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第204話:宿探し!

 港町であり観光都市でもあるクロックオーシャンの街には、今日も強い日の光が差し込み、爽やかな海風が街道を吹きぬける。

 この街では街道横に必ずと言って良いほど出店が並んでおり、その品揃えは様々だが、特に果物やジュース、アイスを扱っている店舗が多い。

 そんな中一軒の出店に足を止めたアスカは、店主に勧められるままに果物を試食し、甘くたっぷりな果汁に目を見開いて感動していた。


「これおいふぃー! おじさん! この果物六つちょーだい!」

「あいよ! お姉さん美人だから一個おまけしとくね!」

「いやいやー、美人だなんて照れますなぁ。じゃあこっちのジュースも六つちょーだい!」

「まいどありぃー!」


 陽気な店主に誘われるように注文するアスカは上機嫌で果物を齧り、楽しそうに鼻歌を歌っている。

 リリィはそんなアスカの頭を掴むと、鋭い目でツッコミを入れた。


「おいアスカ。あまり考えずに散財するな。船代で出費がかさんでいるのだから、ここは節約して―――」

「まあまあリリィっち! これ食べてみ!? めちゃうまだから!」

「もごっ!?」


 アスカはツッコミを入れてきたリリィに対し、振り向き様に果物を口に突っ込む。

 リリィは一口果物を食べると、その芳醇な香りとほどよい酸味、そしてたっぷりの甘さに目を見開いた。


「お、美味しい……」

「でっしょー!? これ買わないのは損だって!」


 思わず正直な感想を漏らしたリリィに対し、太陽のような笑顔を見せるアスカ。

 そんなアスカの言葉を聞いた店主は、嬉しそうに笑って言葉を発した。


「おぉっ! お姉さん嬉しいこと言ってくれるねぇ! よぉし、ジュース濃い目にしとくよ!」

「ありがとおっちゃん! よっ、商売上手!」


 笑顔でジュースを作る店主に対し、両手をメガホンのように使いながら声をかけるアスカ。

 そんなアスカの様子を見たリリィは果物を齧りながら、「本当にわかってるのか……?」と不安そうに眉を顰めた。


「まあまあ、いいじゃないリリィさん。この果物本当に美味しいよ?」


 リースは両手で果物を持ち、美味しそうに齧りながら頬を膨らませている。

 そんなリースの口元に付いた果汁をハンカチで拭いながら、リリィは困ったように笑って返事を返した。


「まあ確かに、美味しさは本物だな。この街の特産品なのかもしれん」


 突然のハンカチの感触に少し驚いているリースの口元を、リリィは微笑みながら優しく拭う。

 そんなリリィの背後では、イクサが周囲の様子を確認しながら言葉を落としていた。


「これは街の特産品“クロックボゥル”ですね。品質も問題ありませんし、価格も平均より少し低いくらいです。新鮮な状態で食べられるのはこの街だけですので、購入は正解かと思われます」

「あ、ああ。イクサはすでに二つ食べてるしな」


 両手にクロックボゥルを持ってもぐもぐと咀嚼しているイクサの頬は、今ではリースよりも大きく膨らんでいる。

 表情には表れていないが、一番感動しているのはイクサのようだ。


「ふふっ、楽しい人たちねぇ。あなたもそう思わない?」


 そんな一行を優しい眼差しで見つめ、小さく笑い声を落とすセラ。

 セラの言葉を受けたアニキは、果物を荒っぽく齧りながら返事を返した。


「……まぁな。でも俺ぁそれより腹減っちまったから、“肉”で頭ん中がいっぱいだぜ」

「まあ……ふふっ」


 イクサのさらに後ろに立っているアニキとセラは、同じように果物を食べながら独特の空気を纏って談笑する。

 そんな空気に切り込むように、店主の元気な声が響いた。


「あいよ! 特製ジュース六人前おまちっ! 冷えてるから気をつけてな!」


 店主は魔術機構によって自動的に中身が混ぜられる木の樽からジュースをコップに注ぎ、お盆にのせてアスカへと手渡す。

 アスカはキラキラとした瞳で色鮮やかなジュースを見つめると、振り返って一行へとジュースを配った。


「ほいほいっ! じゃあみんなジュース持って、張り切って宿屋を探そー! おー!」


 アスカはジュース片手に飛び跳ねながら、大きく右手を空へと突き出す。

 リリィ以外のメンバーはそんなアスカに答え、それぞれテンションの差はありながらも、片手を上げて返事を返した。

 しかしリリィは頭に大粒の汗を流し、アスカに向かってツッコミを入れる。


「いや、というか、最初に脱線したのはアスカ―――」

「リリィっち声出てないよ!? ほら、おー!」

「お、おー……」


 リリィは正体不明なアスカの勢いに押され、少し恥ずかしそうに片手を上げる。

 その後イクサにさり気なく近づいたリリィは、耳打ちするように言葉を紡いだ。


「イクサ。今日のアスカはどうしたんだ? いつもハイテンションだが、今日は特にテンションが高い気がする」


 リリィは片手を使って声を隠しながら、小さく言葉を落とす。

 そんなリリィの言葉を聞いたイクサは、同じく控えめな声で返事を返した。


「恐らくですが、クロックオーシャンの空気に触れているからだと思われます。この街の人々は皆暖かく、観光客で常に賑わっています。毎日がお祭りのような雰囲気が、アスカ様は元々お好きなのでしょう」


