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第225話:覚醒

「そん、な。僕のせいで、リリィさんが……」


 リースはその目の光を完全に失い、次第に石化していくリリィを見つめる。

 竜族の強い免疫力のおかげか石化していくスピードは極端に遅いものの、それでも両足はすでに石像と化してしまっている。

 リリィは自身の話せる時間が少ないことを悟り、リースに向かって声を荒げた。


「リース! 私のことはいい! お前はレンと共に団長達と合流しろ!」


 必死の表情で言葉を発するリリィ。しかしその言葉に従うことはすなわち、リリィの死を意味している。

 今メデューサはリリィの強烈な拳撃を受けて吹き飛ばされ、のた打ち回っているが……いずれ回復し、リリィに向かって襲い掛かってくるだろう。

 そして石像と化したリリィを、容赦なく破壊するはずだ。

 それはリースの中で想像できる、最悪のシナリオだった。


「そんな……できないよ! リリィさんを置いてなんていけない!」


 リースは鞄の紐を強く握り、リリィに向かって言葉を返す。

 予想通りの言葉を受けたリリィは、眉間に皺を寄せながら言葉をぶつけた。


「言うことを聞けリース! このままでは全滅なんだぞ!?」

「っ!」


 これまでにないほど厳しいリリィの口調に、びくっと肩をいからせるリース。

 鞄の紐を握る手は震え、微かに呼吸が乱れる。

 また自分は、逃げるのか?

 巨人のときのように、言われるまま後ろに下がるのか?

 下がるという行為には意味がある。でもそれは本当に、自分のすべきことだろうか。

 思い悩むリースの心に、以前聞いたアニキの言葉が蘇った。


『てめえの全てをかけてでも守ってやりたい奴がいて、そいつが目の前で泣いていたなら……その手を開いて、そいつに差し出せ。それさえ続けてりゃ、いつかてめぇの胸にてめぇだけの” 正義”が宿る』


 リースの中で再生されるアニキの言葉と、アニキの笑顔。

 胸の中に去来する熱い想い。それをリースは、大切に抱きしめた。


「僕、だけの。僕だけの、正義……」

「えっ?」


 リリィはぽつりと落とされたリースの言葉の意味がわからず、疑問符を浮かべてリースを見つめる。

 しかしリースは俯いたまま、何かを考え込んでいるようだった。

 こうしている間にもメデューサは殴られた傷を治癒し、襲ってくる可能性がある。

 思考を切り替えたリリィは、かろうじて動く顔をレンに向け、言葉を発した。


「レン! リースを連れて逃げてくれ! 頼む!」

「っ!」


 リリィからの初めての願い。それは、自分を見捨てろという残酷なもの。

 レンは奥歯を噛み締め、悔しそうにリリィとメデューサを交互に見つめる。

 そのまま冷静に思考を回転させると、リースに向かって言葉を発した。


「……行きましょう、リース。今の僕達にできるのは、下がることだけです」

「…………」


 レンは吐き気をもよおしながらも、かろうじてその言葉を紡ぐ。

 しかしリースはそんなレンの言葉に反応せず、無言のまま俯いていた。

 この状況で呆然としているリースを見たレンは苛立った様子でリースの肩を掴み、さらに言葉を続けた。


「っ! いいですか!? 僕だって下がりたくはない! でも実力差は歴然としている! ここは一旦下がって応援を呼び、戦況を立て直すことが必要だと言ってるんです! リリィさんを、助ける為に!」


 レンは涙で潤んだ瞳でリースを睨み付け、リースの肩を潰すような握力で握ると、眉間に皺を寄せて言葉を発する。

 そんなレンの言葉を受けたリースはその顔を上げると、自身の肩を掴んだレンの手を優しく払った。


「……違うよ、レン。実力差が歴然としているなら、同じになるようにすればいいんだ」


 レンの手から逃れたリースはその両目に確かな意思を宿し、ゆっくりとリリィに向かって歩いていく。

 そんなリースの言葉を聞いたレンは、半狂乱になって叫んだ。


「いい加減にしろ、リース! 無駄死にしたって、リリィさんが悲しむだけだ!」


 レンはリースが現状を理解できていないと考え、声を荒げる。

 そんなレンの言葉を受けたリースは振り向きながら、柔らかに微笑んだ。


「レン。僕はね、自分自身のためじゃなく、大事な誰かのためにこの手を使いたい。その人が困っているのなら、どんな状況であってもこの手を差し出したい。そうありたいと、思ってるんだ」

