第226話:大切な人を守るため
金髪の青年はその足元に逆巻く風を発生させ、二本の鎧腕からも風を噴出して空中に浮遊する。
そんなリースの姿を見たレンは、驚愕に目を見開きながら言葉を発した。
「リース。君はまさか、自分の身体で人体練成をしたというのか!?」
「人体練成……?」
リリィはレンの言葉の意味が理解できず、疑問符を浮かべながら質問する。
そんなリリィの言葉を受けたレンは、苦々しい表情を浮かべながら言葉を続けた。
「簡単に言えば、“自分の身体を再構成して成長させた”ということです。僕と同じくらいだったリースが今は成長し、青年の姿になっている。こんなことができるのは、人体練成しかない」
「っ!? だが、自分自身を媒体にして創術を使うなど、可能なのか!?」
リリィは驚きに目を見開き、レンに向かって言葉を返す。
レンは相変わらず苦々しい表情をしながら、そんなリリィへと返事を返した。
「理論上は、確かに可能です。しかし実際に成功させた者はいない。つまりリースは、全世界の創術士を、僕を……」
超越した存在になった。
そこまでわかっていて、レンはその言葉をはっきりと口にすることができない。
レンは強く自身の両手を握り締め、俯いて地面を見つめた。
『リリィさんがやられるというあの場面で僕は、あろうことか退こうとしてしまった。理屈を並べ立てて、賢明ぶって、結局はリリィさんから離れようとしてしまった。でも、リースは―――』
リースは欠片ほどの確率に賭け、リリィを助けられる手段を躊躇なく選んだ。
人体練成が成功する確率は低く、そしてリスクは自分の命だ。しかしリースは勇気を奮い立たせ、自分を媒体とした人体練成に臨んだ。
果たして自分に、同じことができるだろうか。
いや―――できない。できないからこそ自分は今こうして、成長したリースを見上げているのだ。
「っ!」
レンは悔しさと、何よりふがいない自分への怒りによって、強く強く奥歯を噛み締める。
口の端から血を流しているのを見たリースは、何か言葉をかけようとするが……背後から迫ってくるメデューサの気配を感じ、上空へと飛翔した。
「気をつけろ、リース! そいつの素早さは本物だ!」
リリィは既に首の下辺りまで石化しながら、リースに向かって言葉をぶつける。
リースは風を操って空中を浮遊しながら、そんなリリィへと返事を返した。
「だいじょぶだよ、リリィさん。スピードなら多分、僕も負けない」
「えっ……」
リースは空中に浮遊した状態でメデューサを見つめ、小さく笑いながら言葉を紡ぐ。
自信に満ち溢れたその姿を見たリリィは驚きに目を見開き、ぽつりと声を落としていた。
『キシャアアアアアアアアアアアア!』
メデューサは余裕のあるリースの姿が気に食わないのか、魔眼の射程距離に入れるため空中のリースに向かって猛スピードで近づいていく。
しかしメデューサが跳躍したその瞬間、視線の先にいたはずのリースは忽然とその姿を消し、次の瞬間メデューサの横っ面に重い衝撃が走った。
「あああああああああああああ!」
『グギッ!?』
リースはいつのまにかメデューサの横に移動し、メデューサの横っ面を鋼の拳で殴り飛ばす。
風のアシストを受けたその拳は重く、メデューサは巨大な蛇の身体ごと冷たい山肌に叩きつけられた。
「無駄だよ。君が攻撃のモーションに入った時、僕はもうそこにはいない」
『っ!?』
顔面に一撃を打ち込んできたリースの放った一言を聞き、頭に血を上らせるメデューサ。
怒りのあまり自分を失ったメデューサは、リースが言葉を言い終わるか否かの一瞬に跳躍し、リースとの距離を詰めていた。
『オオオオオオオオオオオッ!』
メデューサは空中を浮遊しているリースに向かって、頭部から生えている無数の蛇を伸ばす。
しかしそれらの蛇がリースの身体を捕らえることはなく、蛇たちはただリースの残像を掻き消しただけだった。
「遅い、よ。それじゃダメだ」
『っ!?』
気付けばリースはメデューサの眼下から空に向かって一直線に飛翔し、その勢いも乗せたアッパーカットをメデューサの顎に叩き込む。
