第216話:嫌な予感
「ここからが大変って……どういうこと? セラさんは何か感じてるの?」
リースは首を傾げながら隣に立つセラを見上げ、尋ねる。
セラはそんなリースの頭を優しく撫でると、少し憂鬱そうに谷の先を見つめながら返事を返した。
「リースも、感じてるはずよぉ? この谷には、何か嫌な感じがするって」
「それは、確かに……」
リースは目を伏せながら、セラの言葉を肯定する。
確かに灰の谷に入った時から、何か身体に纏わり付くような嫌な感じがしていた。
そしてその原因は、巨人が我々に敵意を向けていたせいだと思っていた。
―――しかし、そうではない。
巨人を倒した今でも、冷たく湿った手のひらで首を絞められるような嫌悪感が身体中に走り、それは目の前に続く谷の奥から発せられている。
真剣な表情で谷の先を見つめるリースとセラを見たレンはアスカの腕から逃れると、首を傾げながら二人へと質問した。
「ふたりとも、一体どうしたんです? 巨人は倒したのですから、目的は達せられたでしょう?」
レンは二人が何故真剣な顔で谷の先を見つめているのかわからず、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる。
するとセラは胸の下で腕を組み、微笑みながら返事を返した。
「そうねぇ。簡単に説明すると、さっきの巨人はあくまで門番。本当に倒すべき敵はもっと先にいる……ってところかしらぁ」
セラは微笑みながらも警戒心を働かせ、視線だけは真剣に谷の先を見つめて言葉を紡ぐ。
そんなセラの言葉を聞いたレンは、動揺しながら返事を返した。
「そんな……あの巨人がただの門番!? あれ以上の化け物がこの先にいると言うんですか!?」
レンは信じられないものを見る目でセラを見つめ、声を荒げる。
そんなレンを見たアスカは、ポリポリと頬をかきながらセラの代わりに返事を返した。
「んー、残念だけどレンちゃん。確かにセラっちの言う通りかも。なんかこの谷の先からは、ヤバイ雰囲気がプンプンするんだよね」
アスカは困ったように笑いながら、レンに向かって言葉を紡ぐ。
そんなアスカの言葉を聞いたレンは再び声を荒げようと口を開くが、その声を遮るように、尻餅をついていた戦士達が声を張り上げた。
「おい、まだこの先に化け物がいるって本当かよ!?」
「だとしたら、俺達も活躍できるチャンスだ! 先に行かせてもらうぜ!」
戦士や魔術士達は我先にと立ち上がり、先ほどまでの動揺が嘘のように谷の奥へと駆け出していく。
アスカは両手をぶんぶんと上下に振ると、そんな戦士達へ声を荒げた。
「あっ!? ちょ、あんたら先に行ったら危ないって!」
合同作戦を受けている以上、一定の成果を出さなければ最悪報酬が得られない可能性もある。
そんな不安が戦士達の間に蔓延していたのか、その不安が焦りを生み、戦士達を我先にと谷の先へ進ませていく。
アスカはそんな戦士達に声を飛ばして止めようとするが、その声で足を止める者は一人もいなかった。
「はぁ……まったく。手柄欲しさに先行するなんて、馬鹿なことをする」
レンはやれやれと頭を横に振ると、谷の先に進んでしまった冒険者達を走って追いかける。
リースは斜めがけにしている鞄の位置を直すと、そんなレンを追いかけた。
「あ、レン! ちょっと待って! レンも一人じゃ危ないよ!」
走って谷の奥に行ってしまったレンを追いかけ、鞄の紐を掴みながらとことこと走っていくリース。
そんな二人の姿を見送ったアスカは、ぽりぽりと頬をかきながら言葉を落とした。
「ありゃりゃ。結局自分達も先行しちゃってるよリースちゃん達」
「ふふっ、そうねぇ。私達も追いかけないとまずいわぁ」
セラは少しだけ楽しそうに笑いながら、アスカに向かって返事を返す。
むしろ余裕すら感じるその表情を見たアスカは頭に大粒の汗を流しながら、言葉を発した。
「なんかセラっちの表情からは全然まずそうな感じがしないんだけど…………まいっか。とにかくあたし達も行こう!」
アスカは緊張感のないセラの表情に大粒の汗を流しながらも、リースとレンの背中を急いで追いかける。
驚異的な加速力を使って一瞬にしてその場から姿を消したアスカをかろうじて目で追いかけると、やがてセラは小さく息を落としながら言葉を紡いだ。
「……でも本当、嫌な感じの谷だわぁ。何もなければ良いのだけれど」
セラは真剣な表情になりながら胸の下で腕を組み、小さくため息を落とす。
そしてそのまま、自身の前にある空間を歪ませた。
「まあアスカちゃんの言う通り、行くしかないわぁ。リース達も行ってしまったことだし、ね」
セラは少し困ったように笑いながら、自身の前の歪められた空間へと身体を入れる。
次の瞬間セラの身体はリース達の前へと転送され、突然登場したセラにリースとレンは驚いた声を谷に響かせていた。