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第240話:みんな

「団長! おい、しっかりしろ!」


 リリィはうずくまっているアニキの肩に触れながら、懸命に声をかける。

 そんなリリィの声を聞いたアニキは意識を取り戻し、ゆっくりとその体を起こした。


「そんな必死そうな声出すんじゃねえ。聞こえてるよ……」


 アニキはゆっくり立ち上がると、王城へと続く道を真っ直ぐに見つめる。

 そこにもうヴァンの姿はなく、どうやら一足先に王城へ入ってしまったようだ。

 そんな二人の元に、リース達が追いついてくる。

 リースは変わり果てたリール達の姿を見ると、悔しさに奥歯を噛みしめた。


「ひど、い。無抵抗の人を、こんな形で―――」


 リースは悔しそうに言葉を落とし、その右手を強く握りこむ。

 そんなリースとリール達の遺体を交互に見たリリィはやがて自身の中の思考を整理し、がっくりと項垂れた。


「私の……責任だ。私が竜族の国から出てこなければ、こんなことにはならなかっただろう」

「―――リリィさん……」


 がっくりと項垂れたリリィにリースはどう声をかけてよいのかわからず、ただ眉をひそませる。

 そんなリリィとリースの様子を見たアニキは、小さく息を落としながら言葉を紡いだ。


「別に、お前ひとりのせいってわけじゃねえよ。ヴァンって男の口ぶりからすると、元からこの国を攻めるつもりだったみてぇだしな」


 アニキは少しだけ落ち着いた様子で腕を組み、リリィに向かって言葉を紡ぐ。

 そんなアニキの言葉を受けたリリィは、項垂れていた顔を上げると無言のまま再び思考を回転させた。


「…………」


 確かに先ほどのヴァンの発言を整理すると、最初から竜族騎士団はプロキア王国を攻めるつもりだったと考えた方が正しい。

 リリィは深い深呼吸を繰り返すと、やがて落ち着いた様子で返事を返した。


「確かに、団長の言う通りだな。今は嘆いているより他に、やるべきことがある」


 リリィは真剣な表情になりながら、遠目に見える王城へと視線を移す。

 外観こそ変わりはないものの、あの王城の中には数百という遺体が転がっていることだろう。

 それはこの場から嗅ぎ取れる血の匂いから考えても明らかだ。

 しかし―――だからといって、下がる気にはなれない。

 王城にはまだ生き残っている騎士がいるかもしれないし、王が生きている可能性も僅かだが残っている。

 するとアニキは拳を打ち鳴らし、リリィに向かって言葉を続けた。


「っしゃあ! 喧嘩だ喧嘩! こんだけでけぇ喧嘩を売られたのは、生まれて初めてだぜ、この野郎!」


 アニキは怒りの感情をあらわにしながら、強く自身の拳を打ち鳴らす。

 しかしそんなアニキの言葉を聞いたリリィは、驚きに目を見開きながら声を荒げた。


「なっ……何を言っている!? これは私たち竜族の問題だ。私が決着をつけるのが、筋というもの―――」

「おいおい。おめぇこそ何言ってんだ? こんだけの人が殺されて、黙ってろっつーのかよ」

「……っ!」


 至極もっともなアニキの言い分に、返す言葉も出てこない。

 しかし、相手は竜族騎士団。プロキアが現にこうして崩壊しているように、その武力は一国を簡単に滅ぼすことができる。

 そんな集団相手の戦いを、簡単に了承することなどできない。まして自分には、同じ竜族としての責任がある。

 そんな想いを持っていたリリィは、さらに言葉を続けようと口を開くが―――その言葉は、リースの声によってかき消された。


「リリィさんの気持ちもわからないわけじゃない。でも僕たちはこの国の人たちに触れて、知り合って、仲良くなったんだ。その事実は変わらないし、変えたいとも思わない。だったらもう、前に進むしかないんだよ」