突然の衝撃にメデューサはその魔眼を閉じ、一瞬意識を手放した。
「はああああああああああああ!」
リースは両腕の鎧の側面に剣を精製し、横薙ぎの形でメデューサの身体を切り刻む。
超高速で繰り出される剣撃は凄まじく、空中に打ち上げられたメデューサの身体からは、まるで花火のように紫色の鮮血が吹き出した。
しかし―――肝心のダメージはというと、あまり芳しくは無い。
メデューサは一方的に攻撃を受けてはいるものの、すぐに驚異的な自己治癒能力で回復してしまい、決定打は受けていない。
一方のリースも一度とて攻撃は受けず、魔眼の直視も避けてはいるが……リースとて人間だ。いつかは体力が尽きるだろう。
その事を看破したリリィは、まだ自身の口が動くうちに声を荒げた。
「ダメだ、リース! やはり逃げろ! お前一人では勝てない!」
リリィはもはや首も動かせない状態で、口だけを動かして賢明に言葉をリースへぶつける。
リースは空中で高速移動しながらかかと落としをメデューサの頭に打ち込むと、そんなリリィに向かって返事を返した。
「はぁっはぁっ……だめ、だよ、リリィさん。僕は絶対に、退けないんだ……!」
いつのまにかリースの呼吸は乱れ、登場当初の余裕は消え去っている。
そんなリースの様子を見たリリィは、再び言葉を届けようと口を開くが、その顎がもう動かなくなっていることに気付いた。
『っ!? そんな。もう、声が―――!』
リリィは口を動かそうと賢明に力を込めるが、その顎が動くことは無い。
すでに石化はリリィの顔にまで到達し、口の半分を石化させていた。
そしてそんなリリィの様子を横目で見たメデューサは、目の前のリースにフェイントをかけ、超高速でリリィに向かって突撃してきた。
「しまっ……!? リリィさん!」
フェイントにかかったリースは両目を見開きながら、リリィへ突撃していくメデューサへと手を伸ばす。
しかしその手が、メデューサを掴むことはなく。
リースは悔しそうに奥歯を噛み締め、眉間に強く力を込めた。
『キシャアアアアアアアアアアアアア!』
メデューサは目の前の獲物を破壊したい衝動に駆られ、本能的にリリィに向かって突進してくる。
リリィはどこか諦めたように目を細め、身体の力を抜くが―――その刹那、視界の隅に動く金色の物体を見つけた。
レンはその金色の髪を揺らし、俯きながら前に向かって歩みだす。
俯いたまま無言でふらふらと前に歩み出したレンは、やがてリリィのすぐ目の前に立つ。
そんなレンの姿を見たリリィは、驚きに目を見開いた。
『そんなっ、レン!? まさか君まで、人体練成をするつもりなのか!?』
リリィはレンを止めようと口を動かそうとするが、上手く声を出すことができない。
レンはゆっくりと顔を上げ、リリィに向かって振り向くと……一言だけ、言葉を紡いだ。
「なるほど……充分だ。”好きな人を守る為”。それなら命を張るのに、充分すぎる理由だ」
『っ!?』
レンはリリィの顔を見つめ、小さく言葉を落としながら柔らかに微笑む。
日の光に照らされたその笑顔を見たリリィは、気付けばポロポロと涙を流していた。
「ごめんなさい、リリィさん。退けというリリィさんの言葉、守れそうもありません」
「っ! っ!?」
やがてリリィから視線を外したレンを見たリリィは、涙を流しながら賢明に口を動かそうと顎に力を込める。
しかし既に石化してしまった顎が、再び動くはずも無く。
やがてレンは空にその右手を上げ、上空に雷雲を集めた。
「―――もう、いらない。好きな人を守れない身体なんて、いらない。だから、力を! 僕に、奴を倒せるだけの力を!」
レンは真っ直ぐにメデューサを睨みつけ、上空の雷雲の中にエネルギーを溜め込む。
メデューサがそんなレンの動きに気付き、視線を向けたその時……レンは大きく息を吸い込み、そして叫んだ。
「はああああああああああ! 人体練成! ガルスフィア!」
「っ!?」
レンがその言葉を叫んだ瞬間、雷雲から巨大な雷の柱が落下し、レンの身体を打ち貫く。
閃光に包まれたレンをその目で見たリリィは両目を見開き、ポロポロと溢れる涙は、石化した身体をゆっくりと流れていた。