第214話:巨人の弱点
「じゃあアスカちゃん、準備は良い? タイミングを合わせるわぁ」
「おっけー! いつでもいいよ!」
「???」
武器を構えながら会話をする二人を、遠目から疑問符を浮かべて見つめるリース。
会話の意味はわからないが、とにかく巨人に対して何かを仕掛けようとしているのは確かだ。
しかしその刹那、巨人は巨大な足を振りかぶり、二人に向かって蹴りを放つ。
豪快に風を切る音が灰の谷に響き渡り、圧倒的質量が二人を襲う。
しかしセラは背中の翼を羽ばたかせて上空へと飛翔して回避し、アスカは二、三回ステップを踏むと、驚異的スピードで巨人の蹴りを避けていた。
すこし後ろからそんな二人の動きを見ていたレンは、呆然としたまま口を開く。
「……凄い。二人ともスピードが圧倒的だ。あの巨人がまるで相手になっていない。しかし―――」
しかし問題は、どうやってあの巨人を倒すのか、という点である。
巨人族は往々にして皮膚が硬く、その強度は鋼鉄をはるかに凌駕すると言われている。
そして何より……頑丈そうなあの兜を、どうにか破壊しなければならない。
巨大な鋼鉄の塊とも言えるようなその兜を見ると、レンは心配そうに眉を顰める。
しかしそんなレンの心配をよそに、セラとアスカは動き回って巨人を翻弄していた。
『……っ!』
巨人は無言のまま、その巨大な右拳を空中のセラへと突き出す。
尋常でない量の風切り音と衝撃波が空中を走るが、肝心の拳はセラをとらえられず、セラは自身の目の前を通過した拳を余裕のある表情で見つめ、拳を回避した後でぽんぽんと大鎌を巨人の拳に当てていた。
「うーん。それじゃ、遅すぎるわぁ。私に当てたいなら、もっと速くしなきゃ」
セラは余裕のある表情で微笑みながら、巨人に向かって言葉を紡ぐ。
その言葉が理解できていないのか、巨人はセラの言葉を無視すると、やがて標的を眼下のアスカへと変更し、今度はシンプルに踏み潰す形で足を上げた。
そしてそのまま、巨大な隕石のようにも思える巨人の足が、アスカへ向かって落ちてくる。
普通の人間ならば震え上がり、指ひとつ動かすこともできないほどのプレッシャーが、アスカへと襲い掛かる。
しかしアスカはギリギリまでその動きを観察すると、残像を残しながら移動し、巨人の足を余裕で回避した。
「にゃるほどねぇ。確かにスピードだったら、私達の方が有利かも」
アスカは二、三回ステップを踏みながら、小さく笑って巨人を見上げる。
そんなアスカを見た巨人はその表情から“余裕”を感じたのか、雄たけびを上げながら拳を振り下ろしてきた。
『オオオオオオオオオオ!』
巨人はこれまでより素早く体勢を整え、体重の乗った拳をアスカに向かって振り下ろす。
不意の一撃となったそれは無慈悲にアスカへと振り下ろされ、アスカは両目を見開いた。
アスカへと打ち込まれた拳は大地を揺らし、再び土煙を発生させる。
そんな巨人の拳のすぐ横で、アスカはけほけほと咳き込んでいた。
「あっぶねぇ……ちょっと油断したかも」
「だめよぉ、アスカちゃん。油断大敵って言うでしょぉ?」
どうやらギリギリで巨人の拳を回避したらしいアスカに向かって、セラは妖しく笑いながら言葉を紡ぐ。
そんなセラの言葉を聞いたアスカは「いやー、面目ない」と返事を返しながら悪戯に笑った。
「二人とも、そんな悠長にしないでください! 作戦はどうなったんですか!?」
レンは緊迫した様子で槍を構えながら、二人に向かって言葉をぶつける。
そんなレンの言葉を聞いたセラは、妖しい笑顔を浮かべながら返事を返した。
「ふふっ、せっかちさんねぇ。じゃあアスカちゃん、始めましょうか」
「うん! おっけー! いっくよぉー!」
『っ!?』
