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第1話:星の書庫へ

 豊かな山々に囲まれた賑やかな街道を、旅人達が歩いていく。

 大きな荷物を背負った商人風の男。

 腰元の銃火器をちらつかせながら、隙のない動作で歩く軍人風の男。

 黒服のボディーガード達に守られながら歩く、何やら訳ありな雰囲気の貴婦人。

 その様相は様々であり、街道を交差する人々を眺めているだけで一日が終わってしまいそうなほど、バラエティに富んでいる。

 ここはアシュテルム街道。

 多くの旅人たちが交差する交わりの街道。

 ―――しかしながら……いささかバラエティに富みすぎている、3人組のパーティーがひとつ。


「あー……つまんねえ……モンスターの一匹でも出てこねえかな……」


 赤い髪を逆立たせた半裸の男は、ポケットに手を突っ込んだ状態でなにやら物騒な台詞を吐いている。

 その横では金髪蒼眼の小さな男の子が、両目を見開いてその発言に驚いていた。


「な、何言ってんのさアニキさん! モンスターなんか出てこない方がいいよ!」


 少年は肩に掛けた鞄の紐をぎゅっと掴み、焦った口調でアニキと呼ぶ男に注意する。

 そもそもこれだけ大勢の人が歩く街道で、モンスターなどそうそう出るわけが無い。

 出るとすればよほど自分の力に自信のある凶悪なモンスターくらいだろう。

 もっともアニキと呼ばれた赤髪の男からすれば、その状況が最も好ましいのかもしれないが。


「まったく、リースの言うとおりだ。こんなに人の多い街道でモンスターなど出てきたら、戦い辛くて仕方なかろう」


 リースと呼ばれた少年の横を歩く大柄な剣士が呆れたように声を出す。

 全身黒尽くめのその姿は一見するとモンスターに見えなくもない。


「チッ、んなこたわかってんだよ……あっ!? じゃあ山道を進んで行けばいいんじゃねえか!? モンスターとか山賊とか山ほどいるだろ!」


 アニキはぽんっと手を叩き、にこやかな笑顔で破滅の道を提案する。

 剣士は間髪入れずツッコミを入れた。


「わざわざ自分から危険な道を行ってどうする!? そもそも次の街までは、この街道を行くのが最短ルートなのだ!」


 “見ろ!”といわんばかりに剣士はマントの中から地図を取り出し、アニキの眼前へと突き出す。

 アニキは顔面に押し付けられた地図を掴むと眉間に皺を寄せてその地図を見つめた。


「ちぃっ……次の街まで見事に街道が続いていやがる……!」


 アニキはつまらなそうに地図を睨み、今にも破きそうな握力で地図を握り締める。

 なお、先ほどから物騒な発言を繰り返す半裸の男を見た周囲の旅人は、適度な距離を取って街道を歩いていた。


「街道を嫌がる旅人がどこにいる―――いや、ここにいるか」


 剣士は大きなため息を落としながら片手で頭を抱え、残念そうな瞳でアニキを見つめる。

 こうなると物言わぬモンスターより人間のほうがよほど厄介かもしれない。


「あっ! ねーねーアニキさん! 次の街ってどんなとこなの!? そういえば僕知らないよ!」


 リースは話題を変えようとアニキの背中をよじよじと登ると、肩車のような状態になって地図を覗き込む。

 アニキは面倒くさそうにしながらもリースを肩車しながら、地図を広げてリースの眼前へと広げた。


「あん? 次の街はほら、この“ブックマーカー”ってとこだ。“世界図書館”とかいう、でかい施設があるらしいが……なんともお上品でつまんねー街だぜ」


 アニキは耳の穴をほじりながら本当につまらなそうに次の目的地を説明する。

 リースはそんなアニキの言葉にほうほうと頷いているが、あまりよくわかっていない様子だ。


「つまるつまらないは別として、食料品などの備蓄が残り少ない。一刻も早くブックマーカーに到着する必要があるだろうな」


 剣士はマントの中で腕を組むと、腰元の道具袋を見つめて呟く。

 先日一行が討伐した『エンシェント・ワーム』はSランクの凶悪モンスターだったため、褒章金をたんまり貰えたのでお金には困っていない。しかし、砂漠や荒野などを旅してきた故、食料の備蓄はかなり厳しい状況にあった。


