殺すとは……なんてむごいことを」
無関心とは、時に嫌悪よりも強く人を遠ざける。
竜族にとって人の命などどうでも良いことであり、この死体の山を見ると、そんな想いは顕著に表れている。
リリィは何もできなかった悔しさで奥歯を噛みしめ、右手を強く握りこんだ。
そしてそんなリリィに対し、言葉を紡ごうとしたレンだったが……隣の廃墟から飛び込んでくる人の影を認め、即座に槍を創造した。
「はあああああああああああああああ!」
「くっ!?」
「レン!」
廃墟から飛び出してきた男の槍撃を、かろうじて自身の槍で受け止めるレン。
リリィはすぐにレンへと声をかけるが、レンは即座に返事を返した。
「行ってください、皆さん! ここは僕が食い止め―――あぐっ!?」
「ふん。子ども一人で俺を止められるかよ」
竜族の男はレンの槍を弾き飛ばすと、その小さな腹部にボディーブローを叩き込む。
レンは一瞬呼吸を忘れ、創造した槍もやがて塵に帰っていった。
「レン! 貴様ぁああああああああああああ!」
リリィはすぐさま剣を抜刀し、男に向かって跳躍する。
しかしその跳躍の途中で、今度はリースが割って入ってきた。
「レンの言う通りだよ、リリィさん! 王様がやられちゃう前に、早く先に進んで!」
リースは両手を広げてリリィの進路を阻み、声を荒げる。
そんなリースにリリィは言葉を返そうとするが、今度はセラによってその言葉は遮られた。
「二人は私に任せて、先に行って? 後から必ず追いつくわぁ」
セラは一歩前に歩み出ると、妖しい笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。
確かにリース達の言う通り、ここで時間を食っているわけにはいかない。
もしかしたらまだ王城で、プロキア王国騎士団が戦っている可能性もあるのだ。
たとえたった一人だとしても、プロキア王国の国民の命を救えるなら、その道を進むべきだ。
リリィは人体錬成をした後のリース・レンの強さ、そしてセラの戦闘力を考え、やがて一つの結論を出した。
「……わかった。しかし、絶対に無理はしないでくれ!」
「はぁい。わかったわぁ」
「うん! 頑張ってね、リリィさん!」
「必ず追いつきます!」
三人の言葉を受けたリリィ達は、迷わずに王城に向かって走っていく。
しかしそんなリリィ達の姿が消えた頃、物陰からもうひとりの竜族が顔を出した。
「俺たち二人に子ども二人と女一人とは。舐められたものだな」
「ふっ、ああ。さっさと倒してリリィを追うとしよう」
二人の竜族はそれぞれ槍と剣を構え、じりじりとリース達との距離を詰める。
セラは小さく息を落としながら、ぽつりと言葉を落とした。
「―――あらあら。思ったより面倒なことになったわぁ」
小さく落とされたセラの言葉は石畳に溶け、竜族の二人は余裕の表情を浮かべたまま近づいてくる。
リースとレン、そしてセラはそれぞれ戦闘態勢になりながら、近づてくる二人の竜族へ迎撃態勢をとっていた。
リリィ、アニキ、アスカ、イクサの四人は、城の敷地内に入ってからも一直線に王城を目指して走っていく。
敷地内には多くの兵士の遺体が転がっていたものの、まだ騎士らしき人物には出会っていない。
それが幸運なのか不幸なのかはわからないが、とにかくプロキア王国騎士団と国王が無事である可能性はまだ残っている。
だからこそリリィ達は王城への道を急ぎ、ただ真っ直ぐに敷地内の道を駆け抜けていた。
しかし走っていたアスカの視線の隅に一瞬だが、人のような影が映し出される。
その影は物陰から物陰へ隠れるように移動し、こちらの様子を伺っているようだ。
そんな影の存在に気付いたアスカは、リリィ達と別れながら言葉を発した。
「リリィっち! 私ちょっと気になることあるから、先行ってて!」
「あっ!? おいアスカ! 単独行動は危険だ!」
リリィは別れて走っていくアスカに向かって右手を伸ばすが、その手がアスカを掴むことはない。
そんなアスカの様子を見たイクサは、ひとつの決心をして言葉を紡いだ。
「リリィ様。アスカ様は私にお任せください。後から必ず追いつきます」
イクサはリリィと共に走りながら、淡々と言葉を発する。
そんなイクサの言葉を受けたリリィは、真剣な表情で頷きながら返事を返した。
「わかった。くれぐれも無理はしないでくれ」
「承知しました」
イクサはリリィからの言葉にこっくりと頷くと、そのままアスカの去った方角に向かって走っていく。
そうして走り続けていたイクサは、やがて王城の中庭で立ち往生しているアスカに遭遇した。
「アスカ様、どうされましたか? 何か―――」
「しっ。そこの物陰、誰かがいるんだ。それにもう一人、移動してるやつがいる」
アスカは立てた人差し指を口元に当て、言葉を紡ぐ。
そんなアスカの言葉を受けたイクサは、アスカの視線の先にある物陰に注目した。
