第221話:石化の魔眼
「しっかし冷たくてなんもねーとこだな……メデューサの野郎はどこにいるんだ?」
アニキはポケットに両手を入れた状態で、退屈そうに灰の谷を進んでいく。
その周りにはリリィ達と同行しているクロックオーシャンのハンターが歩いていたが、警戒を厳にすべき灰の谷に入っても下らないおしゃべりをしている辺りを見るに、クロックオーシャンのハンターの質には期待できそうもない。
そんなハンター達の様子を見たリリィは、大きくため息を落とした。
「はぁ……結局頼れるのは自分達だけ、というわけか」
「あまり大きな声では言えませんが、肯定ですリリィ様。彼らの活躍は期待できないでしょう」
クロックオーシャンの周辺には本来、強いモンスターはあまり生息していない。
この灰の谷だけが特例であり、その周囲にある平原や森に出てくるモンスターは、少し武芸を嗜んだ者なら簡単に倒すことができるレベルのものしか生息していない。
それ故クロックオーシャンのハンターは錬度が低く、戦闘力も低い。
そして弱いモンスターしかいないせいで、クロックオーシャンに来てからのアニキは酷く退屈な思いをしているというわけだ。
「くっそー、これじゃ結局身体がなまっちまうじゃねえか。メデューサよりやべえ奴とか出てこねえかな」
「縁起でもないことを言うな馬鹿者! 少しは黙って歩けんのか!?」
とんでもないことを言い出したアニキに対し、声を荒げるリリィ。
そんなリリィの言葉を受けたアニキは「へーへー」とてきとうな返事を返してダラダラと歩いた。
やがてそんな一行の目の前に、美しい泉が現れる。
「っ!? ここだよ、アニキさん! ここで僕達はメデューサに襲われたんだ!」
リースは鞄の紐を強く握り、少し震えた声で言葉を発する。
そんなリースの言葉を聞いたリリィは警戒した様子でリースとレンを庇うように立つと、剣の柄に手を置いて周辺を警戒した。
その瞬間、泉から蒸気が噴き出し、視界がゼロに等しくなる。
そして周囲を歩いていたはずのハンター達の断末魔がリリィ達の耳に響いてきた。
「ひっ……なん……ぎゃあああああ!」
「ひゃああああああああああ!?」
「ちっ……どこだ!」
リリィは舌打ちをしながら敵の気配を探ろうとするが、蒸気に特殊な成分が含まれているのか、上手く索敵することができない。
その時セラが胸の下で腕を組み、一行に向かって言葉を発した。
「仕方ないわねぇ……私がこの蒸気、吸い取ってあげるわぁ」
セラは胸の下で腕を組みながら、ゆっくりと自身の周りの空間を歪めていく。
その気配を感じたリリィは、すぐに声を荒げた。
「っ!? 全員伏せろ! 繰り返す、全員その場に伏せろ!」
セラのやろうとしている事を察したリリィは、リースとレンを抱えてその場に屈みこむ。
その直後、頭上を漂っていた蒸気がセラの歪めた時空の中に吸い込まれ、気付けば蒸気はその場から完全に消失していた。
「お前……いきなり空間を歪めるな! 誰かが吸い込まれたらどうする!」
リリィは右手を横に大きく振りながら、噛み付くようにセラへと言葉をぶつける。
そんなリリィの言葉を受けたセラは、にっこりと微笑みながら余裕をもって返事を返した。
「あらぁ、大丈夫よ。そんなに強い吸引力はないもの」
「くっ。そういう問題ではなくてだな……!」
「リリィさん、リリィさん」
さらに言葉を続けようとしたリリィのマントを、小さな手がくいくいと引っ張る。
リースは泉の向こうをじっと見つめ、震える指先でそこを指差していた。
「なんだ? 今私はこいつに説教、を―――」
「……あらあらぁ」
リースに促されるまま泉へと視線を移したリリィの瞳に、クロックオーシャンの宿屋ほどの大きさをもつ蛇の身体と、その先端に巨大な女性のような頭が付いているモンスター、メデューサの姿が映る。
リリィは意図的にメデューサの目を見ないよう気をつけながら、全員に向かって声を荒げた。
「全員、奴の目は見るな! 見たら石にされるぞ!」
リリィの言葉を聞いた討伐隊のメンバー全員は、次第に上げていた視線の高さを慌てて下げ、メデューサの蛇のような身体だけを見つめる。
しかしそんなメデューサの背後から、今度は複数のモンスターが現れた。
蛇の身体とニワトリの身体を融合させた強力モンスター、コカトリス。
その爪には猛毒があると言われ、コカトリス単体でも討伐隊が編成されるレベルの超危険モンスターである。
メデューサの背後から現れたコカトリスを視認したリリィは、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「ちぃっ……コカトリスか。また厄介なモンスターを連れている……!」
リリィは腰元の剣を抜刀し、その先端をコカトリスに向ける。
しかし次の瞬間、メデューサの背後から複数のコカトリスがぞろぞろと姿を現した。
「なっ!?」
「あ……あ……」
驚愕に顔を歪めるリリィと、震えながら両目を見開くリース。
コカトリスは視認できるだけでも5体以上存在し、リリィ達だけならまだしも、他のハンター達ではとても退治できそうもない。
そんな状況を客観的に判断したリリィは、悔しさで眉間に力を込めた。
「ちぃっ。多勢はこちらだが、不利なのはむしろ我々、か」
リリィは剣の切っ先を一体のコカトリスに向け、苦々しく言葉を落とす。
コカトリスはリリィの戦闘意思を察したのか、金切り音のような叫び声を灰の谷に響かせていた。