「あにゃ、そういえばそうだね! お姉さん、お金ってまだあったっけ!?」


 リースは少々焦った様子で剣士に向かって残り予算を確認する。

 そんなリースの言葉を受けた剣士は、驚いた様子で声を荒げた。


「こ、こら、リース! 私の性別は秘密にしているのだぞ!? “お姉さん”などと呼ぶな!」


 剣士は焦った様子で人差し指を立て、リースへと言葉をぶつける。

 リースは慌てて自身の口を押さえ、言葉を返した。


「あわ。ご、ごめんなさいリリィさん。気をつけるね」

「ああ……そうしてもらえると助かる」


 リースからリリィと呼ばれた剣士は、反省したリースの様子を見て、ため息を吐きながら返事を返す。

 やがてリースは話を本筋に戻した。


「えっと、それでリリィさん。お金ってまだ余裕あるのかな?」


 リースはその小さな首を傾げながらリリィへと尋ねる。

 リリィはリースの言葉を受けて返事を返した。


「ふむ……安心しろ、リース。金銭的にはまったく問題ない」


 リリィは道具袋の底に入っている金貨を確認して小さく微笑む。

 お金はアニキとリリィで半分づつ所持しているが、少なくとも旅の食料を買い込むお金くらいは残っているようだ。


「ほんと!? じゃあじゃあ、お菓子ちょっとだけ買ってもいー!?」

「いでででで! 髪引っ張んじゃねえっつの!」


 リースは興奮した様子で身を乗り出してアニキの髪を掴む。

 リリィは少し笑いながら返事を返した。


「ふふっ……ああ、いいぞ。でも少しだけだからな」

「ほんと!? わーいわーい!」

「ずああああああ! 人の頭の上で暴れんな!」


 喜ぶリースの足を押さえながらアニキはぶつけるように声を吐く。

 嬉しそうなリースの姿に再びリリィは目を細めた。


「あっ!? そういえばリリィさん。さっきアニキさんが言ってた“世界図書館”ってどんなとこ!? 楽しい!?」


 リースはテンションが上がってきたのか、わくわくと目を輝かせてリリィに向かって質問する。

 リリィは顎の下に指を当てて何かを思い出すように視線を巡らせた。


「ふむ……そういえば、世界図書館についてまだリースに話していなかったな……。確かにリースにとっては、“楽しい”と言える場所かもしれん」


 リリィは考えるような仕草のままで街道の先に見えるであろうブックマーカーの影を見つめる。

 街道には相変わらず多くの人々が行き交い様々な足音を響かせていた。


「ふえ!? “としょかん”って、楽しいところなの!? どんなところ!?」


 リースは俄然わくわくしてきたようで、先ほどよりもさらに前へと身を乗り出す。

 そのストレートな質問にリリィは少々眉をひそませた。


「ううむ……私も実際に行ったことがあるわけではないからな。細かいところはわからないが―――」

「けっ、図書館てのは、そうだな……要は本がクソみてえにたくさんあるところだ。別に面白くもねーよ」


 アニキは相変わらず耳の穴をほじりながらつまらなそうに言葉を紡ぐ。

 指先に“ふっ”と息を吹きかけると、火花と共に焦げた耳カスが地面に落ちた。


「ぐっ……さきほどからいちいち下品だぞ貴様! 世界図書館に謝れ!」


 リリィは顔を赤くしながらアニキに対して怒号を飛ばす。

 しかしリースはアニキの手ひどい物言いとは裏腹に、そのわくわくを増大させているようだ。


「ほん!? 本がたくさんあるの!? 創術の本もあるのかな!? 行きたい行きたい!」

「いでででで! リース! 締め付けるんじゃねえ!」


 リースはぎゅうーっとアニキの頭を抱きしめ、その蒼眼を一層輝かせる。

 物を創造する術、創術。母親から幼少の頃から鍛えられ、創術の修行中であるリースにとってその本が読めるというのは何よりの幸せと言える。

 リリィはそんなリースの頭をそっと撫でると静かに微笑んだ。


「ふっ……そうだな。しばらくブックマーカーには滞在するだろうし……一般開放されていたら、立ち寄るのも良いだろう」

「ほんと!? やったぁ! リリィさん大好き!」


 リースはまるで花が咲いたかのような、今日一番の笑顔を見せる。

 リリィもまた嬉しそうに頬を緩めていた。


「ああああああ!? そんなクソつまんねーとこ行ってどうすんだ!? てめえ気は確かかゴラァ!」

「っええい、貴様はもう少しくらい本を読め! リースを何歳だと思っているんだ!?」


 不満たらたらなアニキに向かって怒号をぶつけるリリィ。

 これだけ小さな子が本好きというのは相当稀有な存在だが、1冊も本を読まない大人というのもなかなかに珍しい。


「そ~だよアニキさん。一緒にご本読も? ね?」


 リースは困ったように眉を寄せ、アニキに対して言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 アニキは一瞬にしてその体内温度を上げ、これまでにないほどシャウトした。


「子ども扱いすんじゃねえええ! 俺ぁ本とか字とか読んでっと頭痛くなんだよ!」

「威張るな馬鹿者!」


 “なんかぶん殴りてえええええ!”と大空に向かって吼えるアニキと、呆れたように怒鳴るリリィ。

 半裸赤髪男と全身黒尽くめ剣士の掛け合いは、周囲の旅人たちをさらに遠ざけていった。

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