 イクサは心なしか少しだけ微笑みながら、リースとジュースの味について談笑しているアスカの背中を見つめる。

 そんなイクサの説明に納得したリリィは一口ジュースを口に含み、やがて笑いながら返事を返した。


「この旅は、厳しい状況に立たされることもある。そんな中で少しくらい楽しみがあっても良い……か」


 リリィは口の中に広がった爽やかな甘さが、まるでアスカのようだと感じ、小さく息を落とす。

 そんなリリィの様子を横目で見たイクサは、人に見られないような角度で小さく笑いながら返事を返した。


「おっしゃる通りです、リリィ様。適度な休養と美味しい食事こそ、明日の活力を生み出すものと思われます」

「ふふっ……なるほど。確かに、その通りだな」


 少し肩肘を張りすぎていた自分を反省し、眉を顰めながら笑うリリィ。

 そんな時アスカが、一軒の宿屋を発見した。


「うおーっ!? なにこの宿屋! ちょうでっかい!」

「あらぁ、なかなか綺麗で良い感じねぇ」


 目の前に見えてきた巨大な宿屋はこれまでの木造の宿屋と違ってしっかりと石を積み上げて建てられており、防水効果のある白い塗料が全面に塗られているため日の光を反射し、白く輝いている。

 階数も多く、玄関には赤い絨毯が敷かれているところを見ると、クロックオーシャンの中でもかなりの高級宿屋と言えそうだ。

 セラは満足そうに頷きながら、アスカに向かって言葉を紡ぐ。


「ね、もう部屋取っちゃいましょう? これだけ良い宿屋なら、すぐ満室になっちゃうわぁ?」

「なるほど! セラっち頭良い! さっそく行ってくんね!」


 アスカはセラの言葉を受けると納得して頷き、宿屋の受付に向かって赤い絨毯の敷かれた階段を駆け上がっていく。

 リリィはそんなアスカに向かって右手を伸ばしつつ、声を張り上げた。


「ちょ、ちょっと待てアスカ! この宿に泊まるのは現実的ではない! ただでさえ六人分の宿賃は中々の出費だし、ここは安い宿を―――」

「部屋とれたよー! しかも一番良い部屋だってさ!」

「うおおおおい!? アスカ話聞いてたか!? というかいつのまに受付に行って来た!?」


 アスカは自慢の俊足で一瞬にして受付に向かうと、そのまま最も良い部屋……すなわち一番宿泊料の高い部屋を取ってくる。

 リリィはそんなアスカに向かって大声でツッコミを入れるが、アスカは不思議そうに首を傾げて返事を返した。


「うん? どったのリリィっち……ああ、安心してよ! ばっちり男女別室にしといたからさっ♪ しかも二泊だよっ♪」


 アスカは立てた親指をぐっとリリィに向かって突き出し、音符付きで弾むように言葉を紡ぐ。

 そんなアスカの言葉を受けたリリィは、片手で頭を抱えながら返事を返した。


「いや、心配しているのはそこではない! 私は宿賃を―――」

「あー腹減った! どこでもいいからさっさとメシ食おうぜメシ!」

「あ、アニキさん待って! 食事はみんなで一緒にしなきゃ!」

「私はとりあえず、お風呂入りたいわぁ。海風で髪が痛んじゃう」

「うおおおおい!? お前ら人の話を聞け! この宿に泊まるのは無理がある!」


 まったく話を聞かずに宿屋へと駆け上がっていく一行に手を伸ばし、リリィはさらに声を荒げる。

 そんなリリィのマントを、イクサがくいくいと引っ張った。


「リリィ様、どうやら手遅れのようです。こちらをご覧下さい」

「ん……? っ!?」


 イクサに言われるままに視線を横に向けると、そこにはしっかりとした木の板に“いかなる理由があろうとも、宿泊キャンセル時には全額のキャンセル料を頂きます”と記載があった。

 つまり今からアスカの取った部屋をキャンセルしても、宿泊料は支払わなければいけないわけだ。

 端的に言えばイクサの言う通り“手遅れ”である。


「……イクサ。そもそも宿泊料は所持金でまかなえるのか?」

「その点はご安心ください、リリィ様。所持金から二泊で六人分の宿泊料を差し引き、ぴったり0ゼールになります」

「は、ははは……わぁい。それはよかったぁ」


 リリィは引きつった笑顔を浮かべながら、目の前に聳え立つ宿屋を見上げる。

 イクサは小さく息を落としながら「仕事を探すしかありませんね……」と呟いていた。

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