第236話:未知数のモンスター
日の光がゆっくりと山間から昇り、プロキア王国をゆっくりと照らし出す。
朝焼けの光が宿屋へと射し込み、テーブルの上で大の字になって眠っていたアニキはその光を受けると、すぐに目を覚ました。
「んがっ? 寝ちまってたか。他の連中は……ひでぇな、こりゃ」
身体を起こしたアニキがぼりぼりと頭をかきながら周囲を見回すと、周りには酔い潰れて爆睡している店主達が大量に転がっている。
その後アニキがテーブルから飛び降りると、階段の辺りからリリィの声が響いてきた。
「起きたか。こちらのテーブルに朝食が準備してあるから、顔を洗ったら―――」
「メシか!? 気が利くじゃねえか!」
「あ、おい!? せめて顔くらい洗え!」
アニキはリリィの言葉を無視して指示されたテーブルに向かい、その中の一席に腰を下ろす。
そのテーブルにはリリィ達一行とリール、さらにリルルが腰を下ろしていた。
「おう、リルル! よく眠れたか!?」
アニキは隣に座っていたリルルの頭を乱暴に撫で、歯を見せて笑いながら言葉を発する。
そんなアニキの言葉を受けたリルルは、同じように歯を見せて笑いながら返事を返した。
「うん! すっごく眠れたよ! でも、おじいちゃんはあたまいたいーってゆってる!」
「り、リルルや。あまり隣で大きな声を出さないでおくれ。頭に響く……」
リールはリルルの隣で頭を抱え、繰り返し襲ってくる頭痛の波に耐えている。
そんなリールを見たアニキは、大声で笑いながら言葉を発した。
「んだよじーさんだらしねぇなぁ! ちょっとしか飲んでねえだろ!?」
「馬鹿! 話聞いてたか!? だから大声出すなって……いたたた」
リールは痛そうに頭を抱え、テーブルの上に置かれていた水を飲み干す。
そんなリールの様子を見たアニキは小さく息を落としながら返事を返した。
「んだよ仕方ねえなぁ……おうリルル。この朝メシもリールのじいさんが作ったのか?」
アニキの目の前には焼かれたパンや生ハム、飲み物やデザートが並び、宿屋の朝食として見てもかなり豪華な分類に入る。
昨晩リールの料理の腕を見ていたアニキは、ほとんど確信をもってリルルへと質問した。
「んーん! これはね、あの黒いお兄さんが作ってくれたの! すっごく美味しいんだよ!」
リルルは焼いたパンの上に目玉焼きと生ハムを乗せて美味しそうに頬張り、アニキに向かって返事を返す。
口元からぽろぽろとパンくずを落としているリルルを見たリリィは、道具袋からハンカチを出してリルルの口を拭った。
「ああ、ほらリルル。またこぼしているぞ」
「んっ……。ありがとぉ、お兄ちゃん」
口を拭ってもらったリルルは、嬉しそうに満面の笑顔を見せる。
そんなリルルの笑顔を見たリリィは同じように微笑んだが、フードによってその表情を窺い知ることはできない。
しかしそれでも想いは伝わっているようで、リルルは楽しそうに笑っていた。
「本当に良い子だな、リルルは。リース達より小さいのに、きちんとお礼が言えるのは素晴らしいことだ」
リリィは嬉しそうに笑いながら、朝食を夢中になって食べるリルルの頭を撫でる。
そんなリリィの言葉を受けたリールは、楽しそうに返事を返した。
「だろう? リルルはなぁ、自慢の孫なんじゃ。まあそれも、この国があったからこそじゃがな」
リールは嬉しそうに笑いながら、リリィに向かって言葉を紡ぐ。
そんなリールの言葉を受けたリリィは、同じく微笑みながら返事を返した。
「そう思います。この国には人を正しく導く、そんな力が働いているような気がする。そうでなければ、この国の人々の気持ち良さは説明がつかないでしょう」
