第235話:リールじいさんの宝物
「しっかしあんた……今時珍しい男じゃな。こんなに豪快な男に会ったのは久しぶりだよ」
リールは酒の入ったグラスを傾けながら、同じテーブルに座ったアニキに向かって言葉を紡ぐ。
そんなリールの言葉を聞いたアニキは、大きく笑いながら返事を返した。
「べっつに対したことねえよ! この国の連中が面白かったから、俺ぁそれに乗っかっただけだ」
アニキは美味そうに酒を飲み、リールに向かって返事を返す。
そんなアニキの言葉を受けたリールは、同じく楽しそうに笑った。
「はっはっは! まったく気持ちの良い男だ。確かにこの国は良い! わしも昔は旅をしておったが、この国より豊かで住みやすい場所は見たことがないわい」
リールは真っ直ぐにアニキを見据え、かつての冒険心を取り戻したように活気ある瞳をしながら言葉を紡ぐ。
そんなリールの瞳を見たアニキは、嬉しそうに笑いながら返事を返した。
「おう! 俺もこんなに楽しい国は初めてだぜ!」
「はっはっは! あったり前じゃい!」
そうして言葉を交わした二人は、どちらともなくグラスを掲げて再び乾杯する。
ごくごくと酒を飲み干してグラスを空にしたリールは、少し目を伏せながら言葉を落とした。
「しかしのぅ……最近、プロキア王国騎士団の様子が少し変なんじゃ。なんだか人員を増加しているらしく、まるで何かを警戒しているようにも見える」
リールは少しだけ真面目な表情になりながら、グラスの中に入った氷を見つめて小さく言葉を落とす。
そんなリールの言葉を聞いたアニキは、眉を顰めながら返事を返した。
「警戒たぁ、穏やかじゃねえな。どっかから攻められる予定でもあんのか?」
アニキもまたリールと同じように真面目な表情をしながら、確かめるように返事を返す。
そんなアニキの言葉を受けたリールは、空になったグラスを傾けて氷を鳴らしながら返事を返した。
「いや、それはないじゃろう。この国は地形的に見て、他国から軍勢を送りにくいようになっておる。もちろん不可能じゃないが、種族戦争も終結した今軍を挙げる理由がない」
リールは真剣な表情でテーブルの木目を見つめ、言葉を落とす。
そんなリールの言葉を受けたアニキは、小さく息を落としながら返事を返した。
「ま、気にしてたってしょうがねえさ。何かあったら俺がぶっとばしてやっから、それで安心しとけ。俺がいる間は、だがな」
アニキはにいっと笑いながら、自身の右拳をリールの目の前に突き出す。
そんな拳を見たリールは、笑い声を響かせた。
「はっはっは! 軍隊を、お前ひとりでか!? まったく面白い男じゃな!」
にいっと笑いながら言葉を紡ぐアニキを見て、大笑いを返すリール。
アニキとしてはわりと本気だったのだが、普通に考えれば冗談としか思えないだろう。
しかしアニキの拳に何かを感じたリールは、嬉しそうに笑いながら返事を返した。
「……ありがとうよ、若造。リルルと、リルルをここまで育ててくれたこの国はわしの宝なんじゃ。それを守ってくれるというなら、こんなに嬉しいことは無い」
リールは嬉しそうに笑いながらグラスを傾け、再び氷を鳴らす。
そんなリールを見たアニキは強くリールの背中を叩き、追加の酒をリールのグラスに注いだ。
「しみったれてんじゃねえよじーさん! いいから飲め飲め! 人のおごりで飲む酒はうめえだろうが!」
「それは違いない! はっはっはっはっはっ!」
リールは豪快に笑い声を響かせ、アニキと何度目かわからない乾杯を交わす。
そうして二人楽しく酒を飲んでいる姿を遠目から見ていたイクサは、安心したように笑顔を浮かべた。
「おねえちゃんうれしそぉ。何かいいことあったの?」
イクサの膝の上に座って両手を使いジュースを飲んでいたリルルは、笑顔で首を傾げながらイクサに向かって質問する。
そんなリルルの言葉を受けたイクサはにっこりと微笑みながらその頭を撫でつつ、小さな声で返事を返した。
「いいえ、リルル様。なんでもありませんよ」
「???」
自身の頭を撫でるイクサを見上げ、不思議そうに頭に疑問符を浮かべるリルル。
そんなリルルの様子を見たイクサは、自身の中の感情をどう説明しようか頭を悩ませ、困ったように眉をハの字にしながら笑った。
一方ホールの隅にあるカウンターでは、リリィとセラが隣同士に座って静かに酒を飲んでいる。
周囲の宿泊客や店主達の中にはセラの美しさに目を奪われている者もいたが、二人はそんな視線を気にせず、マイペースにグラスを傾けていた。
「ふふっ、このお酒美味しいわぁ。ご飯も美味しくて、良い風が吹く。この国は言うこと無いわねぇ」
