第207話:レンの記憶
「そういえばリースちゃん。修行ってことはやっぱ、創術の修行なのかい?」
ダブルエッジに向かう途中の街道で、アスカは頭に疑問符を浮かべながらリースへと質問する。
そんなアスカの質問を受けたリースは、こくりと頷きながら返事を返した。
「うん。創術の修行もそうだし、剣術や格闘術なんかの修行も兼ねてるよ。とにかく戦闘で役に立てるようになりたいなって」
リースは頷きながら柔らかに微笑み、自身の希望をアスカに伝える。
そんなリースの返事を聞いたアスカは、ふむふむと頷くと言葉を返した。
「ほーん、なるほどねぇ。でもリースちゃんは今でも充分役立ってると思うけどにぇ」
アスカは頭の後ろで手を組みながら、隣を歩くリースを見つめる。
その年齢を考えれば、リースは充分に……いや、充分すぎるほど戦闘において役立っていると言って良い。
しかし歳相応というレンズ越しに強さを見ているアスカと違い、リースは裸眼で自分の強さと向き合っている。
それは時に、驚くほど両者の判断に違いを生む元となる。
実際リースは自分自身を守れるくらいの強さを求め、アスカの評価とは裏腹に激しい修行を渇望している。
そんなリースの心中を察したセラは、リースの頭に優しく手を置きながら言葉を紡いだ。
「ま、いいんじゃなぁい? “強くなりたい”って思うのは良いことだと思うわぁ」
「セラさん……」
優しく自身の頭に手を置きながら言葉を紡ぐセラを見上げ、リースはぽかんとその口を開ける。
そんなリースを見たセラは、妖しい笑顔を浮かべながら言葉を続けた。
「そ・れ・に。ちょっと背伸びしてるくらいの子の方が、私は好みだわぁ」
「ふぇっ!?」
セラは優しくリースの首元を撫で、敏感な部分を触られたリースは背筋を震わせて声を上げる。
そんなリースを見たアスカは笑い声を響かせていたが、やがて何かを思い出したように両手をぽんっと合わせた。
「あ、そうだ! 創術で思い出したんだけど、魔術学園都市にも創術が得意な子がいなかったっけ? ほら、確かリースちゃんと同じ歳くらいの」
アスカは小さく首を傾げながら、リースに向かって言葉を紡ぐ。
セラが一行に加入する前の話であるためセラは首を傾げることしかできないが、リースはよく覚えていた。
リースはすぐに一人の少年の姿を思い出し、背筋の震えを振りほどいてアスカへと返事を返した。
「えっと……レン。レンのことだよね。確か魔術学園都市で、一番の創術士だったはずだよ」
「あ、そーそーレンちゃん! あたしはあんまり絡みがなかったけど、強かったってリリィっち言ってた!」
アスカはレンの名前を思い出せたことに喜びつつ、リースに向かって返事を返す。
そんなアスカの言葉を聞いたリースは、自身の小さな手を見つめながら言葉を返した。
「うん。本当に凄かった。レンは……今頃何をしてるのかな」
雷を発生させて操り、創術を自在に使いこなしていた少年、レン。
伝え聞いた話ではリリィと一緒に戦い、洗脳された友人を見事敵の手中から取り返したという。
剣術や格闘術の鍛錬を、欠かしたことはない。しかし今の自分に果たして、レンと同じだけのことができるだろうか。
リースは自身の頼りない小さな手を見つめながら、大きなため息を落としていた。
「まあまあ、しょげることないって! 強くないなら強くなればいい。進みたいなら進めばいい。リースちゃんのためなら、お姉さんいくらでも手伝っちゃうよ!」
アスカはにいっと歯を見せて笑いながら、着物の袖をまくって白い腕にぐっと力を込める。
ウィンクするアスカの瞳の輝きを見たリースは、微笑みながら頷いた。
「ありがとう、アスカさん。僕がんばるね」
リースは歩きながらぐっと両手を握り込み、決意を新たにしてアスカに向かって返事を返す。
そんなリースにアスカが笑顔を向けていると、セラがのんびりとした声を響かせた。
「あらぁ。ダブルエッジ支部って、もしかしてここじゃなぁい?」
「あっ……」
「ああ! ほんとだ!」
セラの指差した方向を見たリースとアスカは、同時に声を上げる。
確かにその視線の先には「ハンター集団ダブルエッジ:クロックオーシャン支部」と書かれた看板が立てられていた。
その看板の奥には大きめの扉があり、リース達を待ち構えるように聳え立っている。
リースはゆっくりとその扉を開くと、恐る恐るその足をダブルエッジ支部の中へと進めていった。