アスカは再びステップを踏むと、巨人を中心として左回りに走り、巨人はそんなアスカを目で追いかけるが、とても視界に収めることはできない。
反対にセラは右回りで空中を旋回し、余裕のある笑顔を浮かべながら巨人の様子を観察した。
『??? !?!?!?』
巨人はアスカとセラのどちらを攻撃すべきか判断できず、気付いた時にはぐるぐると回転していた。
そんな巨人を見たアスカは、走りながら巨人に向かって声を張り上げた。
「ほらほら、こっちだよー! 遅い遅い!」
『っ!』
巨人はどうにか的を絞って拳を振り下ろすが、トップスピードまで加速しているアスカをとらえることはできない。
地面を殴るたびに地震が発生し、谷には大きなヒビが入るものの、そんな中でもアスカは器用に谷の地面や壁を走り回っていた。
「さすがアスカちゃん。スピードなら群を抜いてるわぁ」
セラは大鎌を一旦異空間に収納すると、走り回るアスカへぱちぱちと拍手を送る。
するとその拍手の音を聞いた巨人が、今度は空中のセラに向かって拳を突き出した。
強烈な風切り音と共に、素早く突き出される力強い拳。
しかしその拳はセラに直撃する寸前でその姿を消し、巨人は驚愕に目を見開いた。
『っ!? !?!?!?!?』
突然消失した自身の拳に驚き、動揺する巨人。
セラはそんな巨人を見てクスクスと笑うと、空間を歪めてゆっくりと大鎌を取り出した。
「何が起きたのか、あなたには一生理解できないかもしれないわねぇ。まあ、その一生も残り少ないのだけれど」
『っ!?』
突然殺気の篭ったセラの視線を受けた巨人は自身の死を予感し、その身体を硬直させて乱れた呼吸を繰り返す。
さらに先ほどまでぐるぐると回っていたせいか、足元もふらついていてなんだかおぼつかない。
かろうじて右拳は異空間から引き抜いたものの、今の巨人にアスカ達の攻撃を回避・防御するのは不可能だろう。
そうして疲れきった巨人の様子を見たセラは、にっこりと微笑みながらアスカへと言葉を発した。
「それじゃそろそろ、いきましょうか。準備はいいかしらぁ?」
「おっけー! いつでもいいよ!」
セラの言葉を聞いたアスカは笑顔で返事を返し、走り回っていたその足を止める。
そんなアスカの返事を聞いたセラは、大鎌を回転させながら巨人の背後へと回りこんだ。
「さて、と……まずは左足、ね」
そのまま低空を飛行したセラは巨人の左足の裏側に向かって滑空し、すぐにかかとの目の前まで移動する。
移動時の勢いを殺さないようセラは大鎌を振りかぶり、巨人のかかとの腱を切りつけた。
『っ!?』
自身のかかとから響いてきた強烈な痛みに悶絶し、両目を見開く巨人。
しかしまだ、二人の攻撃は終わっていない。
セラの攻撃を見たアスカは右足の裏側へと移動すると、二本の刀の間に光の刃を精製し、いつのまにか現れたカレンがその光の刃に自身の西洋剣を突き刺す。
そうして輝きを増した光の刃を身体の横から回転させるように振り抜き、自身の目の前にある巨人のかかとへと激突させた。
「陰陽一閃……白夜・光刃!」
『グォォっ!?』
こうして両足のかかとの腱を切りつけられた巨人はその痛みに悶絶しながら、ゆっくりとその巨体を倒していく。
やがてうつ伏せに倒れた巨人の頭に装着された兜には、継ぎ目がはっきりと見えていた。
「っ!? セラっち! あそこ!」
倒れる巨人を避けながら頭部の近くへと移動したアスカは、兜の継ぎ目を見ると空中に飛び上がっていたセラへと言葉を発する。
そんなアスカの言葉を受けたセラは、妖しい笑顔を浮かべながら返事を返した。
「ええ。どうやら、弱点がさらされたみたいねぇ?」
セラは大鎌を上段に構えると、真っ直ぐに巨人の兜の継ぎ目を見つめる。
アスカは一度大きく唾を飲み込むと二本の刀の間に精製した光の刃を背中に担ぎ、カレンと共に巨人の頭部を真っ直ぐに見つめていた。