「ふふふっ。私達のスピードを見切るやつがニンゲンにいるなんて、びっくりね」
「ほんとほんと。びっくりしちゃった」
アスカの言っていた物陰から、二人の竜族がほぼ同時に歩き出してくる。
それぞれの両手にはナイフや剣が握られ、どうやら戦闘の意思ははっきりしているようだ。
「気を付けて、イクサっち。この二人……相当速い」
「……っ!」
一行の中でもかなりのスピードを持ったあのアスカが、精神的プレッシャーを受けている。
そのことをすぐに察知したイクサは、額から大粒の汗を流しながらごくりと唾を飲みこんだ。
『どうやら合流は……思ったより困難な任務になりそうです、リリィ様』
イクサは迎撃するように拳を構え、二人の竜族を真っ直ぐに睨み付ける。
二人の竜族は挑発するような笑顔を浮かべると、ゆっくりとした余裕のある動作でそれぞれの武器を構えた。
「ちっ。結局、俺とお前の二人になっちまったな」
「ああ」
リリィとアニキの二人は王城に入ると、広い城内を隅から隅まで駆け回り、階段を見つけるとそれを上り続ける。
しかし二人の脚をもってしても、プロキア城内のすべてを探索するのは時間がかかりそうだ。
「くっそ。なんだこのでけえ城は。一体どこの誰が建てやがった」
アニキは戦闘に対する意思が強すぎるのか、苛立った様子で言葉を落とす。
リリィは小さく頷きながら、そんなアニキへと返事を返した。
「今日ばかりは貴様に同意だ。この城は、広すぎる……!」
リリィとアニキはずっと城内を探索しているが、中には倒れた兵士の遺体が転がっているだけで王の姿は見つけられない。
元は笑顔で溢れていたはずのこの城も、今では血の匂いと鮮血が支配している。
しかしそうして走り続けていたアニキの鼻先に一瞬、鋭い空気の刃が触れる。
アニキが咄嗟に横っ飛びしてその空気の刃を回避すると、元いた地面は切り裂かれ、重厚な城の壁が吹き飛ばされた。
「へっ。どうやら俺の運も、そう捨てたもんじゃねぇ」
「何っ……!?」
リリィは凄まじい空気の刃の風圧に目を細めながら、アニキに向かって言葉を返す。
しかしアニキの視線はただ真っ直ぐに前を向いており、その視線の先をリリィが追いかけると……一人の男にたどり着いた。
「竜族騎士団副団長、ヴォルグ=ヤーガスト。団長の命令により、貴様を屠る!」
竜族のその男。巨大なハルバードを肩に担ぎ、真っ直ぐにアニキを見つめて言葉を発する。
そんなヴォルグの言葉を受けたアニキは、右手で拳を作りながら返事を返した。
「上等だ! 待ってたぜ、こういう分かりやすいのをよ!」
アニキは体勢を低くして拳を構え、正面からヴォルグを見据える。
しかしヴォルグとアニキを交互に見つめたリリィは、眉間に皺を寄せながら声を荒げた。
「待て馬鹿者! このヴォルグという男は―――」
「知ってるよ。俺よりつええって言いたいんだろう?」
「―――っ」
先に言葉を言われたリリィは口を噤み、無言のまま呆然とその場に立ち尽くす。
そんなリリィを横目で見たアニキは、苛立った様子で言葉をぶつけた。
「さっさと先行け、馬鹿野郎! 俺の喧嘩を邪魔すんな!」
「……っ!」
アニキの鋭い眼光を受けたリリィは、多くの言葉より沢山の想いを受け取り、奥歯を食いしばってその場を後にする。
アニキのあの目は、覚悟をした目だ。もう何を言っても聞かない。何を言っても止まらない。
ならば自分に言えることは何だ?
―――答えは簡単、何もない。
自分にはここを去る以外に、何もできない。
そう悟ったリリィはただ静かにその場を後にし、最後に寂しそうな瞳でアニキを見ると、そのまま城の奥へと走っていった。
残されたヴォルグとアニキ。先に口を開いたのはヴォルグの方だった。
「この我との戦いを、喧嘩だと? 下種な呼び方をするな、下等生物が」
ヴォルグは嫌悪感をあらわにした表情でアニキを見下し、言葉をぶつける。
しかしアニキは歯を見せて笑うと、さらに言葉を返した。
「まあそう言うなって、ヴォルグちゃんよぉ。こっちはもう、はらわた煮えくり返ってんだからなぁ!」
アニキはヴォルグが構えるより早く距離を詰め、右拳をヴォルグへと突き出す。
ヴォルグは片手でその拳を受け止めると、表情を変えないまま言葉を返した。
「脆弱なり、下等生物。そのちっぽけな拳では、何も得られぬぞ」
相変わらずアニキを見下した状態で、言葉を落とすヴォルグ。
そんなヴォルグの言葉を受けたアニキは、変わらず右拳に力を込めながら、言葉を返した。
「知らねぇのか? ヴォルグちゃん。時代を拓いてきたのは、いつだってその“ちっぽけな拳”だったんだよ!」
アニキはニヤリと笑いながら声を荒げ、真っ直ぐにヴォルグの目を見据える。
しかし、ヴォルグの目には何の感情も宿っておらず……ただ静かに、アニキの拳を受け止めていた。