第218話:帰還と報酬
街道を進んだリース達はハンター集団ダブルエッジの支部に戻り、アスカとセラは抱えていたリースとレンを地面に降ろす。
リースはセラに向かってお礼の言葉を伝えていたが、レンは頬を膨らませたままそっぽを向いていた。
どうやらレンに相談もなく撤退してしまったのが気に入らないようだ。
不機嫌そうなレンを見たアスカは、両手を合わせながら申し訳なさそうに眉を顰め、困ったように笑いながら言葉を紡いだ。
「もー、レンちゃんゴメンってー。勝手に撤退したのは悪かったけど、あいつ本当にヤバそうだったからさぁ」
「それは確かにそうですが……僕に相談もなく撤退を決定するのはどうかと思います」
レンは腕を組んだままそっぽを向き、アスカの言葉を受け入れようとしない。
そんなレンを見たセラは、妖しい笑顔を浮かべながら言葉を発した。
「あらぁ。アスカちゃんの言う通り、あの場は撤退しか無いと思うわよぉ? それともレンには、あのモンスターを倒す作戦でもあったのかしらぁ?」
セラは艶っぽい笑顔を浮かべて自身の頬に手を当て、レンに向かって言葉を紡ぐ。
そんなセラの声を聞いたレンは言葉に詰まり、ますますその頬を膨らませた。
「おおー、膨らんでる膨らんでる。風船みたい」
アスカはどんどん膨れていくレンの頬に興味を引かれ、その瞳を輝かせながら指先でつんつんと頬をつつく。
細い指の感触を頬に感じたレンは、顔を赤くしながらアスカに向かって声を荒げた。
「ああもう、やめてください! 勝手に触るなんて失礼ですよ!」
「えへへ、ごみんごみん。レンちゃんが可愛くってついね」
アスカはぺろっと舌を出し、ウィンクしながら返事を返す。
そんな毒気の無い様子のアスカを見たレンはさらに何かを言おうとするが、やがてがっくりと肩を落としながら言葉を紡いだ。
「……はぁ、もういいです。既に撤退してしまったのだから、これ以上の議論は無駄ですね」
レンは両肩を落とし、疲れた様子でアスカへ言葉を紡ぐ。
そんなレンの姿を見たアスカは「そうそう、無駄だって!」とカラカラ笑い、再びレンから睨みつけられていた。
「まあとにかく、巨人討伐の報酬を頂きましょう? ここの受付で頂けるはずよねぇ?」
「あ、うんっ。じゃあ僕が行ってくるよ!」
セラの言葉を聞いたリースはぴっと片手を上げると、ギルドの受付へと走っていく。
しばらくして戻ってきたリースの両手には、大量の札束が抱えられていた。
「な、なんか札束が歩いてくるんだけど……これは夢? 夢なら素敵すぎるんだけど」
「幸運なことに、夢じゃないわぁ。あれはリースだもの」
リースは大量の札束を抱え、ふらふらとしながらアスカ達の元へと歩いてくる。
やがてアスカ達の傍まで到着したリースは、近くにあったテーブルの上に札束を吐き出すようにばら撒いた。
「ど、どどど、どゆこと札束ちゃん! こんな大量のリースちゃんあたしゃ見たことないよ!?」
「落ち着いてぇアスカちゃん。札束とリースが逆になってるわぁ」
動揺してあわあわと両手を動かしているアスカの頭を撫でながら、少し困ったように微笑むセラ。
そんなセラの言葉を聞いたアスカは、何度か深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻した。
「へはぁ……なんとか落ち着いた。ていうかリースちゃん、この札束どしたの?」
アスカは相変わらず両手を空中にさ迷わせながら、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
そんなアスカの質問を聞いたリースは、「んー」と人差し指を顎に当てながら返事を返した。
「あのね、受付のおじさんによると“これまでの巨人の被害額とこの街の経済状況を考えれば、これくらいが妥当なんだ”って。僕も貰ったときはびっくりしたよ」
リースはアスカ同様驚きに目を丸くしながら、皆に向かって事情を説明する。
そんなリースの言葉を聞いたレンは興味のなさそうな顔で札束をひとつ掴むと、やがて言葉を落とした。
「まあ、あの巨人に苦戦していたのは確かですからね。これくらいの報酬は妥当でしょう。僕の取り分はこのくらいとして、後は皆さんでどうぞ」
レンは大量の札束の中からひとつを選んで道具袋に入れると、アスカ達に残りの札束を差し出す。
残った札束だけでも2000万ゼールはあり、片田舎の一軒家なら買えてしまう様な金額だ。
「そりゃ嬉しいけど、レンちゃんはそれだけでいいの? いやそれだけって言っても充分大金なんだけどさ」
アスカはどこか腑に落ちない様子で頬をかき、レンに向かって言葉を紡ぐ。
そんなアスカの言葉を受けたレンは、小さく息を落としながら返事を返した。
「不本意ですが今回の巨人討伐はあなた達の力が大きかった。それにあのモンスターを相手にしていたら、僕も石像にされていたでしょうからね」
レンは不満そうに腕を組みながら、アスカに向かって返事を返す。
そんなレンの言葉を聞いたリースは、頭に疑問符を浮かべながら言葉を紡いだ。
