第215話:新たな脅威
『グッ……オオッ……!』
巨人はかかとの腱を切られた痛みに悶絶し、うつ伏せに倒れたまま身体をよじる。
そんな巨人の兜へ狙いを定めているアスカは、空中にいるセラへと言葉を発した。
「セラっち、今がチャンスだよ! 準備はいい!?」
「もちろんよぉ。じゃあ、始めるわね」
アスカの言葉を受けたセラは巨人の頭部の兜に向かって急降下し、大鎌を上段に構える。
そんなセラの動きを見た巨人は苦しみながらも、右手を伸ばしてセラを掴もうとした。
「ふふっ……だめよぉ。それはさせないわぁ」
しかしセラはそんな巨人の動きを完全に読みきっており、余裕の表情で翼を動かすと、伸びてきた右手を回避する。
そしてそのまま、巨人の兜に向かって突っ込んだ。
「ここが継ぎ目……ね。弱点というなら、ここを攻めさせてもらうわぁ」
セラは上段に構えた大鎌を思い切り振り下ろし、遠心力も利用して兜の継ぎ目に大鎌を突き刺す。
そのままセラは大鎌の柄から手を離すと上空へ飛翔し、アスカに向かって言葉を発した。
「アスカちゃん。準備はいいかしらぁ?」
セラは手ぶらの状態で胸の下で腕を組み、アスカに向かって言葉を紡ぐ。
そんなセラの言葉を受けたアスカは、二本の刀の間に精製した光の刃を背中に背負いながら、笑顔で返事を返した。
「おっけー! よぉし、いっくよー!」
『っ!?』
身を捩っていた巨人の視界から突然、アスカの姿が消える。
自身の兜の継ぎ目に大鎌を突き刺されながら巨人はキョロキョロと周囲を見回してアスカを探すが、その姿は見当たらない。
そうして巨人が錯乱していると、上空から高い声が響いてきた。
「おおおお……らあああああああああああ!」
アスカは巨大な光の刃を上段に振りかぶり、カレンと共に巨人の兜に突き刺さった大鎌へその光の刃を激突させる。
その瞬間白い光が灰の谷を包み、遠目から見ていたリースの目すらもくらませた。
「なっ……これは!?」
リースは目の前を完全に遮った光に動揺しながら、両腕で自身の目をカバーする。
やがて白い光がその姿を消すと、セラの突き刺した大鎌が巨人の兜に先ほどより深く突き刺さっていた。
そんな大鎌を見たアスカは、悔しそうに奥歯を噛み締めると、言葉を紡いだ。
「あっちゃぁ。浅かった、かなぁ?」
「いえ、大丈夫みたいよぉ」
悔しそうに言葉を発するアスカへ、妖しい笑顔を浮かべながら返事を返すセラ。
その瞬間突き刺さった大鎌の先端から兜の継ぎ目が切り裂かれ、やがて巨人の兜は継ぎ目から綺麗に二つに割れて落下した。
『っ!?』
巨人は自身の弱点を守る存在がなくなったことに動揺し、オロオロと視線をさ迷わせる。
そんな巨人を見たアスカは悪戯に笑いながら、レンに向かって大声で言葉をぶつけた。
「チャンスだよ、レンちゃん! 準備できてる!?」
「当然です。むしろ待ちくたびれましたよ」
アスカの言葉を受けたレンの周囲には、いつのまにか雷で出来た魔法陣が精製され、稲妻がバチバチと魔法陣の上を弾け飛んでいる。
そんな魔法陣の中央でレンは動揺することもなく、冷静に槍の切っ先を巨人へと向けていた。
「これで、決まりです。はぁあああああああああああ!」
レンは両目を見開くと持っていた槍を回転させ、魔法陣の上を走っていた稲妻を槍の先端へと集める。
すると稲妻は槍の切っ先をさらに大きな雷の切っ先へ変化させ、レンはその巨大な切っ先を持った槍の先端を巨人へと向けた。
「くら、ええええええええええええええ!」
レンは巨大な槍の切っ先を巨人の頭に向け、一直線に走ってその距離を縮める。
巨人はそんなレンを見て起き上がろうとするが、かかとの腱が切られているせいで上手く立ち上がれず、やがて真っ直ぐに走ってきたレンの雷の槍をその頭に受けた。
「はぁあああああああああああ!」
『グオォオオオオオオオオオオオオオ!?』
頭に突き刺さった槍を引き抜こうともがく巨人だったが、槍の切っ先から稲妻が全身を走って身体を痺れさせ、上手く身体を動かすことが出来ない。
その間にレンは槍の柄を掴んだ状態のまま、右手を空に掲げた。
「……っ!」
苦しそうに眉間に皺を寄せるレン。すると灰の谷の空を突然暗雲が包み、稲妻が黒い雲の中で走り出す。
そんな空の様子を確認したレンは、眉間に皺を寄せながら思い切り叫んだ。
「これで終わりだ! くら、えええええええ!」
レンは巨人の頭を足場にして後ろへ飛びながら、空に掲げた右手を振り下ろす。
そんな右手の動きに連動するように、上空を包んでいた暗雲からひとつの雷がレンの槍へと落下し、結果的に巨人の身体へと強力な電撃を走らせる。
電撃を受けた巨人は苦しみにしばらくのた打ち回ると、やがて白目を剥いて意識を手放した。
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ……」
後ろに飛んでいたレンは不器用に着地すると、乱れた呼吸を整える。
その顔からは血の気が引いており、今まで発動していた術の強力さと消耗の大きさを物語る。
しかし疲れた様子のレンに構わず、アスカは後ろからレンの身体を思い切り抱き上げた。
「うおおおおお! レンちゃんやったぁ! 最高の仕事だ!」
「ふぁっ!? ちょ、離してください!」
突然石鹸のような香りに包まれたレンは、頬を真っ赤にしながらアスカへと言葉をぶつける。
しかしアスカはそんなレンの言葉を聞き入れず、鼻歌を歌いながらくるくるとレンを振り回した。
そしてそんなレンを、リースは遠くから見つめ、小さく言葉を落とす。
「―――すご、い。これが、レンの力……」
リースはアスカに振り回されているレンと倒れた巨人を交互に見つめると、自身の小さな手を見つめ、悲しそうに眉を顰める。
そんなリースの様子を遠目から見ていたセラは穏やかな笑顔を浮かべながらリースの隣に自身の身体を転送し、リースの肩に優しく手を置くと、ゆっくり言葉を紡いだ。
「あまり、人と自分を比べるものじゃないわぁ。それを続けてるといつかきっと、疲れちゃうから」
「セラさん……」
自分の情けなさに少し泣きそうになっていたリースは、穏やかな笑顔を見せているセラを潤んだ瞳で見上げる。
そんなリースの表情を見たセラは、微笑みながらリースの頭にぽんっと手を置き、言葉を続けた。
「―――それに、どうやらここで終わりってわけでもなさそうだわぁ。むしろ、ここからが大変かも」
「えっ……?」
セラの視線が倒れた巨人の向こう側を見つめていることに気付き、その視線の先を追いかけるリース。
そんなセラの視線の先には、相変わらず不気味な雰囲気の谷が続き、その無機質な山肌は吹き込んでくる風を冷ややかに流していた。




