第222話:それぞれの役割
『クェエエエエエエ!』
コカトリスの叫び声が灰の谷に響き、同行したハンター達が応戦する。
しかしコカトリスとの実力差は歴然としており、一人また一人とコカトリスの毒の爪によって倒されていった。
コカトリスの毒を受けたハンターは身体の体温を失い、青白い顔をして横たわる。これはあくまで目測だが、今すぐにでも医者に見せなければ危険な状態であろうことは間違いない。
そんなハンター達を見たリリィは、横目でメデューサを警戒しながらアニキへと言葉をぶつけた。
「おい馬鹿団長! 貴様はやられたハンター達を連れて一度街へ戻れ! 今この状況で人を守りながら後退できるのは、我々しかいない!」
リリィは苦戦しているハンター達の状況を鑑みて、撤退するようアニキへ声を荒げる。
しかしながら、当然のごとくアニキは反発して言葉を返した。
「ああん!? なんで俺が撤退なんだよ! お前が撤退して俺が残りゃいいじゃねえか!」
アニキは襲い掛かってくるコカトリスの攻撃を回避しながら、リリィに向かって言葉を返す。
そんなアニキに返事を返そうとリリィが口を開いた瞬間、アニキの傍にいたイクサが口を挟んだ。
「マスター、リリィ様の判断は的確です。現在の配置を考えれば、マスターがハンター達を誘導しつつ後退し、リリィ様がメデューサを食い止めるのが最も効率的です」
イクサはいつのまにかソードフォームへと変身し、コカトリスの攻撃を飛翔する5本の剣で防御しながらアニキへと言葉を紡ぐ。
しかしアニキはどうしてもメデューサと戦いたいのか、真っ直ぐに自分の気持ちをぶつけてきた。
「んなこたわかってんだよ! でも相手はメデューサだぞ!? んなもん戦いたいに決まってるだろうが!」
アニキは自身の拳を打ち鳴らしながら、悔しそうに言葉を発する。
そんなアニキの心中を察したイクサは、アニキの背中に自身の背中を合わせて周囲を警戒しながら、ゆっくりと返事を返した。
「マスター。あそこで毒を受けているハンターにも家族があり、彼の帰りを待っています。マスターはそんな家族の皆さんを見捨てるおつもりですか?」
イクサとて心中では、アニキをメデューサと戦わせてやりたいと思っている。
しかしコカトリスに囲まれているハンター達は、必ず誰かが助けねばならない。そして現在の位置や実力を考えれば、アニキは撤退組にいてもらった方が圧倒的に有利だ。
そのためイクサはあえて、厳しい言葉をアニキにぶつけていた。
そしてそんなイクサの言葉を受けたアニキはしばらく考えるように目を伏せると、やがて乱暴に頭を搔きながら返事を返した。
「……っだぁもう、わぁったよ! ハンター共を俺の傍に集めやがれ!」
アニキはコカトリスに一撃を入れながら、イクサに向かって言葉を発する。
そんなアニキの言葉を受けたイクサは、一瞬だけ申し訳なさそうに眉を顰めるが、やがて大きく頷きながら「了解しました」といつものように返事を返した。
「―――とはいえ、この数のコカトリスは厄介ねぇ。私も手伝うわぁ」
セラは妖しい笑顔を浮かべながら言葉を発し、歪めた空間から大鎌を取り出す。
その視界の隅では、ハンター達を心配そうに見つめているリースの姿が映っていた。
そしてそんなセラに続いて、二本の刀を抜刀したアスカも言葉を紡ぐ。
「あたしもいるよ! 皆で頑張ろうね、イクサっち!」
「セラ様、アスカ様……!」
いつのまにかアニキの傍に近づいていたセラとアスカを見つめ、驚きに両目を見開くイクサ。
そんなイクサ達の様子を見たアニキは、自身の拳を打ち鳴らしながら声を荒げた。
「っしゃあ! さっさとあのハンター共を撤退させて、メデューサと一騎打ちだコラァ!」
アニキはまだメデューサ討伐を諦めていないらしく、強気に笑いながら言葉を発する。
そんなアニキの言葉を聞いたイクサは微かに微笑みながら、アニキの傍に立って飛翔する5本の剣を操った。
「了解です、マスター。必ず成功させます」
こうして5体のコカトリスと、アニキ、イクサ、アスカ、セラの四人が対峙する。
次の瞬間ハンター達を囲っていたコカトリスは身の危険を感じたのか、アニキ達に標的を変更し、高い声を上げながら襲い掛かってくる。