「……っ」


 その時のリースの表情は、とても言葉で言い表すことはできなかった。

 ただその柔らかな笑顔には何か大いなるものの片鱗を感じさせ、神々しさすら想わせる。

 レンはごくりと唾を飲み込み、それ以上言葉を発することができなかった。

 やがてリースはリリィの元にたどり着くとリリィの前へと歩み出し、メデューサと真正面から対峙する。

 そんなリースを見たリリィは、大粒の涙を流しながら言葉を紡いだ。


「頼む、リース。逃げてくれ……! お願い。おねがい、だから……!」


 リースには何があっても生き延びて、生きて欲しい。そんな想いがリリィの胸の中から溢れ出し、涙となって頬を伝っていく。

 そんなリリィの言葉を受けたリースは眉を顰めながら、すまなそうに言葉を落とした。


「ごめん、ね。リリィさん。そのお願いだけは、聞けないんだ」


 リースは最後に一度だけ横目でリリィを見つめると、やがて視線をメデューサへと移す。

 メデューサは身体の傷をほぼ完治させ、真っ直ぐにリースを睨みつけていた。

 そしてリースは両手を左右に広げると、自身の足元に黄緑色に輝く練成陣を精製する。

 その練成陣はこれまでリースが作ってきたどの練成陣よりも強く輝き、その輝きによってリリィやレンの目すらもくらませる。

 しかしリースはそんな状況に構うことなく、その精神を集中させていった。


「はぁぁぁぁぁぁぁ……っ」


 リースは両手を広げたまま声を張り、眉間に力を込めて真っ直ぐにメデューサを睨みつける。

 やがてその小さな身体は巨大な風に包まれ、暴風の中心にリースの身体は隠された。


『グッ……!?』


 ただならぬその気配に動揺し、苦々しい表情を浮かべるメデューサ。

 そしてその暴風の中央で、リースは高らかに声を発した。


「はぁぁぁぁぁ! 人体練成:シェルベルム!」


 リースのその言葉を受けた瞬間、足元の練成陣はこれまで以上に強く輝き、遠くにいるメデューサの目すらもくらませる。

 さらに暴風は強くなり、竜巻のような風がリースを包んだ。


「リー……ス。リィィィィィィィィィス!」


 リリィは竜巻の中央に巻き込まれたリースを見て、考えるより先にその名を叫ぶ。

 やがて竜巻が収まり、練成陣もその輝きを失っていくと……練成陣の上には、何者の姿も存在しなかった。


「―――え……?」


 リリィは呆然と両目を見開き、誰もいない練成陣をじっと見つめる。

 同じく練成陣を見たレンは、ぽつりと落とすように言葉を紡いだ。


「そん、な。まさか、創術の失敗……?」


 創術はその術に失敗した場合、創術士自身の身体が犠牲になることも少なくない。

 まさかリースは創術に失敗し、その身体を消失してしまったのか?

 いや、現状を見る限り、そう判断するしかない。

 その事を理解したリリィは、両目からぽろぽろと涙を流した。


「そん、な。リース。リースぅ……!」


 リリィは歯を食いしばり、震えながら次々と涙を流す。

 そしてそんなリリィの様子を見たメデューサは現状を理解し、甲高い声を響かせた。


『クケッ。クケケケケケケケ!』


 メデューサは笑い声を響かせながら、石化途中のリリィに向かって突進していく。

 今のリリィは精神的にも肉体的にも、反抗する力など残っていない。それを確信したからこその、メデューサの突進。

 リリィは光を失った瞳で、そんなメデューサを見つめた。


「リー……ス……」


 リリィは全てを諦め、ゆっくりとその両目を閉じていく。

 そんなリリィにメデューサは容赦なく蛇の体を叩きつけようと、スピードに乗った全体重を乗せ、リリィに向かって体当たりを行った。


「クケケケケケケ!」


 自分の勝利を確信したメデューサは、勝利の雄たけびを上げながらリリィに向かって体当たりをする。

 そんなリリィに向かってレンが声を発しようとしたその刹那…………一陣の風が、メデューサとリリィの間に割って入った。


「―――え……?」

「…………」


 リリィの視界に突然割り込んできた、その青年。

 金色の髪で顔の半分は隠れているが、風に揺れて微かに見える瞳は、美しい青をたたえている。

 その両腕は白銀に輝く魔術機構仕掛けの鎧腕であり、その腕の肘の部分からは強い風が噴き出し、青年の身体を浮かせている。

 そしてそんな青年に向かって突進してくる、メデューサの巨体。

 しかし青年は少しも動揺することなく右手を前に突き出し、その手の先に突風を生成すると、メデューサを再び後方へと吹き飛ばした。


「…………」


 青年は無言のまま言葉を発さず、吹き飛ばされたメデューサをただ見つめている。

 しかしその青年から嗅いだことのある香りを感じたリリィは、目を見開きながら言葉を落とした。


「リー……ス? リース、なのか……?」


 少年の小さな身体ではなく、成人した青年へとありえない言葉を呟くリリィ。

 青年は空中に浮遊したままリリィへと身体を向けると、ゆっくりとその口を開いた。


「ただいま……リリィさん」


 にっこりと微笑んだその青年の笑顔は、まさにリースそのもので。

 呆然としたリリィの瞳からは、自然と涙が溢れていた。

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