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第195話:伸ばしたその手は届かない

 リリィは街道を駆け抜け、すぐにあの時の崖へと到着する。

 しかし崖に到着したリリィは、自身の息が上がっていることに気が付いた。


『くそっ……かなり身体がなまっている。それに、エネルギー不足も深刻だな』


 我ながら向こう見ずな行動をしてしまったと思うが、仲間の命が危険にさらされるとわかったら、動かずにはいられない。

 ましてセラの実力は、自分が一番良くわかっている。

 リリィはごくりと喉を鳴らしながら目を閉じ、その精神を集中させた。


「……いるんだろう? 気配を消しても無駄だ」

「ふふっ、さすが剣士さん。さすがねぇ」


 セラはいつのまにかリリィの背後でその翼を羽ばたかせ、空中に浮遊した状態でリリィを見下ろす。

 そんなセラに顔を向けながら、リリィは小さく息を落とした。


「わかるさ。それだけ血の匂いがこびりついていれば、嫌でもな」


 リリィは真っ直ぐにセラを睨みつけ、言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの瞳を見たセラは、胸の下で腕を組みながら返事を返した。


「あら、そう? これでもお風呂には気を使っているのだけど」

「血の匂いは簡単には取れんさ。特に、他人の血の匂いはな」


 セラと会話をしながらも、徐々に戦闘モードへと意識をスライドさせていくリリィ。

 その気配をセラも感じ取り、異空間から大鎌を取り出すとそれを回転させた。


「悪いが今日は、余裕がない。速攻でいかせてもらうぞ」

「ふふっ……奇遇ねぇ? 私も今ちょっと、余裕がないの」


 セラはここ数日自身の脳裏に浮かんでくるリースの青い瞳を振り払うように、妖しい笑顔を浮かべながら眼下のリリィへと集中する。

 やがてリリィが半歩セラに近づくと、セラは即座に空間を歪めてリリィの背後へと自身の身体を転送した。


「悪いけど、終わらせるわ……っ!」


 完全に不意を突いた形になったセラは、迷うことなくその大鎌を振り下ろす。

 しかしリリィはセラに背中を向けたままガントレットを自身の上に突き出し、その大鎌の刃を受け止めた。

 いつのまにかリリィの背中には黒い羽が生え、背中側の腰骨の辺りからは、黒光りする鎧のような尻尾が生えている。

 リリィは背後にいるセラへとその赤い瞳をギロリと向け、そして言葉を発した。


「……言っただろう。速攻でいかせてもらうと」

「っ!?」


 リリィの射抜くような視線を受けたセラは、即座に自身の身体を上空へ転送し、リリィをその眼下に置く。

 しかしセラの瞳に映るリリィはその身体を一瞬で消失させると、いつのまにかセラの背後へと移動していた。


「知ってるよ……空間を操るんだろう?」

「っ!?」


 一瞬で背後に回りこまれたセラは咄嗟に自身の背後の空間を歪めようとするが、それより一瞬早くリリィの拳がセラの大きな翼を捉える。

 リリィの拳はセラの翼に直撃し、セラは咄嗟に身体を回転させてその衝撃を逃がすが、すぐに地面に向かって落下した。


「ウォーレンは確かに、戦闘においては驚異的な種族だ。しかしその大きな翼は同時に、大きな的にもなる」

「くっ……」


 逆に上空から見下ろされる形になったセラは自身の翼のダメージが深刻であることを察知し、悔しそうに奥歯を噛み締める。

 しかしリリィはそんなセラに構うことなく、さらに拳と爪撃を繰り返した。


「オオオオオオオオオオオオ!」

「……っ!」


 一瞬で地上に降り立ったリリィは咆哮を上げながら、連続してセラに向かって攻撃を繰り返す。

 セラはその度に空間を歪ませ、リリィの攻撃をかわしていた。


「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ……」


 セラは一度大きく自身の身体を後方へと転送し、リリィを睨みつけながら乱れた呼吸を整える。

 リリィは少しずれたガントレットの位置を直しながら、そんなセラへと言葉を紡いだ。


「ウォーレンは翼を持つ種族だ。しかしそれゆえ地上を走るということをほとんどせず、足が若干退化している。つまり今のお前に残された回避方法は、空間を操る能力だけということだ」


 リリィはセラの動き全てに注意しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの言葉を受けたセラは、かろうじて微笑を浮かべながら返事を返した。


