第212話:巨人の拳
アスカは二刀流の状態で刀を構えながら、横目でリースの様子を伺う。
リースは真剣な眼で巨人を見上げてはいるがその足は微かに震えており、余裕が全く感じられない。
そんなリースの様子を見たアスカは、ぽりぽりと頬をかくとリースに向かって言葉を紡いだ。
「リースちゃん。悪いんだけど、あそこで動けなくなってる人たちの保護をお願いできないかな? ほっとくわけにはいかないっしょ」
「え……」
唐突なアスカの言葉に驚き、両目を見開くリース。
アスカの言葉に導かれるまま視線を横に向けると、そこでは腰が抜けて動けなくなった戦士や魔術士が集まって尻餅をついていた。
その表情は巨人に対して怯えきっており、自分の身を守ることすらできなさそうだ。
だからこそアスカは彼らを守る存在が必要だと判断し、リースへと言葉を発したのだろう。
「でもアスカさん。僕は―――」
「ダメかな、リースちゃん。あの人たちは多分動けないし、誰かが守らなきゃいけないと思うんだ」
アスカは困ったように笑いながら、促すような優しい声でリースへと言葉を続ける。
そんなアスカの言葉を受けたリースは何かを考えるように俯き、思考を回転させた。
『できることなら、僕も戦いたい。だって僕はそのために来たんだから。……でも、アスカさんの言うことはもっともだ。あの人たちは今動けない。これから激しい戦いが予想されるこの場所で、動けないというのは致命的かもしれない』
既に逃げ去った連中はまだしも、彼らはその意思と関係なく、この場に留まってしまっている。
完全に腰が抜けて戦意が喪失している彼らでは、恐らく巨人の攻撃を回避することはできないだろう。そしてそれはそのまま、彼らの死を意味している。
そこまで考えたリースは、やがてこくりと頷いて尻餅をついた戦士達の方へと走り出し、アスカに向かって返事を返した。
「わかったよ、アスカさん! あの人たちは僕が守るから、アスカさん達は思い切り戦って!」
「おーっ、そかそか。助かるよリースちゃん! ありがと!」
アスカはぶんぶんと刀を振り、走り去っていくリースを笑顔で見送る。
そんなアスカを見たレンは、アスカに向かって言葉を紡いだ。
「優しいんですね」
レンはその一言に多くの想いを込め、アスカへと発する。
そんなレンの言葉を聞いたアスカは、ぽりぽりと頬をかきながら返事を返した。
「やーやー、そんなことないよ。これから戦いは激しくなるし、あの人たちを放っておくわけにはいかないじゃん?」
「いえ、僕が言ったのはそこではないんですが……まあ、いいでしょう」
巨人へと視線戻したレンを見ると、アスカは困ったように微笑む。
その時セラが、小さく息を落としながら言葉を発した。
「お二人さぁん。そろそろ巨人さんが待ちくたびれちゃったみたいよぉ?」
「「っ!?」」
セラの言葉を受けたアスカとレンは、真剣な表情で巨人を見上げる。
すると巨人は無言のままその巨大な拳を握り込み、アスカ達へと振り下ろしてきた。
「やっば……レンちゃん、避けて!」
「わかってますよ!」
その拳の着弾点に立っていたレンとアスカは、それぞれ横移動して拳を回避する。
巨人の拳の威力は凄まじく、元々二人が立っていた地面には巨大なクレーターが発生していた。
「うっわぁ……こりゃ、食らったらタダじゃすまないねぇ」
「ふふっ。面白くなってきたわぁ」
巨人の一撃を見つめ、能天気に言葉を紡ぐ二人。
レンは呆れるようにそんな二人を見つめると、強い語気で言葉をぶつけた。
「二人とも、気を抜かないで下さい! 一撃食らったら終わりですよ!」
レンは右手を横に強く振りながら、怒号にも似た言葉をふたりにぶつける。
しかし二人は相変わらず能天気な様子で、気の抜けた返事を返してきた。
「ん、わかった。気をつけるねん」
「大丈夫よぉ。ちゃんと避けるからぁ」
二人はにっこりと微笑みながら、緩い口調で返事を返す。
そんな二人の言葉を聞いたレンは、がっくりと肩を落とした。
「はぁ。ほんとに大丈夫かな……」
相変わらず緊張感のない二人の様子に、レンは大粒の汗を流す。
やがて視界の隅にリースを認めると、レンはリースに対しても声を荒げた。
「リース! その人たちをもう少し下げてください! そこも巨人の攻撃範囲内です!」
「っ!? う、うん! わかった!」
レンの言葉を受けたリースは即座に返事を返し、倒れてしまった戦士達を後ろへと下がらせていく。
やがてリース達が安全圏に移動したことを確認すると、レンは再び巨人へと視線を戻した。
その頃巨人は振り下ろした拳を既に戻しており、拳からは大量の土埃が落ちてきていた。
巨大なクレーターを精製するほどの一撃を放ったにも関わらず、巨人の拳には傷ひとつ付いていない。
その事実を視認したレンは、奥歯を噛み締めた。
「ちっ。どうやらこの巨人、かなり頑丈なようですね」
「ねー。硬そうで嫌になっちゃうな」
レンの言葉に同意したアスカは、相変わらず能天気な声を響かせる。
そんな二人の会話を聞いていたセラは大鎌の柄を持ち直し、まるで何かを分析するように、巨人の全身をくまなく見回していた。