第197話:母との時間
「おかあさん! ただいまー!」
セラは両手に大量の食品を抱えながら、ふらふらと玄関を進んで声を張り上げる。
そんなセラの声を聞いた母は、調理途中の料理を一旦置き、付けていたエプロンで手を拭うと、玄関まで迎えに走った。
「セラ、おかえり~……なにごと!?」
「おかあさーん。なんかね、みんないろいろくれたの」
果物の盛り合わせのおつかいを頼んだ娘が、何故か肉や魚まで大量に持ちながらふらふらと帰ってくる。
セラの母は口元に手を当ててその様子に驚きながら、慌ててセラへと駆け寄った。
「くれたって……すごいわねぇ。後できちんとお礼しに行かなくちゃ」
母はふらつくセラを見て即座にその荷物を持ち、部屋の中へと運び入れる。
ようやく大荷物から開放されたセラは、痺れた両手をぷらぷらさせながらそんな母の後ろを追いかけた。
「市場のみなさんこんなにサービスしてくれて、大丈夫なのかしらぁ。私が買い物に行っても沢山おまけしてくれるし、何だか悪いわねぇ」
母は困ったように眉を顰めながら、食べ物が痛まないように魔術機構で動く冷蔵庫へとそれを入れていく。
セラはとことこと歩いてキッチンまで行くと、ぐーっと背伸びをして蛇口をひねり、出てきた水で丁寧に手を洗った。
「あら、ちゃんと手を洗って偉いわねぇ。セラは本当にお利口さんなんだからぁ」
「えへへ……うん!」
母は優しい手つきでセラの頭を撫で、にっこりと微笑む。
そんな母の笑顔を見たセラは、歯を出してにいっと笑った。
「あ! おかあさん、それって今日のごはん!?」
まな板の上に置かれた調理途中の材料を見たセラは、キラキラとした瞳でそれを見つめ質問する。
母はぴんと立てた人差し指をまるで魔法のステッキのように振りつつ、ウィンクしながら返事を返した。
「そうよぉ。今日はお父さんの誕生日なんだから、頑張ってご馳走作らなきゃね♪」
「わぁぁ……!」
“ご馳走”という言葉に反応し、さらにその瞳を輝かせるセラ。
そんなセラの様子を見た母は自身の腰に手を当てながら、さらに言葉を続けた。
「はい! ではお利口なセラさん。これからセラさんは何をすればいいでしょうか!」
母はセラへと顔を近づけながら、楽しそうに質問する。
そんな母の言葉を受けたセラは「んー……」と人差し指を顎に当てて首を傾げると、やがて手を勢い良く挙げて答えを返した。
「はい! おりょうりで疲れたおかあさんの肩をたたきます!」
「んんーっ……嬉しいけど、違います! 外から帰ったら手洗いとぉ……後は?」
「うがいー!」
「その通りぃ! セラさんだいせいかーい♪」
母は嬉しそうに笑いながら、再びセラの頭を優しく撫でる。
セラはその手の感触を感じるとくすぐったそうに笑いながら、気持ちよさそうにぱたぱたと背中の羽を動かした。
やがてセラがうがいを終えると今度は母が水道を使い、準備していた野菜を洗っていく。
その様子を見つめていたセラは、魔法のように料理の工程を進めていく母の手をキラキラとした瞳で見上げていた。
「ん? どうしたのセラ。おなか空いちゃったぁ?」
隣から視線を感じた母は、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる。
そんな母の言葉を聞いたセラは、ぶんぶんと顔を横に振りながら返事を返した。
「んーん。あのね、今日は私もお手伝いしたいな……って」
セラは身体の前で両手の指先を合わせると、もじもじしながら伺うように言葉を紡ぐ。
そんなセラの言葉を聞いた母は、驚きながら返事を返した。
「お手伝いって……料理のお手伝いってことぉ?」
母は膝を折ってセラと視点の高さを合わせ、首を傾げながら質問する。
そんな母の言葉を受けたセラは、こくりと頷くと返事を返した。
「うん。今日はおとうさんのたんじょうびだから、私もごちそうを作ってあげたいの」
セラはもじもじと両手を合わせながら、上目使いになって母へと言葉を紡ぐ。
そんなセラの言葉を聞いた母は、困ったように眉を顰めた。
「そうねぇ。お手伝いしてもらいたいのは山々なのだけれど……ここからは包丁も使うし、セラにはまだ早いかしらぁ」
せっかく娘がやる気になっているのだから、この機会に料理を教えてあげたいという気持ちはある。
しかしここからの工程は包丁や火も使うため、それなりに危険もあった。
母はどうしたものかと、自身の頬に片手を当てながら眉を顰める。
「あぅ……だめ?」
「うっ……」
セラは少しだけ涙目になりながら、母の顔をじっと見つめる。
その瞳に射抜かれた母はさらに眉をひそませると、やがて小さく息を落としながら言葉を紡いだ。
「そうねぇ……じゃあセラには、盛り付けをお願いしようかな。そこまではお母さんがやるけど、それでもいい?」
母はにっこりと微笑みながらセラの頬を両手で包み、真っ直ぐに瞳を見つめながら言葉を紡ぐ。
そんな母の言葉を聞いたセラは、両頬を包まれながらこくこくと頷いた。
「ふふっ。じゃあお母さん、頑張っちゃおうかなぁ。セラはお皿とか出しておいてくれる?」
「ん! わかった!」
やがて母の両手から解放されたセラはとことこと食器棚まで歩き、適当な大きさのお皿を出してせっせとテーブルに並べていく。
一生懸命なセラの姿を見た母はその目を細めて微笑み、やがて水が出しっぱなしだったことに気付いた。
「あら、あらあらあら。いけないわぁ」
母は慌てて蛇口をひねって水を止め、ふと水道の横に置かれていた果物の盛り合わせに視線を移す。
あれだけ大量の荷物を持ちながら、肝心の果物にはへこみの一つもできていない。
果物の盛り合わせが父の好物だと、セラも理解している。だからこそあの小さな身体で賢明に荷物を運び、果物を傷つけずに帰って来たのだろう。
「……頑張ったね、セラ」
一生懸命お皿をテーブルに並べているセラを遠目に見つめ、にっこりと微笑みながら目を細める母。
やがてセラは母に止められるまでお皿を並べ続け、テーブルの上はお皿でいっぱいになるのだった。