第201話:二人きりの洞窟
やがてリースとセラの二人は洞窟の中で二人並んで座り、お互いの間には微妙な空間が空いている。
リースはそんな空間のことは気にせず、少しでも栄養を補給しようと持っていたナイフで器用に果物の皮をむいていた。
セラは少し遠くに座っているリースの横顔をチラチラと伺っているが、リースがその気配を感じてセラに顔を向けると、瞬時に顔を伏せてその耳を赤くする。
そんなセラの姿を不思議そうに見つめるリースだったが、やがて果物の皮むきが途中だったことを思い出し、再び作業に戻った。
リースが自分から視線を逸らしたことを横目で確認したセラはこっそりと身体を横に動かし、じりじりとリースに向かって近づいていく。
そんなセラの様子に気付いたリースは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げるが、その度にセラは横移動を止め、自身の腕の中に顔を埋めながら火照った頬を冷ます。
やがて果物にリースが視線を落とすと、再びセラは横移動を再開し、少しずつ二人の間に空いた空間を削っていく。
そんなセラの横移動のかいあって、気付けばセラはリースのすぐ隣まで移動していた。
「……っ」
セラは口元を一文字に結び、恥ずかしさで爆発しそうな胸を左手で押さえながら、リースに気付かれないようゆっくりと右手をリースの服に伸ばしていく。
白く細い指先がリースに届こうかという、その刹那。
果物の皮をむき終わったリースが、満面の笑顔でセラへと顔を向けた。
「できたぁ! セラさん、もう食べられるよ!」
「っ!?」
至近距離で眼が合ったセラは目を見開き、ぎこちないながらも背中の翼を大きく広げる。
先ほどより近くにセラを感じたリースは不思議そうに首を傾げるが、「おなかすいてたのかな?」と能天気な結論で納得していた。
「はいこれ、セラさんの分だよ!」
リースは木の器にむいた果物を入れ、笑顔を浮かべながらセラに向かって差し出す。
セラは恥ずかしさで爆発しそうな胸の鼓動を抑えながら、俯いた状態でその器を受け取った。
「あのね、洞窟の外の崖のところに、果物商人さんの鞄が引っかかってたんだ。まだ新鮮みたいだし、食べても大丈夫だと思うよ!」
「ん……」
セラはリースの説明を受けるとぎこちない様子で頷き、木の器に入れられた果物を見つめる。
白く細い指で果物のひとつを手に取ると、恐る恐る一口かじってみた。
「あ、美味しい……」
口の中には甘い果汁が広がり、爽やかな香りが鼻を抜けていく。
果物って、こんなに美味しいものだっただろうか。
セラは不思議と何年も食べていなかったような感覚に陥り、その目を驚きに見開いていた。
リースはそんなセラの様子を見ると、嬉しそうに笑う。
「よかったぁ。ちょっとでも栄養つけて、翼の傷も治さなくちゃね!」
リースはにいっと歯を見せて笑いながら、歳相応の笑顔をセラへと向ける。
そんなリースの真っ直ぐな笑顔を見たセラはその頬を赤く紅潮させ、咄嗟に持っていた器で自分の顔を隠した。
「あ、あれ、セラさん? どうしたの?」
リースはセラの行為の意味がわからず、困惑した様子で言葉を紡ぐ。
セラはそんなリースの様子が面白くないのか、赤い頬を膨らませながら右手を伸ばすと、リースのおでこにデコピンを打ち込んだ。
「いたひっ! え? え?」
リースはますます困惑し、器の向こうにあるセラの表情を伺おうとするが、セラは巧みに器を動かして顔を隠し続ける。
そんなセラにリースが声をかけようと口を開いた瞬間、洞窟の外から聴き慣れた声が響いてきた。
「リィィィィス! 無事か!? リィィィィィィス!」
「リリィさん!?」
背後から聞こえたその声に笑顔を浮かべながら、洞窟の入り口へと駆け出していくリース。
そんなリースの背中を見たセラは不満そうに眉を顰めるが、やがて何かを思いついたように目を見開き、そして妖しい笑顔を浮かべた。
「リリィさん! ここ! ここだよー!」
「リース! よかった……無事だったんだな!」
リリィはエネルギーを補給したのか、背中の黒い翼を元気よく羽ばたかせながら空中を浮遊し、リースに向かって近づいてくる。
そんなリリィの視界にリースがしっかりと映った瞬間、セラはリースの身体を引き寄せて、その頬にキスを落とした。
「んっ……」
「ふぇっ!?」
「なぁっ!?」
目を閉じた状態で情熱的なキスを落としたセラを見たリリィは、呆然としながら口を開く。
自身の頬にやってきた突然の柔らかい感触に驚いたリースは、その身体を強張らせ、ぴくりとも動けない。
やがてセラは洞窟の壁の空間を歪め、その中に自身の身体を入れながら言葉を紡いだ。
「―――……またね、リース」
「っ!?」
最後に映ったセラの表情を見たリースは目を見開き、その頬を赤く染める。
異空間へと去っていくセラの笑顔には、一点の濁りも無く―――
まるで無邪気な少女のように、美しく輝いていた。