「リース……」


 確かな意思を宿した瞳で、リリィを見上げるリース。

 リリィがそんなリースに視線を送っていると、今度はレンが声をかけてきた。


「彼らのやったことは許されない。でも今彼らを裁けるのは、おそらく我々以外にいないでしょう。ならば、腹をくくるしかない。僕は楽しかったあの夜を、嫌な思い出にはしたくないです」

「レン……」


 レンの言葉を受けたリリィは、悲しい表情を浮かべながら崩れてしまった宿屋の残骸を見上げる。

 その瞳の奥には昨日の夜の大宴会の楽しそうな声が響くが……今となってはそれも、夢だったようにすら思える。

そんな寂しい考えが浮かんできて、気付けばリリィの瞳には涙が溜まっていた。


「昨日は本当に、楽しかったわぁ。だから私も、戦いたいのよ。楽しかった“昨日”を“未来”にするために戦うことは、そんなに悪い気分じゃないわぁ」


 セラはにっこりと微笑みながら、涙のたまったリリィの瞳にそっと指を当て、その涙を拭いとる。

 そんなセラの指先に触れたリリィは、その温かさでさらに涙が溢れてきた。


「そ・れ・に! リリィっち一人じゃ心配だもん。あたしたちにも手伝わせてよ。ねっ?」

「支援の準備はできています、リリィ様。いつでもご命令ください。……もっともご命令が無くても、私はあなたについていきますが」

「アスカ、イクサ……」


 二人の言葉を受けたリリィは胸の奥が熱くなり、うまく言葉にすることができない。

 しばらく深呼吸を繰り返したリリィはゆっくりとその顔を上げると、頭のフードを外しながらみんなの方へと体を向けた。


「ありがとう、みんな。私と一緒に、戦ってくれると嬉しい」


 リリィはにっこりと微笑みながら、みんなに向かって言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの言葉を受けたみんなは、無言のままゆっくりと頷いた。

 そしてリリィは、さらに言葉を続ける。


「だが、竜族騎士団団長……ヴァンだけは、私に相手をさせてほしい。彼とは少なからず縁があるし、ここでカタを付けたいんだ」


 リリィは真っ直ぐにみんなの方を向き、ゆっくりと確かめるように言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの言葉を受けたアニキは、真っ先に声を荒げて反論した。


「ああん!? ふざけんな! あの野郎は俺がぶっとばしてやらねぇと、気が済まねえんだよ!」


 アニキは鼻息を荒くしながら、リリィに向かって声を荒げる。

 そんなアニキの言葉を受けたリリィは、深々と頭を下げながら言葉を続けた。


「頼む! あの男だけは私が倒したいんだ。だから、頼む……!」

「っ!? おめぇ……」


 今までリリィは一度として、アニキに頭を下げたことはない。

 しかし今はこんなにも深々と頭を下げ、そして願っている。

 ヴァンとの、直接対決を。

 それは竜族であるというところからくる責任感からなのか。それとも別の何かなのか。それはわからない。

 しかしリリィは深々と頭を下げたまま、動こうとしない。

 そんなリリィの様子を見たアニキは奥歯を噛みしめながら何かを考えると、やがて吐き出すように言葉を発した。


「んだぁぁ、わぁったよ! その代わり副団長は俺がぶっとばすからな!」

「……ああ! ありがとう、団長!」


 リリィは下げていた頭を上げ、にっこりとアニキに向かって微笑む。

 真っ直ぐなその笑顔を見たアニキは少しだけ頬を赤く染め、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「そうと決まれば行こう、みんな! 竜族騎士団をぶっとばすよ!」


 アスカは右手を高らかに上げ、王城に向かって歩き出す。

 思えばこの旅ではほとんど、彼女が先陣を切って前に進んでいたようにも思える。

 そんなアスカの右手を見たみんなは、やがて声をそろえて返事を返し、プロキア王国王城に向かって歩き出す。

 血の匂いの染み付いた残骸はただ虚しく、大地に横たわる。

 しかしその上を歩く彼らの背中は、何よりもしっかりと天に向かって伸びていて。

 まるでこれからの戦いの行く末を、暗示しているようだった。

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