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第198話:長い長い、夜の始まり

 やがて日が落ちた頃、料理の並んだテーブルを挟んで母とセラは座っている。

 セラは椅子から投げ出した足をぷらぷらと動かしながら、期待の篭った瞳で母を見つめた。


「ね、おかあさん。おとうさん帰ってきたら、よろこんでくれるかなぁ?」


 セラは輝く瞳で母を見つめ、首を傾げながら質問する。

 そんなセラに笑顔を返しながら、母は優しい声で返事を返した。


「もちろん、大喜びよぉ。もしかしたら泣いちゃうかも」

「ええ~? 変なの~」


 セラは楽しそうに笑いながら返事を返し、父の帰りを待ち続ける。

 やがて星の輝きが強くなってくると、家のドアが開く音がした。


「あら、帰って来たみたい。セラはここにいて、お父さんが入ってきたら?」


 母は椅子から立ち上がりつつ、セラに向かって言葉を紡ぐ。

 そんな母の言葉を聞いたセラは、事前に聞いていた事を思い出し、満面の笑みを浮かべながら返事を返した。


「たんじょうびおめでとーっ! って言う!」

「ふふっ……そうだけど、声が大きいわぁ。お父さんに聞こえちゃったかもね」


 母はセラに向かってウィンクを落とすと、静かにするよう口の前で人差し指を一本立て、玄関へと走っていく。

 セラはそんな母を見送ると、声を出したくなる口をその小さな両手で押さえ、わくわくする心を必死に抑えた。

 部屋の入り口をじっと見つめ、ぱたぱたと両足を動かしながら父の登場を待つセラ。

 ―――しかしいつまで待っても、父は部屋の中に入ってこない。

 不思議に思ったセラは椅子を降り、とことこと玄関に向かって歩き出した。


「おとうさん?」


 セラは頭に疑問符を浮かべながら、玄関に向かって進んでいく。

 やがて玄関前の廊下に出て玄関へと視線を向けると、そこでは父が倒れ、母が見知らぬ男に羽交い絞めにされていた。


「んんっ! んんんーっ!」


 セラの姿を見た母は涙を溜めながら声を荒げるが、男によってその口を塞がれ、うまく言葉にすることができない。

 やがてその男の後ろから灰色の翼をした男達がぞろぞろと玄関から家に入り、セラを見つけるとその目を輝かせた。


「おっ、娘も金髪で可愛いじゃねーか。ついでにやっちまおうぜ」

「おい! 娘は俺が最初って決めてただろ!?」

「喧嘩すんなよ。母親の一発目はお前に譲ってやるから、それで我慢しとけ」


 男達は下種な笑いを浮かべながら、ゆっくりとセラに向かって近づいてくる。

 セラは倒れている父と掴まっている母を交互に見つめるが、状況が理解できず、その場を動くこともできない。

 やがて男達がセラに近づいていくのを見た母は一層暴れて声を荒げるが、その声が言葉になることはない。

 気付けばセラは灰色の羽をした男達に囲まれ、絡みつくような視線をその身体に受けていた。


「大丈夫だよぉ、お嬢ちゃん。すぐに気持ちよーくなるからねぇ」

「っ!?」


 セラは目の前に突然現れた大きな手のひらに驚き、一瞬身体を硬直させる。

 男達はそんなセラの姿を見ると嬉しそうな笑みを浮かべ、次々とその手をセラに向かって伸ばしていった―――






「あ……あ……」


 セラは白く大きなベッドに横たわり、窓から差してくる日の光を浴びながら、言葉にならない声を発する。

輝いていた瞳は光を失い、ぼうっと中空を見つめるだけ。

 その全身には粘液がへばりつき、強烈な悪臭が鼻をつく。

 光を失ったセラの視線の先ではまるでゴミのように母と父が捨てられ、その下では花のように赤い血溜まりができている。

 部屋の中はセラひとりで、誰の気配も感じない。

 倒れている母の衣服は乱れており、セラと同じように粘液に浸されている。

 元々頭の良かったセラは、すぐにその状況を理解した。

 もう母も父も、自分に触れてくれないのだということを。

 自身の身体の芯に残った嫌悪感と痛みは、ずっと消えることはないことを。

 セラはすぐに全てを理解し、ゆっくりと上半身を起こす。

 やがて右手を空中に持ち上げると、指先から落ちる粘液が一定のリズムで落下していることに気付いた。


「…………」


 セラは光を失った瞳で、その落下を見つめ続ける。

 いつのまにかセラの指先から落ちる粘液は空中で突然消失し、遠くの床へと落下するようになった。

 それを見たセラは両目を見開き、再び粘液に集中する。

 するとやはり粘液はベッドに落下する前に消失し、遠くの床の上に落下している。

 そんな粘液を見たセラは別次元の何かを理解し、そして壊れたように笑いを響かせた。


「あはっ……あははははっ……!」


 セラは光の無い瞳で粘液を自由に消失させ、別の場所に自由に転送する。

 壊れたセラの笑いは、日の光に包まれた部屋の中に響き続けて。

 長い長い夜の到来を、セラの瞳の中に刻み込んでいた。

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