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第206話:リースの想い

 観光地クロックオーシャンは今日も強い日差しが街並みを照らし、穏やかな波が立っている海では観光客の楽しそうな声が響いている。

 そんなクロックオーシャンの一角にある高級宿屋の裏手で、楽しそうな観光客達とは裏腹に、苦しそうなリースの声が響いていた。

 リースは二本の木刀を逆手で持ち、今日も日課である素振りを何度も繰り返している。

 素振りによって吹き出してきた汗が地面に落ち、リースが乱れた呼吸で休憩に入った時、宿屋の裏口からセラが現れた。


「随分熱心なのねぇ。朝からずっと素振りのしっぱなしじゃなぁい?」


 呼吸を乱しながら両手を膝についているリースを見つめ、いつも通り妖しい笑顔で言葉を紡ぐセラ。

 リースはそんなセラの姿を横目で見ると、小さく言葉を落とした。


「強く、なりたいんだ。もうリリィさんが僕を守る必要が無くなるくらい、強くなりたい」

「……っ」


 リースの真剣な表情を見たセラは、どこかすまなそうに視線を泳がせる。

 確かに自分は一度、リリィを死の淵まで追いやっている。

 リースの今の決意は、自分が引き起こしたと言ってもいい。

 そんな想いが胸の中に渦巻き、セラは俯きながら言葉を落とした。


「……ごめんなさい。仕事だったとはいえ、酷いことをしてしまったわ。あの剣士さんにもあらためて謝らないとね」


 セラは申し訳なさそうに目を伏せ、リースに向かって言葉を紡ぐ。

 そんなセラの様子を見たリースは身体を起こし、ぶんぶんと両手を横に振った。


「あ、いや、セラさんがどうとかいう話じゃないんだ。ただ今後も、強い人と戦う機会はあるかもしれないでしょ? その時に僕一人が“守られてる”って状況が、どうしても嫌なんだ」