セラは少しだけ頬を赤くしながらグラスを傾け、美味しそうに料理を食べる。
そんなセラの様子を見たリリィは、呆れたようにため息を落としながら返事を返した。
「おい、ちょっと飲みすぎじゃないのか? 美味いのは確かにわかるが……」
今二人は一緒に果実酒を飲んでいるが、正直言ってこの世のものとは思えないほどこの酒は美味い。
芳醇な果実の香りと適度な酸味、そして甘さが喉を通ると歓喜するように鼓動が高鳴る。
これほど上質な酒には、なかなか出会えるものではないだろう。
「もぅ。剣士さんは真面目すぎるわぁ。ちょっと飲みすぎるくらいが丁度良いのよぉ?」
「私はそもそも酔えないからな……酒の程度についてはわからんさ」
竜族であるリリィはそもそも、酒で酔うということがほとんどできない。
常人が倒れるほどの量を飲めばさすがに頬くらい赤くなるだろうが、今リリィは自制してちょびちょび飲んでいるため、酔うはずが無かった。
セラはそんなリリィを見ると、小さく息を落としながら言葉を返した。
「なんだかつまらないわねぇ……じゃ、私があなたの分まで酔ってあげるわぁ」
「ちょ!? 飲みすぎだぞセラ! ちょっとは自制せんか!」
セラは一気にグラスの中身を空にすると、さらにもう一杯手酌でおかわりを注ぐ。
そんなセラの様子を見たリリィは心配そうに眉を顰めて言葉をぶつけるが、セラは上気した頬でリリィに近づくと、少しだけ頬を膨らませながら言葉を紡いだ。
「もー、だったら剣士さんがお酌して? そしたら我慢するわぁ」
「いや、お酌している時点で我慢してないだろうが……」
リリィはがっくりと肩を落としながら頭を抱え、セラに向かって返事を返す。
そんなリリィの言葉を受けたセラは「じゃあ我慢しなーい」と頬を膨らませ、さらに追加の酒をグラスに注いだ。
「ああ、もう、わかった! わかったからちょっとは我慢しろ!」
「ふふっ。もう、最初から素直にそう言えば良いのよぉ」
セラは楽しそうに笑いながら、空にしたグラスをゆっくりとリリィに向かって突き出す。
そんなセラの様子を見たリリィは、ため息を落としながらそのグラスにお酒を注いだ。
「まったく。私が強情なのは認めるが、お前は強引過ぎだ。そんなことでは―――」
「んっ、んっ……。あー、美味しかった」
「一気飲みするなぁー! どこが我慢してるんだどこが!」
リリィは強く机を叩き、一気飲みをしたセラに声を荒げる。
そんなリリィの声を聞いたセラは、楽しそうに笑いながら返事を返した。
「ふふふっ。あー楽しい。剣士さんも楽しい?」
「楽しいというか、心配の方が大きい。明日頭痛いとか言っても助けてやらんからな?」
「ええー? その時は優しく介抱してよぉ。剣士さんそういうの得意でしょぉ?」
「いつから私の特技は介抱になったんだ。まったく、どうなっても知らんぞ……」
リリィは小さくため息を落とすと、思い出したように手元のグラスを傾けて果実酒を自身の喉に流す。
すると芳醇な香りと甘さが喉の奥に広がり、思わずリリィは目を見開いた。
「……お酒美味しいって、そう思ったでしょう。本当剣士さんは分かりやすいわぁ。まあ、だから好きなんだけど♪」
セラはくすくすと楽しそうに笑いながら両手でカウンターに肘をつき、真っ直ぐにリリィを見つめながら言葉を紡ぐ。
そんなセラの言葉を受けたリリィは、あっという間にその頬を紅潮させた。
「好っ……!? ば、馬鹿者が! またからかいおって……!」
リリィは不機嫌そうに頬を膨らませ、ヤケクソ気味にグラスを傾ける。
そんなリリィの様子を見たセラは、くすくすと笑いながら言葉を続けた。
「あらぁ、頬が赤いわよ剣士さん。もしかして、まんざらでもない?」
「なっ……! ば、馬鹿者! そんなわけあるか!」
リリィはぷいっとセラから顔を背け、グラスに手酌でお酒を注いでいく。
そんなリリィの姿を見たセラは「ぁん。お酌は私の仕事よぉ?」と言葉を落としていたが、そんなセラを見たリリィは何かを思いついたように視線を伏せた。
『このままでは私ばかりからかわれていて、面白くないな……そうだ』
リリィは何かを思いついたように視線を前に戻し、やがてゆっくりと口を開いた。
「ふん。それに“好き”なんて言葉は、リースに言ってやったらどうだ?」
「ふぇ!? な、いきなり何よぉ」
セラは両手でグラスを掴むと、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
そんなセラに向かってリリィはさらに攻撃を集中させ、セラは赤くなった顔を隠すため、最終的には背中の翼まで動員することになった。