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第210話:レンの想い

 クロックオーシャンの目の前に広がっている平原を、リース達は真っ直ぐに歩いていく。

 周囲には合同作戦に参加する猛者たちも集まっているが、そこに緊張感はなく、皆それぞれの武勇伝やこれから討伐する巨人についての話で盛り上がっていた。

 リース達の間には珍しく会話が無く、アスカ一人が周囲の猛者たちの話をほうほうと頷きながら盗み聞きしている。

 そうして沈黙に支配された空間を、セラの細く美しい声が唐突に切り裂いた。


「そういえばレンの名前にある“ガルスフィア”って、どこかで聞いたことあるわぁ。どこだったかしらぁ」

「っ!?」


 レンは触れられたくない話題だったのか、両目を見開いて驚きながらセラの方へと視線を向ける。

 しかしそんな視線をものともせず妖しい笑顔を浮かべているセラを見たレンは、奥歯を噛み締めながら進行方向へと顔の向きを戻した。

 そしてセラの言葉を隣で聞いていたリースは“ガルスフィア”の名前を脳内で検索し、やがてひとつの結論にたどり着くと、その声を荒げた。


「あっ!? が、ガルスフィアって、創術本の著者“アスティル=ガルスフィア”と同じ名前だ! でも、一体どうして!?」


 リースはとことこと歩いてレンに近づき、興味津々といった様子で質問をぶつける。

 そんなリースを最初は無視していたレンだったが、リースからのキラキラとした視線に負け、やがてため息を落としながら返事を返した。


「……アスティル=ガルスフィアは、僕の祖父です。名前が僕と一緒なのは当然ですよ」


 レンは面倒くさそうにリースを横目で見ながら、小さく言葉を落とす。

 そんなレンの言葉を聞いたリースは、大声で返事を返した。


「ええええっ!? れ、レン、あのアスティルさんのお孫さんなの!? 凄いよ! 凄い凄い!」


 リースは興奮した様子で自身の鞄の紐を掴み、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 そんなリースの大声を聞いたアスカは、頭に疑問符を浮かべながらリースへと質問した。


「リースちゃん。そのアスティルって人はそんなに凄いのかい?」


 アスカは陰陽師として一流だが、創術についてはまったくの素人である。

 それでもアスティルレベルの創術士なら一般常識として知っているべきなのだが、それは彼女自身が世間知らずだったということだろう。

 リースは興奮した様子で鞄の中から一冊の本を取り出すと、アスカに向かって突き出しながら声を荒げた。


「あのね! アスティルさんは凄いんだよ! 今の創術の基礎を作った人で、この人がいなかったら今の創術理論は無かったと言われてるんだ! そもそも―――」

「あ、うんわかった。とにかく創術が凄い人なんだね」


 長くなりそうなリースの言葉を遮り、リースの頭を撫でながら誤魔化すように微笑むアスカ。

 珍しくぎこちない笑顔を見せるアスカの様子を見たリースは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げ、そんな二人の様子を見たセラは込み上げてきた笑いを噛み殺した。

 一方レンはつまらなそうにそっぽを向き、どこまでも続いているような平原の先を冷たく見つめている。

 そんなレンの様子を見たセラは突然レンの隣に移動し、レンの横顔を見つめながら言葉を紡いだ。


「立派なおじい様なのに、レンは何か不満そうねぇ。学園都市を出てきたのも、おじい様が原因だったりするのかしらぁ?」

「っ!?」


 突然確信を突かれたレンは驚きながら両目を見開き、セラへと視線を向ける。

 しかしその顔が思ったより近くにあったことに驚いたレンは、慌てて地面へと視線を移し、眉間に皺を寄せながら悔しそうに返事を返した。


「確かに、その通りです。学園都市で僕は“アスティルの孫”というだけで特別待遇を受け、試験の免除など様々な優遇をされてきました」


 実際アスティル=ガルスフィアの名の影響力は凄まじく、レンがその孫というだけで学費は全額無料。さらに教師たちも「レンの実力は計るまでも無い。というか自分達には計れない」とその両手を挙げ、試験の実施を放棄する場面すらあった。

 しかし、その状況はレンにとって害でしかない。結果としてレンはルウという特例を除き、自分と対等の実力を持った生徒や実力者とほとんどぶつかることが無く、自分の力を計る事ができなかった。

 レンは当時の学園生活を思い出すと、小さく息を落としながら、さらに言葉を続けた。


「しかし……そんなぬるま湯につかっていては、いつまでも強くなれない。いつまでたっても、リリィさんには追いつけない。そう思った僕は、学園を飛び出してきたんです」


 レンはその小さな右手を握り込むと、それをじっと見つめながら言葉を落とす。

 そんなレンの言葉を聞いたアスカは腕を組みながらうんうんと頷き、何故か納得した様子で返事を返した。


「うんうん、そっか。レンちゃん男だねぇ」


 アスカは口をωの形にしながら、うんうんと頷いてレンへと返事を返す。

 相変わらず能天気な様子のアスカにため息を落としながら、レンはさらに言葉を続けた。


「リリィさんに会うまで僕は、学園で学んでいれば祖父のように、父のように強くなれると信じていた。でも……“学園外”からやってきたリリィさんは誰よりも強く、正直学園の生徒とは比べ物にならなかった。だから僕は学園を出て、自分を鍛え抜こうと心に決めたんです」


 レンは自身の胸に右手を当て、それを強く握り締めながら言葉を紡ぐ。

 黄色の瞳は地面を見ていたが、その視線の先には栄光の光が輝いているように思える。

 そんなレンの決意を感じ取ったリースは、眉を顰めながら斜めがけにしている鞄の紐を強く握った。


『決意。レンの決意……か』


 自分がレンの立場なら、果たして同じ決断ができただろうか。

 安泰な生活を捨て、自らを鍛えぬく覚悟ができただろうか。

 その答えはわからない。リースはレンでは無いのだから、答えなど出るはずが無い。

 それでもリースは、考えた。

 自分が強くなる為に今、何が必要なのか。

 そして―――ひとつの結論を導き出す。


『そうだ。そもそも今僕は、強くなる為に巨人の討伐に向かっている。だったらその戦いの中に、答えは眠っているはずなんだ』


 リースは奥歯を噛み締め、歩いている街道の先を見つめる。

 その街道の先には、冷たい灰色に染められた通称“灰の谷”が、山間で静かに聳え立っていた。

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