 リースは先のセラとの戦闘で、自身がリリィや皆の足手まといとなり、下手をすれば命を落とさせるような致命的“弱点”になることを知った。

 大好きな皆の足を引っ張るかもしれないと思えば、リースは自身を鍛えずにはいられなかった。


「そう……」


 セラは相変わらず目を伏せながら、リースに向かって返事を返す。

 そんなセラを見たリースは木刀を鞄に仕舞うと、反対に鞄から一冊の本を取り出した。


「これはね、アスティル=ガルスフィアっていう凄い人が書いた本なんだけど……この本は僕にとって宝物で、目標のひとつなんだ」

「目標……?」


 セラは俯いていた顔を上げてリースの取り出した本を見つめ、言葉を紡ぐ。

 そんなセラの言葉を聞いたリースは、にいっと笑いながら返事を返した。


「うん! 目標! 僕もいつかアスティルさんみたいに立派な創術士になって、みんなの助けになりたいんだ!」


 リースは大好きなその本を抱きしめながら、セラに向かって言葉を紡ぐ。

 その真っ直ぐな表情を見たセラは思わず笑顔を返し、そして言葉を発した。


「……そう。リースなら、きっとなれるわぁ」


 セラはリースへと右手を伸ばし、その頭を優しく撫でる。

 そんなセラの暖かな感触を感じたリースは、くすぐったそうに笑いながら返事を返した。


「えへへ……ありがとう、セラさん」


 リースは相変わらず本を抱きしめながら、セラに向かってお礼の言葉を伝える。

 その時唐突に、裏口のドアが乱暴に開かれた。


「セラっちぃー! どぉしよう! お金が全然稼げないでござる!」


 アスカはその髪をくしゃくしゃにした状態で、焦りながらセラへと言葉をぶつける。

 リースの頭から手を離したセラは胸の下で腕を組み、妖しい笑顔を浮かべながら返事を返した。


「あらあら、とりあえず落ち着いてぇ? まず、どうしてお金を稼いでるのぉ?」


 セラは頭に疑問符を浮かべ、落ち着いた様子でアスカへと質問する。

 そんなセラの質問を受けたアスカは、両手の人差し指を合わせてもじもじとしながら返事を返した。


「う、うん。あのね、所持金が無くなっちゃったのはあたしが勝手にこの宿を取っちゃったからじゃん? だからいろいろ仕事探して、働いたんだけど―――」

「全部失敗した……ってことねぇ」

「面目ない」


 がっくりと両肩を落とすアスカと、小さく息を落としながらその姿を見つめるセラ。

 そんな二人の様子を見ていたリースは、頭に疑問符を浮かべながらアスカへ質問した。


「ところでアスカさん、一体どんな仕事してきたの?」

「ああ……えっとね、ペットの散歩とか、部屋の掃除とか、道案内とかしたんだけど、全部失敗しちゃったの」


 アスカはがっくりと肩を落としたまま、大きなため息を落とす。

 そんなアスカの言葉を聞いたリースは、むむむと唸りながら思考を回転させた。


「なんかどれも、アスカさん向きの仕事じゃないような……やっぱり僕達は、ハンターの仕事をするのが一番じゃないかなぁ。例えば、モンスター討伐とか」


 ハンターに寄せられる依頼は多種多様だが、最も多いのは人に危害を加えたモンスターの討伐や、増えすぎたモンスターの掃討である。

 これらは危険も大きいが報酬もその分高く、アスカレベルの実力者であれば用意に宿賃くらいは稼げるだろう。


「確かにそうなんだけどさぁ~。あたしハンターじゃないし、ダブルエッジ支部に行っても仕事貰えないじゃん?」


 アスカは口を3の形にしながら「融通利かないよね~」と愚痴をこぼす。

 そんなアスカを見たリースは、小さく首を傾げながら返事を返した。


「あれ? でも、ハンターじゃない冒険者でも受けられるような大きな依頼もある……ってリリィさん前に言ってたよ。“合同作戦”ってやつで、報酬もかなり高いって言ってた」

「マジで!? それ受けるしかないじゃん!」


 アスカはキラキラと瞳を輝かせ、がっしりとリースの肩を掴む。

 期待に満ちたアスカの瞳を見たリースは、頷きながら返事を返した。


「うん。それでねアスカさん。その仕事、僕にも手伝わせてもらえないかな」

「え、リースちゃんが? どして?」


 アスカはリースが仕事を手伝う理由が思いつかず、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。

 そんなアスカにリースが返事を返そうと口を開いた刹那、セラが割り込むような形で言葉を紡いだ。


「強くなるための修行……ってとこかしらぁ? モンスターとの実戦は、何よりの経験になるものねぇ」


 先ほどのリースの素振りをする姿、そして強くなりたいという想いを知ったセラはリースの真意を読み取り、穏やかな声で言葉を紡ぐ。

 そんなセラの言葉を聞いたリースは「あ、うん! そうなんだ!」とこくこく頷きながら返事を返した。


「なるほどなるほど、リースちゃんも思うところがあるんだねぇ。お姉さん感激だよ」


 両腕を組みながら、アスカは口をωの形にしてうんうんと頷く。

 アスカがどこまでリースの想いを理解しているかは不明だが、ともかく熱意は伝わっているようだ。


「よぉしリースちゃん、ついてきな! アスカお姉さんとモンスター退治だ!」

「う、うん! ありがとうアスカさん!」


 リースは花咲くような笑顔を見せ、歩き出したアスカの後ろを追いかける。

 そんな二人を見たセラは背中の翼を羽ばたかせ、リースの隣に並ぶと歩調を合わせて歩き出した。


「今回の宿の件は私にも責任あるし、お手伝いするわぁ。構わないかしら?」


 セラはにっこりと微笑みながら、アスカに向かって言葉を紡ぐ。

 そんなセラの言葉を受けたアスカは、右手を空に向かって突き出しながら返事を返した。


「おう、どんと来いじゃい! それじゃ三人で、いくどー! おーっ!」

「おーっ!」

「おーっ……ふふっ」


 楽しそうに右手を空に突き出すリースとアスカ。そしてその姿を見つめ、セラは小さく笑いながら控えめに片手を上げる。

 こうして三人のチームは、意気揚々とハンター集団ダブルエッジの支部に向かい、その足を前へと進めていった。

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