「あのモンスターって……レンは何か知ってるの? あの大蛇のこと」
リースは泉の水面に移っていた大蛇を思い出し、少し震えながら質問する。
そんなリースの質問を受けたレンは、小さく息を落としながら返答した。
「知っているというほどではないですが、この街で最近流れている噂があります。なんでもあの谷には伝説のモンスター“メデューサ”が住み着いている、と」
「メデューサ!? メデューサって、目が合っただけで人を石にするっていう、あのメデューサのこと!?」
リースは驚愕に目を丸くしながら、レンに向かって言葉の真偽を確認する。
メデューサと言えばハンターでない一般人ですら名前を知っているほどの有名モンスターで、しかもその存在は伝説とさえ言われている。
この街以外でその名を口にし、あまつさえ「その姿を見た」などと言おうものなら、何を言っているのかと馬鹿にされてしまうだろう。
それくらいその存在は希少で、同時に恐ろしいモンスターである。
そしてレンは動揺した様子のリースを見ると、さらに言葉を続けた。
「まあ、信じられないのも無理はありませんが……今回同行した戦士達が石にされ、そして首をへし折られていたのも、犯人がメデューサと言うなら説明がつくでしょう」
そもそも人間を石化させるなんて芸当は、かなり高位の魔術士か能力者でないと不可能だ。
そしてあんな冷たい谷に、人間が住んでいるとも思えない。だとすればモンスターの、しかも驚異的な強さと知能を持ったモンスターの仕業と考えるのが妥当だ。
「うーん、まあ確かにねぇ。あんなことができるのは伝説のモンスターくらい、か」
アスカは腕を組みながらレンの話を聞き、納得した様子で頷きながら息を落とす。
そんなアスカ達の会話を聞いていたセラは、胸の下で腕を組みながら言葉を紡いだ。
「まあとりあえず、宿に戻りましょぉ? 剣士さん達心配してるかもしれないわぁ」
セラはダブルエッジ支部の窓から見える日の光がいつのまにか茜色になっていることに気付き、宿に戻ることを提案する。
そんなセラの言葉を聞いたリースとアスカは手分けして札束を抱えると、頷きながら返事を返した。
「そうだね。とりあえず宿に戻ろうか。メデューサのことはリリィっち達にも相談してみた方がいいよ」
「うん……そうだね。もう夜になるし、暗くなればもっとメデューサに有利になる。地の利は向こうにあるんだから、討伐は日を改めたほうがいいかも」
リースは悔しそうに奥歯を噛み締めながらも冷静に思考を回転させ、セラとアスカの提案に同意する。
自分の提案に同意した二人を見たセラは、微笑みながら頷いて言葉を続けた。
「それじゃ、行きましょうか。レンは―――」
「ぼくも!」
「???」
レンはいつのまにか両手をぎゅっと握り締め、地面を見つめながら言葉を発する。
唐突なレンの発言にセラが疑問符を浮かべていると、レンは慌てて顔を上げて言葉を続けた。
「あっ。僕も、連れていってもらっていい、ですか……」
レンは気持ちが先走って「ぼくも!」と叫んでしまったことを恥じているのか、耳まで真っ赤にしながら言葉を紡ぐ。
そんなレンの言葉を聞いたリースは、抱えていた札束を落としながらレンの両手を握ってぶんぶんと上下に振った。
「ほんとっ!? 嬉しいな! レンも一緒に来てくれるの!?」
「だああ! 僕はただ、リリィさんに会いた―――い、いや、メデューサ討伐の作戦を立てたいだけです!」
リースに両手をぶんぶんと振られたレンは、顔を赤くしたまま声を荒げる。
レン自身は取り繕っているつもりらしいが、その言葉には明らかに本音が見え隠れしていた。
「ふふっ。そう取り繕わなくてもいいわぁ。あの剣士さんに会いたいって、顔に書いてあるもの」
「なぅっ……!? ば、馬鹿な。そんなわけないでしょう!」
レンはリースから両手を開放させながら、そっぽを向いて頬を膨らませる。
初々しいレンの反応を見たアスカは、カレンを呼び出しながらその口を開いた。
「もー、可愛いなぁレンちゃん。ほーら♪ お姉ちゃんと一緒にいきまちょーねー♪」
アスカはカレンを呼び出すと札束を持ってもらい、自身は両手でレンを抱き上げる。
突然石鹸の香りに包まれたレンは、噛み付くように言葉を返した。
「ちっ、違うと言っているでしょう! というかその女性は誰なんですか!?」
「……っ!」
突然レンにツッコミを入れられたカレンは、札束を抱えたまま涙目でびくっと肩をいからせる。
アスカはそんなレンに頬ずりしながら、すたすたとダブルエッジ支部を後にし、楽しそうに返事を返した。
「あれは私のお姉ちゃんだよー。心配しなくても、宿に戻ったらちゃーんとみんなを紹介しまちゅからねぇー♪」
「いや、あなたのお姉さん半透明で浮いてるんですけど!? ていうかその話し方やめてください!」
「あははははっ!」
レンはアスカの腕の中でじたばたと暴れながら、茜色に染まった街道を進んでいく。
そんなアスカ達の様子を見たリースは楽しそうに笑い、笑顔になったリースの表情を見たセラもまた柔らかく微笑んで、茜色の街道をゆっくりと歩いていた。