リリィは礼儀正しく敬語を使い、リールに向かって返事を返す。
リールはそんなリリィの返事を受けて満足そうに頷いていたが、やがてリルルは会話の流れを無視して、はいっと手を挙げながら言葉を発した。
「あのね、お兄ちゃん! リルルはね、おっきくなったらこの宿屋さんではたらくの! いいでしょー!」
リルルはその小さな胸をえっへんと張りながら、リリィに向かって唐突に言葉を紡ぐ。
そんなリルルの言葉を受けたリリィは、にっこりと笑いながらその頭を優しく撫でた。
「……そうか。リルルは偉いんだな」
「えへへぇ」
リリィに褒められたのが嬉しいのか、くすぐったそうに笑うリルル。
そんなリルルの様子を見たリールは、笑いながら言葉を発した。
「すまんなぁ。最近は“この宿屋さんを継ぐー!”って、そればかり言っておるんじゃ。まったく、将来を決めるにはまだ早いと言うのにな」
リールは困ったように笑いながらも、その瞳の奥には押さえきれない喜びを感じる。
そんなリールの真意を感じたアニキは、悪戯に笑いながら言葉を紡いだ。
「へっ。んなこと言って、実はめちゃくちゃ嬉しいんじゃねぇの? 素直になれよじーさん」
アニキはばくばくとパンを食べながら、リールに向かって言葉を発する。
そんなアニキの言葉を受けたリールは、再び水を飲みながら返事をぶつけた。
「うるさいわい若造。年寄りの心を読むでない」
「へっ、そりゃ悪かったな」
アニキは頭の後ろで手を組みながら、楽しそうに笑う。
そんなアニキを見て同じように笑っていたリールだったが、突然何かを思い出し、やがて心配そうに目を伏せた。
「……んだよ。何か心配ごとでもあんのか?」
目を伏せたリールを見たアニキは、眉を顰めながら質問する。
そんなアニキの言葉を受けたリールは、たどたどしく言葉を紡いだ。
「あ、ああ。心配ってほどでもないんじゃが……今朝方早い時間に、この国の北部にある“恵みの森”で大型モンスターが発見されたらしくてな。今のところ目立った被害はないが、少し気になっているんじゃよ」
リールはもう一杯水を飲みながら、アニキに向かって返事を返す。
そんなリールの言葉を受けたアニキは、目の前のパンを一口で食べると拳を打ち鳴らした。
「っしゃあ! そういう話なら大好物だ。腹ごなしにぶっ飛ばしてきてやるよ!」
アニキは突然席を立ち、宿屋の出口に向かって歩き出す。
そんなアニキの様子を見たリリィは、慌てて右手を伸ばして言葉をぶつけた。
「お、おい馬鹿者! いきなり行くな! 皆まだ食べているんだぞ!?」
「ああん? なんだよ遅ぇなぁ。メシはさっさと食うもんだぜ?」
「一番最後に起きたくせに偉そうなことを言うな! いいから座れ!」
リリィはびしっとアニキの座っていた席を指差し、鋭い視線を送る。
そんなリリィの言葉を受けたアニキは、渋々席に戻って傍にあった水を一杯飲み干した。
「ちっ。俺ぁ早く暴れてぇんだよ。最近消化不良だったからな」
「知るかそんなもの。みんな、こいつに合わせて急いで食べる必要はないからな」
リリィは腕を組みながら、食事をしていた一行に向かって言葉を発する。
しかしそんなリリィの言葉を聞いたリースは、どこか言い辛そうにしながら返事を返した。
「んー、そうだね。でもリリィさん。実はみんなも食べ終わっちゃったんだよね」
リースは困ったように笑いながら、周囲のメンバーへと目配せする。
するとそんなリースの視線を受けた面々は食事を終えた口をハンカチで拭い、それぞれ言葉を発した。
「なんだかわかんないけど、この国の人が困ってるならそのモンスター、あたしたちで退治しようよ! ね、リリィっち!」
アスカはぴょーんと跳躍してリリィの隣に立つと、その肩をぽんっと叩きながら言葉を発する。
