第211話:脅威との遭遇
クロックオーシャンからしばらく歩いた場所にある灰の谷は、クロックオーシャンの陽気な雰囲気とはうって変わって、冷たい空気が流れている。
灰色の山肌は冷たい風を通し、谷の奥は不気味な雰囲気に包まれている。
合同作戦に参加した戦士や魔術士達はそれぞれの武器を手に取り、灰の谷をゆっくりと進んでいた。
「なーんか不気味なとこだねぇ。クロックオーシャンとは大違いだ」
アスカは頭の後ろで手を組みながらキョロキョロと周囲を見渡し、冷たい岩肌だけが続く谷の奥を見つめながら言葉を落とす。
そんなアスカの言葉を聞いたレンは、周囲を警戒しながら返事を返した。
「確かに不気味ですね。それに……妙に静かだ」
モンスターが出現してもおかしくない雰囲気だが、周囲からはモンスターはおろか動物の鳴き声ひとつ聞こえない。
静かな風の音だけが吹きぬける冷たいその谷は、ただただ不気味だった。
セラは警戒している様子のレンを横目で見つめると、小さく息を落としながら言葉を紡いだ。
「そうねぇ。二人の言う通り、ちょっと嫌な感じのする谷だわぁ。何事もなければ良いのだけれど」
セラはため息を落としながら、艶っぽく右手を自身の頬に当てて言葉を紡ぐ。
そんなセラの言葉を聞いたリースは自身の鞄の紐を握り締めながら、ごくりと喉を鳴らした。
『何だろう、嫌な感じだ。何か、良くないことが起きるような気がする……』
正体不明の緊張感に包まれたリースは、渇いた喉を鳴らしながら周囲を警戒する。
しかし警戒心を強める一行など知ったことではないように、その脅威は唐突に、そして大胆に現れた。
「っ!? これは、地震? いや、この地方で地震はほとんど観測されていないはず……!」
歩いていた地面が突然大きく揺れ、周囲に落ちている大岩ですらその巨体を震わせている。
転倒する者も続出する中、先頭を歩いていた戦士風の男が、驚愕に表情を歪めながら声を荒げた。
「っ!? お、おい見ろ! あいつ……!」
戦士風の男は震える指先で、一行の目の前を真っ直ぐに指し示す。
そんな男の視線の先には、横に分かれた道から顔を出した巨人が一行を見下ろしていた。
横道から次第にその身体を見せた巨人は一国の城を凌ぐほどの大きさで、感情の灯っていない瞳で真っ直ぐに一行を見つめている。
巨人の巨大な足は地面を震わせ、次第に一行へと近づいてくる。
やがてそんな巨人を視認することで一行は現実をとらえ、そして絶叫するものが続出した。
「なんだよ。なんだよあの大きさは……こんなの聞いてねえぞ!」
「ひぃ! 助けてくれぇ!」
「ま、待てよ! 置いてくな!」
谷に向かう道中ではあれほど自身の武勇伝を語っていた戦士達も、目の前に聳え立つ巨人のプレッシャーに勝てず、次々と戦線を離脱していく。
先頭のひとりが逃げ出せば、あとは総崩れ。
気付けば合同作戦に参加していたメンバーは、リース達四人しか残されていなかった。
……いや、正確に言えばまだ戦士や魔術士は残っているが、その全ては戦意を喪失しており、戦闘能力は皆無であると言って良い。
逃げ出した戦士や魔術士達に視線を向けることもなく、リース達は目の前の巨人を警戒しながら言葉を落とした。
「残ったのは僕達だけ……ですか。しかしこの巨体を考えれば、止むを得ないでしょうね」
レンはゆっくりと自身の右手を身体の前に掲げると、地面と右手の間に雷を発生させ、その雷を媒体として槍を精製する。
雷から漆黒の槍を精製したレンは、その柄を掴むと槍を回転させ、切っ先を巨人へと向けた。
「めちゃでっかいけど……仕方ない。やるっきゃないね!」
アスカは太刀と脇差を抜刀し、二刀流の状態になりながら真っ直ぐに巨人を見据える。
そんな二人を横目に見たセラは小さく笑いながら空間を歪め、大鎌を取り出して回転させた。
「そうねぇ。まあ、退屈しのぎくらいにはなるかしらぁ?」
セラは妖しい笑顔を浮かべながら大鎌の柄を掴み、優雅な立ち姿で巨人を見つめる。
そんな三人を後ろから見ていたリースは、奥歯を噛みながら自身の肩に斜めがけしている鞄の紐を強く握っていた。
『僕は、何をしてるんだ。三人が戦う準備をしているのに、僕は……』
リースは目の前に聳え立つ巨人に圧倒され、自身の両手を動かすこともできない。
気付けばリースの両足はがくがくと震え、巨人はそんなリースを冷たい瞳で見下ろしていた。