第230話:リリィの告白
「そういえばさー、リリィっち。あのことレンちゃんには話したのん?」
アスカはもむもむとアイスを食べながら、隣で同じくアイスを食べるリリィへと質問する。
そんなアスカの質問を受けたリリィは、頭に疑問符を浮かべながら質問を返した。
「あのこと? 一体何のことだ?」
思い当たる事がなかったリリィは、不思議そうに首を傾げながらアスカへ言葉を紡ぐ。
そんなリリィの言葉を受けたアスカは、アイスを口に含みながら返事を返した。
「いやほら、リリィっちが竜族ってこと。一応言っておいた方がいいんでない?」
「ちょおおおおお!? アスカ馬鹿! 公衆の面前でそんな事言うな!」
リリィは慌ててアスカの口を押さえるが、幸い周囲の人々はそれぞれの話に花を咲かせており、アスカの発言は聞こえていなかったようだ。
しかし肝心のレンには断片的に会話内容が聞こえていたらしく、レンは頭に疑問符を浮かべながら言葉を紡いだ。
「えっと、リリィさんが、りゅう……? 何のことですか?」
レンは小さく首を傾げながら、アスカ達に向かって質問する。
かろうじて聞こえていなかったことに安堵したリリィは、大きくため息を落とした。
しかしアスカはそんなリリィに構わず、さらに言葉を続ける。
「なんだまだ言ってないの? ぴゃーっと言っちゃったほうがいいよぉ?」
「そんな軽々しく言うな! 抵抗のないお前達が特殊なだけで、普通は一生隠し通すくらいの秘密なんだぞ!?」
確かにリリィの言う通り竜族は強大すぎるその力から、人間を初めとした各種族と敵対関係にあり、これまでずっと恐れられてきた存在だ。それは過去の種族戦争時代から続き、今日でも変わりはない。
そんな竜族が目の前にいるとなれば、普通は恐怖で震えるか失神するかのどちらかである。
しかしアスカは口を3の形にしながら、リリィへと反論した。
「んなこと言ったってさー。一緒に旅する以上は言わなきゃダメじゃん?」
「うっ。まあ、それはそうだが……」
珍しく的を得たアスカの意見に、言葉を失うリリィ。
そんなリリィを見たアスカは何かを思いついたように両手をぽんっと合わせると、リリィとレンを突然物陰へと押し込んだ。
「ちょ、アスカ!? いきなり何をする!」
「っ!?」
物陰に押し込まれたリリィは驚きながら声を荒げ、同じく押し込まれたレンはリリィから香る花のような香りに目を見開き、無言のまま息を飲む。
アスカは二人を物陰に押し込んだ後、満足そうにうんうんと頷きながら言葉を続けた。
「そこなら二人で話せるっしょ? レンちゃんもきっと大丈夫だから、“ぱーん”と言っちゃえって」
「ぱ、“ぱーん”と……か」
リリィは頭に大粒の汗を流しながらも、アスカの言っていることにも一理あると考え始める。
確かに一緒に旅をする以上自分が竜族であることを隠し続けるのは不可能だし、何より危険がある。
仮に戦闘中に竜族であることがバレて、レンにいらぬ動揺を与えることになれば、大きな隙を生み出してしまうし、最悪の場合生死に関わるだろう。
そうして思考を整理したリリィは、ごくりと唾を飲みながらレンに向かって身体を向けた。
「あー……レン。ちょっと話があるんだが、いいか?」
リリィはぽりぽりと頬をかきながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。
そんなリリィの言葉を受けたレンは、緊張した様子で姿勢を整えた。
「あ、は、はい! どうぞ、お話してください!」
レンはぎくしゃくと右手を差し出しながら、リリィに向かって言葉を紡ぐ。
緊張した様子のレンに疑問符を浮かべるリリィだったが、先ほどのアスカの言葉を思い出し、“ぱーん”と告白してみることにした。
「その……見ての通り、実は私は竜族なんだ。驚いたと思うが、私に敵意はない。安心してくれ」
リリィは自身の頭に被っていたフードを外しながら、端的に事情を説明する。