そんなアスカに返事を返そうと口を開いたリリィだったが、その返事を待たずにアスカは宿屋を後にしていた。
「まあ確かに、アスカさんの言う通りです。この国の人のために働くというのは、悪い提案じゃなさそうだ」
レンは上品に食後の口を拭いながら、ゆっくりとした動作で宿屋の出口へと歩いていく。
そんなレンを追いかけ、リースは慌ててお気に入りの鞄を斜めがけに背負った。
「あ、ま、待ってよレン! みんなで一緒に行かなきゃ!」
リースは慌てた様子でレンを追いかけ、宿屋を後にする。
そんなリースを追いかけて、セラは胸の下で腕を組みながら歩き出した。
「まぁ、退屈しのぎにはなるんじゃなぁい? モンスターを退治すれば、お金ももらえるでしょうしね」
セラは妖しい笑顔を浮かべながら、リースの後ろを追いかけて歩いていく。
そんなセラの笑顔を見たリリィは意識を取り戻したようにはっと気が付き、その背中を追いかけた。
「お、おいお前達! 勝手に行くな!」
リリィは腰元の剣を確認すると慌てて駆け出し、宿屋を後にする。
そうして気付けば一行のメンバーは、アニキとイクサの二人だけになっていた。
「どうやら完全に、出遅れたようですね。私も参ります」
イクサは白い瞳で冷静に出口を見つめると、小さく言葉を落しながら宿屋を後にする。
呆然と出て行く一行を見送っていたアニキだったが、やがてはっと気が付いて声を荒げた。
「あいつら……! ちっくしょう! モンスターは俺がぶっ飛ばすんだからな!」
アニキは拳を打ち鳴らすと、出口に向かって歩き出す。
するとそんなアニキのズボンを、小さな手がくいくいと引っ張った。
「お兄ちゃん達、行っちゃうの? もう帰ってこない?」
リルルは心配そうにアニキを見上げ、言葉を紡ぐ。
そんなリルルの言葉を受けたアニキは一度大きく息を落とすと、膝を折って視線をリルルの高さに合わせ、優しい声で言葉を紡いだ。
「心配すんな、リルル。俺たちゃつえぇからよ。モンスターをぶっ飛ばして帰ってくるぜ」
アニキはぽんっとリルルの頭に手を置きながら、にいっと歯を見せて笑う。
リルルはそんなアニキの笑顔を見ると、安心した様子で頷き、そして笑顔を返した。
「ふむ……“恵みの森”はこの宿屋の前の道を真っ直ぐ進んだ先にある北門を抜け、さらに街道沿いに歩いた場所にある。モンスターの能力は未知数じゃから、気をつけて行くんじゃぞ」
リールは真剣な表情になりながら、アニキに向かって言葉を紡ぐ。
アニキは膝を伸ばして立ち上がると、リール達に背中を向けて拳を天に掲げながら、返事を返した。
「誰に言ってんだ誰に。この俺が負けるわけねぇだろが」
アニキはリルルに心配をかけないよう、にいっと笑いながら余裕のある様子で宿屋を後にする。
そうして宿屋を出て行くアニキに、リルルは大声で言葉をぶつけた。
「お兄ちゃん! リルルまってるから、がんばってねぇー!」
リルルは両手をメガホンのように使い、一生懸命声を張り上げる。
そんなリルルの声を聞いたアニキはもう一度だけリルルを見返し、そして返事を返した。
「おう! ぶっ飛ばしてくっから、美味いメシ準備して待ってろよ!」
アニキはもう一度拳を天に掲げると、朝焼けの街に向かって歩いていく。
そうして宿屋を後にしたアニキは、遠目に見える日の光を眩しそうに見つめ、小さく言葉を落とした。
「未知数の敵……か。おもしれぇじゃねえの」
アニキはにいっと笑いながら視線を街に戻し、遠目に見える一行を追いかけ、勢い良く駆け出していく。
空は突き抜けるように青く続き、日の光はアニキ達を祝福するようにその姿を照らし出していた。