「っ……それは、どうかしらぁ? 足の使えるウォーレンだっているし、私が空間を操る限り、あなたの攻撃は当たらないわぁ?」


 セラは自身の呼吸を少しでも整えるため、乱れた呼吸を抑えながらリリィに向かって言葉を返す。

 しかしリリィはそんなセラの心中を看破し、一瞬で互いの距離をゼロにすると、セラの目の前で赤い両目を見開いて言葉を続けた。


「そうか。ならば……かわしてみろ」

「っ!?」


 一瞬にして距離を詰められたセラは動揺しながらも、ほとんど反射的に空間の能力を発動し、その身体を後方へと転送する。

 しかしすぐにリリィはその距離を詰め、何度も拳と爪撃をセラに向かって打ち出した。

 攻めるリリィと、回避するセラ。

 その構図は延々と続き、能力を多用した副作用からか、セラの顔から血の気が引いていく。

 しかしそれはリリィも同じことで、いつのまにかリリィの呼吸も大きく乱れ、その顔から血の気が引いていた。

 やはりずっと寝たきりだったブランクと食事を取っていないハンディは大きくリリィの体力を消耗させ、その身体から普段の力を引き出せずにいた。


「ふふっ……あなた、も。限界なんじゃなぁい?」

「そっち、こそ。意地を張るのはよせ……」


 二人はお互いに息を切らせながら、その視線を強く交差させる。

 恐らく次の一撃が、この戦いを決するだろう。

 そんな予感が二人の間に走り、ピリピリとした空気がその場を支配する。

 リリィはすり足で徐々に距離を詰め、セラは疲労によって震える足をかろうじて動かしながら、その分後ろへと後ずさる。

 しかしそんなセラの背中に突然、ロープの感触が走った。


「どうやら、詰みのようだな。お前の負けだ」

「……っ!」


 セラの背後には巨大な崖が控え、その先は急流の川となっている。

 翼を使って飛翔しようにもリリィの拳によって片方の翼は折れ、とても飛べるような状態ではない。

 かといって空間を歪めるには、疲労が蓄積しすぎていて上手く集中できない。

 絶対絶命なその状況だが、それでもセラは妖しく笑って見せた。


「ふふっ……どうかしら。試してみたらぁ?」


 セラは額から一滴の汗を流しながら、体勢を低くしてリリィの動きを注視する。

 そんな二人の間を駆け抜ける、一陣の風。

 その風が吹き抜けたその瞬間、リリィはその目を見開き、疲労しきった両足を動かすと、セラに向かって駆け出した。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアア!」


 リリィはセラの身体を引き裂くべく右手を身体の後ろに引き、身体に残った最後の力をその一撃に込める。

 そんな一撃に覚悟を決めたセラが、その両目を閉じた瞬間―――金色の風が、二人の間に割って入った。


「だめ、だあああああああああああ!」

「「っ!?」」


 突然割って入ってきたリースに驚き、同時に目を見開くリリィとセラ。

 するとその刹那、リリィの力強い踏み込みに反応し、セラとリースの足場が大きく崩れる。

 リースは驚いたように目を見開き、しかし無言のまま空中へと投げ出される。

 セラは奥歯を噛み締めながら空間を歪めようと意識を集中させるが、どうしても上手くいかず、リースと一緒に崖下へと落下していった。


「っ!? リース! リィィィィィィィィィス!」


 リリィは最後の力を振り絞って右手をリースに向かって伸ばすが……その手はリースの身体を捉えることはなく、そのまま空を切る。

 リリィの赤い瞳に映った、空中に投げ出される二人。

 奥歯を噛み締めてリリィは飛び出そうとするが、疲労によってその足は動かず、ただ伸ばした右手を動かすことしかできない。

 セラは落下していく中でゆっくりとその両目を閉じると、諦めたように全身から力を抜く。

 しかし自然落下するセラを見たリースは、自身の中にある力を振り絞って、セラに向かってその小さな手を伸ばした。


「くっ……とど、けぇ……!」


 リースはその手でセラの腕をしっかりと掴むと、そのままセラの身体を引き寄せて庇うように抱きしめる。

 リースの胸に抱き寄せられる形となったセラは、その暖かさに少しだけ目を開いた。


『あれ……この感じ、知ってる。いつか、ずっと昔に、私は―――』


 セラはリースの暖かさに触れると安心したようにその目を閉じ、耳の中に響く風の音だけを感じていく。

 やがてセラを庇ったままリースは川へと落下し、川底深くまで二人の身体は沈んでいく。

 そんな中セラは水の音を感じながら、遠い記憶の中へとその意識を溶け込ませていった―――

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