そんなリリィの言葉を受け、頭の角を見たレンはぽかんと口を開いていた。
「まあ、その、驚くのも無理はない。しかし先ほども言ったとおり、私に敵意は無いんだ。それだけは信じて欲しい」
ぽかんと口を開けたままのレンに対し、慌てて言葉を続けるリリィ。
しかしレンは口を開けたまま固まっており、指先ひとつ動かしていない。
そんなレンを不思議に思ったリリィは、疑問符を浮かべながらレンの目の前でぶんぶんと手を振った。
「あの……レン?」
「…………」
リリィが目の前でぶんぶんと手を振ると、レンは背筋を真っ直ぐに伸ばしたままゆっくりと後ろに倒れる。
そんなレンを地面ギリギリで受け止めたリリィは、動揺した様子で声を荒げた。
「ちょ、レン!? やっぱり動揺しないなんて嘘じゃないか! アスカァァァァ!」
リリィは気絶してしまったレンを抱きしめながら、アスカに向かって怒りの咆哮を響かせる。
そんなリリィの声を聞いたアスカは食べていたアイスを吹き出し、慌てた様子でリリィ達の元へと駆け寄ってきた。
「……先ほどは、すみませんでした。僕としたことが、取り乱してしまったようです」
レンは恥ずかしそうに顔を赤く染めながら俯き、ぽつぽつと言葉を落とす。
がっくりと項垂れたレンの様子を見たリリィは、慌てて返事を返した。
「あ、いや、いいんだ。私こそ急に言ってしまって悪かった」
フードを頭に被ったリリィは、どこか安心した様子で言葉を紡ぐ。
そんな二人の会話を聞いていたアニキは、腕を組みながらレンに向かって質問した。
「で? どうよ。この馬鹿剣士の正体は聞いたんだろう?」
アニキは真剣な表情でレンを見つめ、低い声で質問する。
そんなアニキの言葉を聞いたレンは何かを考えるように曲げた人差し指を顎に当てると、やがて返事を返した。
「先ほどの事実は確かに、衝撃的でした。しかしそれでも、僕の中のリリィさんは揺らぎません。リリィさんがリリィさんであることに、変わりはありませんから」
レンは落ち着いた様子でアニキの目を真っ直ぐに見つめ、しっかりとした口調で言葉を紡ぐ。
そんなレンの言葉を聞いたアニキは、歯を見せて悪戯に笑いながら返事を返した。
「そーかい。じゃあお前も、“変な奴”だったみてーだな」
「???」
レンはアニキの言葉の意味がよくわからず、不思議そうに首を傾げる。
しかしそんなレンの様子に構わず、今度はリリィがレンの頭を撫でながら言葉を紡いだ。
「そう言ってくれて嬉しいよ、レン。これからもよろしく頼む」
リリィはにっこりと微笑みながら、優しくレンの頭を撫でる。
レンは恥ずかしそうに俯いて頬を赤くしながら、そんなリリィへと返事を返した。
「あっ、い、いえ。僕としては当然というか、当たり前のことですから……」
「???」
今度はリリィがレンの言葉の意味を理解できず、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
レンはそんなリリィの様子を見てさらに頬を赤らめるが、やがてそんなレンにリースが背中から覆いかぶさった。
「とにかく、これでレンもちゃんと僕達の仲間ってことだよね! よろしく、レン!」
「んだぁぁ! 君はなんで突然乗っかってくるんです!? 馴れ馴れしいな!」
おんぶをするような形で乗っかってきたリースに向かって、声を荒げるレン。
そんなレンの様子に構わずリースはにこにこと笑っていたが、やがて甲板からの景色が変わったことに気付くと声を荒げた。
「あっ!? 見て見てレン! あれって目的地の“王都プロキア”だよね!?」
「うるさっ!? わかりましたから、耳元で騒がないで下さい!」
耳元で騒ぐリースへ迷惑そうに言葉をぶつけながら、レンは甲板から見える光景へと視線を向ける。
その視線の先には海がどこまでも広がっているが―――その遠くに小さな陸地が見え、その姿は上陸の気配を色濃く示していた。