そんなコカトリスを見たアニキは相変わらず強気に笑い、右拳の一撃をコカトリスの顔面へと叩き込んでいた。
「ふむ。結果的にだが、馬鹿団長達とは離れてしまったな。二人とも、私の後ろに下がっていろ」
リリィはジリジリとすり足でメデューサとの距離を調整しながら、背後にいるリースとレンに向かって言葉を紡ぐ。
しかしレンはそんなリリィの言葉に納得がいかないのか、雷から槍を精製するとその柄を掴み、リリィに向かって言葉をぶつけた。
「リリィさん! 僕だって戦えます! 一緒に戦わせてください!」
レンは槍の切っ先をメデューサに向けながら、荒々しく言葉を発する。
そんなレンの言葉を受けたリリィは、少し低い声で返事を返した。
「……ダメだ、レン。危険すぎる。君は下がっていろ」
「っ!? そんな。僕だって戦えます! 戦えるはずです!」
自分は今この瞬間のために。リリィと一緒に戦う為に、これまで修行を積んできた。
そんなレンが、簡単に引き下がるはずもない。
レンの気迫を受けたリリィは悲しそうに目を伏せると、レンが瞬きをした一瞬で距離を詰め、自身の剣の切っ先をレンの首に当てた。
「「っ!?」」
突然のリリィの行動にレンは対応することができず、その様子を見たリースも驚愕に目を見開く。
レンの首に剣を当てたまま、リリィはさらに言葉を続けた。
「これがもしメデューサの一撃なら、レンは死んでいた。つまり……そういうことだ」
「っ!」
リリィは悲しそうに目を伏せ、言葉を紡ぐ。
その言葉の意味を理解したレンは悔しそうに持っていた槍の切っ先を下げ、がっくりと両肩を下ろす。
確かにリリィの言う通り、モンスターは不意打ちだろうがなんだろうが、こちらに隙があれば攻撃してくる。
それは目の前のメデューサとて例外ではない。まして相手は伝説のモンスター。今のリリィ程度のスピードは軽く凌駕してくるだろう。そんな戦闘に、レンを放り込むわけにはいかない。
そうしたリリィの心中を察してしまったら、もうレンには言い返す材料がない。
そしてそれは、リースとて例外ではない。
リースもまたレンと同じく、鞄の中にある木刀に手を伸ばしていたのだが……リリィの言葉を受け、木刀を握り締めていたその手から力を抜いていく。
今の自分達では、リリィの手伝いをするどころか、足手まといにしかならない。
その事実が悔しくて、気付けばリースとレンは自然とその顔を伏せていた。
「……すまない、二人とも。気持ちは嬉しいが―――っ!?」
「「っ!? リリィさん!」」
リリィの心に一瞬の隙が生まれたのを見逃さず、メデューサは一瞬でリリィとの距離を詰めると、大蛇の身体を使って体当たりを行う。
強烈な衝撃と重量感がリリィを襲うが、リリィはかろうじて大蛇と自分の身体の間に剣を立て、その攻撃を防御していた。
リリィは数センチ後退させられながらも、かろうじてメデューサの巨体を受け止める。
そんなリリィの様子を見たメデューサは、無言のままつまらなそうにその顔を歪めていた。
「ちっ。不意打ちというわけか。やってくれるな」
リリィは剣を一振りしてメデューサの巨体を弾き返すと、少し切れた顔から流れる血を手甲で拭う。
その瞬間メデューサは奇妙な動きで身体をくねらせ、その顔をリリィへと近づけた。
「っ!? リリィさん、危ない! 石になっちゃうよ!」
リリィに近づくメデューサの様子を遠くから見たリースは、鞄の紐を強く握りながら言葉を発する。
しかしリリィは石化することもなく、ゆっくりと剣を構えながら言葉を落とした。
「石化の魔眼、か。しかしそんなもの、こうしてしまえば問題はない」
『っ!?』
近距離でリリィの顔を覗き込んだメデューサは、まさかの事態にその顔を歪める。
メデューサの魔眼を近距離で受けつつも、リリィは剣を構え……その眼は完全に、閉じられていた。
「さあ、ここからが本番だ」
『グッ……!?』
リリィは目の前にあったメデューサの顔面に向けて正確に剣撃を放ち、メデューサは寸前のところでその剣撃を回避すると、苦々しい表情を浮かべる。
リリィの背後にいるリースとレンはリリィが何をしているのか理解できず、石化しないリリィをただ不思議そうに見つめていた。




