第238話:竜族の追っ手?
「あの人はりゅう……ぞく? ってことはリリィさんと同じ、だよね」
リースは困惑した様子でヴァンを見上げ、言葉を落とす。
そんなリースの声を聞いたヴァンは一瞬険しい表情を見せるが、やがてにっこりと笑ってハルバードを引き抜き、オークから飛び降りてきた。
「その通り、僕は竜族だ。リリィとはまあ、幼馴染のような関係、かな」
ヴァンは金色の髪を爽やかに風に流しながら、にっこりと微笑んで言葉を紡ぐ。
そんなヴァンの言葉を聞いたレンは、リースの隣から口を挟んだ。
「しかし竜族ということはやはり、リリィさんを連れ戻しに来た刺客……ということですか?」
「っ!」
核心を突くレンの質問を聞き、身体に戦慄が走るリリィ。
しかしヴァンはリリィの緊張感とは裏腹に、あっさりとその質問に回答した。
「はははっ、そう怖い顔しないでくれ。確かに僕はリリィを連れ戻しに来たけど、別に強制的に連れて帰ろうってわけじゃない。竜族の国のお偉いさんはカンカンだけど、僕はあくまでリリィの意思を尊重したいと思っているんだ」
ヴァンは困ったように笑いながら、レンの質問に回答する。
そんなヴァンの答えを聞いたレンは、少しだけ安心した様子で言葉を続けた。
「ということは、無理矢理リリィさんを連れて帰ることはない……と。そういうことですか?」
「うん、その通りだ。僕は人に何かを“強制”することがあまり好きじゃないからね。帰るかどうかはリリィの意思に任せるよ」
ヴァンはそこまで話したところで、傍にいたリリィに向かって視線を移す。
その赤い瞳は真っ直ぐにリリィを射抜き、そして回答を待っているように思えた。
そんなヴァンの言葉を受けたリリィは少し俯いて何かを考えると、やがて返事を返す。
「すまないが、ヴァン。私は―――」
「ああ、いやいや。別に今すぐ答えを出す必要はないよ。ちゃんとプロキア王国まで馬車も引いて来ているし、まずはプロキアに戻ってゆっくり話そうじゃないか」
ヴァンはゆっくりと両手を左右に広げ、リリィに向かってにっこりと微笑みながら言葉を紡ぐ。
その笑顔に裏表は無く、ただ純粋な微笑みだけがそこにあった。
「あ、ああ、そうだな。立ち話をするような場所でもない、か」
確かにヴァンの言う通り、オークの死体の前で会話していても仕方が無い。
今はとりあえずプロキアに戻って、ゆっくりと話をすべきだろう。
「んじゃ、行こっか! ヴァンちゃん、これからよろしくね!」
「おっと。ははっ、痛いですよぉ」
アスカはヴァンの背中を叩き、歯を見せて無邪気に笑いながら言葉を紡ぐ。
突然背中を叩かれたヴァンだったが、特に怒る様なことはせず、そのまま恵みの森の出口に向かって歩き始めた。
「竜族と聞いて最初はどうなることかと思いましたが、紳士的な方で良かったですよ。これならリリィさんも―――リリィさん?」
「…………」
レンの言葉が聞こえていないのか、リリィは真っ直ぐにヴァンの背中を見つめて難しい顔をしている。
そんなリリィの様子に気付いたのか、アスカはリリィの背中を思い切り叩いた。
「なぁにぼーっとしてんのさいリリィっち! ヴァンちゃん先行っちゃってるよ!?」
アスカは楽しそうに笑いながら、リリィに向かって言葉を紡ぐ。
突然背中を叩かれたリリィは咳き込みながら、アスカに対して返事を返した。
「けほけほっ……! いきなり叩くなアスカ! それくらいわかっている!」
「あははっ、ごみんごみん。なーんか雰囲気暗かったからさぁ」
アスカは頭の後ろで手を組みながら、笑顔を見せて言葉を続ける。
そんなアスカの言葉を受けたリリィは、少し驚いた様子で返事を返した。
「……そんなに私は、酷い顔をしていたか?」
「うんにゃ。フードで顔は見えないけど、声はひどかったよぉー。なんかもう、死んじゃうーって感じ」
アスカは歯を見せて笑いながら、できるだけ明るく言葉を紡ぐ。
そんなアスカの気遣いと笑顔を受けたリリィは、少しだけ笑いながら返事を返した。
「そうか。すまなかったな、アスカ。心配をかけた」
「もー、謝んないでよぉ。いいからほら、早く行かないとヴァンちゃんに置いてかれちゃうよ!」
「あっ、お、おい!?」
アスカはリリィの手を掴んで引っ張り、ヴァンの傍まで引っ張っていく。
そんなアスカ達の姿を見送ったアニキは、両腕を組んだままその背中を見つめていた。
珍しく静かなアニキを見たリースは何かを考えるように視線をさ迷わせると、倒れているオークに視線を移し、何か気付いたように頷くと言葉を発した。
「あの、アニキさん? やっぱりオークを自分で倒せなかったから、怒って―――」
「そんなんじゃねえよ、リース。ただ、なんかこう……気に入らねえだけだ」
アニキは不機嫌そうに腕を組み、歩いていくリリィ達の背中を相変わらず見つめている。
リースは「それを怒ってるって言うんじゃ……?」と小さく言葉を落としていたが、そんなリース達に向かって、今度はイクサが言葉を挟んだ。
「ヴァン様の振る舞いは紳士的ですので、マスターとは綺麗に正反対です。よって、不快感を覚えるのは仕方ないものと思われます」
イクサは淡々と機械的に現状を分析し、言葉を落とす。
そんなイクサの言葉を聞いたアニキは、さらに不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「ちっ。そういうわけじゃねえっての。俺もまあ、上手く言葉に出来ねえけど……とにかく気に入らねえ!」
「あ、あはは……全然わかんないね」
リースは大粒の汗を流して、困ったように笑いながらポリポリと頬をかく。
そんな三人に対し、今度はセラが口を挟んだ。
「それより、私達も行きましょぉ? このままじゃ置いてかれちゃうわぁ」
セラは胸の下で腕を組みながら、ゆったりとした雰囲気で言葉を紡ぐ。
そんなセラの言葉を受けた三人とレンは、慌ててヴァンたちの背中を追いかけた。
『チッ……なんだってんだ。さっきからどうも落ち着かねぇ』
アニキはヴァン達の背中を追いかけながら、胸板を一度強く拳で叩く。
しかし跳ね上げるように脈打つ鼓動は落ち着いてはくれず、妙な緊張感がアニキを包んでいた。