第192話:リースの迷い
「っ!? リリィさん! リリィさんは!?」
リースは突然ベッドから起き上がり、キョロキョロと辺りを見回す。
やがてその視界で穏やかに眠っているリリィを視認すると、安堵のため息を落とした。
「気付いたか、リース。大変だったみてぇだな」
起き上がったリースの横で、壁に背を預けているアニキが言葉を発する。
そんなアニキの言葉を受けたリースは、申し訳なさそうに俯きながら返事を返した。
「ごめん、アニキさん。あんなに修行に付き合ってもらったのに……僕、何の役にも立てなかった」
リースは自身の掛け布団を強く握り締め、悔しそうに歯を食いしばる。
そんなリースの姿を見たアニキは右手を伸ばすと、リースの頭にぽんっと手を置いた。
「気にすんな。おめえは今できることを全部やったんだから、とりあえず胸張っとけ」
「アニキさん……」
小さく笑いながら言葉を発するアニキを、涙目になりながら見上げるリース。
やがてアニキは足を一歩前に踏み出し、部屋を出ようと歩みを進めた。
「ま、とりあえずメシだな。今持ってきてやるよ」
アニキは部屋のドアに向かって、ゆっくりと足を進めていく。
しかしリースはそんなアニキの動きを遮るように言葉を発した。
「あっ……待ってアニキさん。リリィさんは大丈夫? 眠っているだけだよね?」
リースは心配そうに眉を顰め、アニキに向かって質問する。
そんなリースに対し、アニキは即座に返事を返した。
「心配すんな。医者に診てもらったが、しばらくすれば目を覚ますってよ」
アニキはリースからの質問に答え、にいっと笑いながら腕を組む。
そんなアニキの言葉を受けたリースは安堵のため息を落とすが―――今度は難しそうな顔をして、俯いてしまった。
深刻な様子のリースを見たアニキはその足を止め、真剣な表情を浮かべながらリースへと向き直った。
「……なんか、気になることがあるみてぇだな」
核心を突くアニキの言葉に驚き、目を見開くリース。
射抜くようなアニキの視線を受けたリースは、眉を顰めながら言葉を紡いだ。
「うん。リリィさんを襲った人……多分殺し屋さんで、悪い人だって自分でも言ってたんだけど―――なんだか、信じられないんだ」
「信じられない?」
アニキは頭に疑問符を浮かべながら、リースに言葉の続きを促す。
そんなアニキの言葉を受けたリースは、俯きながら言葉を返した。
「うん。その人の眼を見た時、なんだか凄く悲しくて……寂しそうに見えたんだ。リリィさんを殺そうとした悪い人なのに―――僕、おかしいよね」
「…………」
リースの言葉を受けたアニキは腕を組みながら、何かを考えるように俯き、一点を見つめる。
やがてゆっくりと顔を上げると、先ほどより少し強い口調でリースへと言葉を発した。
「別に、おかしくねぇさ。おめぇがそう感じたんなら、それはそれで正しいんだろう。問題は“これから何をするか”じゃねえの?」
「これから、何をするか……」
リースはアニキの言葉を繰り返すと頭の中で反芻させ、真剣な顔をしながら眉間に皺を寄せる。
そんなリースの姿を見たアニキは、小さく息を落としてさらに言葉を続けた。
「何が正しいかなんて、考えたってわからねぇさ。まして、他人に決めてもらうもんでもねえ。問題はおめぇが何をしたいか、何をすべきだと思ってるかだ」
「…………」
アニキの言葉を受けたリースは、真剣な表情でその顔を上げる。
真っ直ぐに輝くその瞳を見たアニキは満足そうに笑い、そして言葉を続けた。
「いいか? リース。てめぇの前にどうしても許せない奴がいて、どこかの誰かがそいつのために泣いていたなら……その手を握った拳を、前に突き出せ。てめえの全てをかけてでも守ってやりたい奴がいて、そいつが目の前で泣いていたなら……その手を開いて、そいつに差し出せ。それさえ続けてりゃ、いつかてめぇの胸にてめぇだけの”正義”が宿るさ」
アニキは悪戯に笑いながら、促すような声で言葉を紡ぐ。
そんなアニキの言葉を受けたリースは自身の小さな右手を見つめ、言葉を落とした。
「僕の。僕の中の正義……か」
リースは掛け布団の上に掲げられた自身の手のひらを見つめ、セラの悲しそうな瞳を思い出す。
そんなリースを見たアニキはボリボリと頭を搔きながら、やがて部屋のドアに向かって歩いていった。
「ま、とりあえずメシだメシ。よく食ってよく眠れば、たいていの問題は答えが出ると思うぜ」
アニキはにいっと笑いながら、ドアの取っ手に手をかける。
リースは微笑みながら、そんなアニキに向かって大きく頷いた。
「うん! ありがとう、アニキさん。僕……ちゃんと考えてみる」
リースのお礼の言葉を受け取ったアニキは、ぷらぷらと片手を振りながら部屋を後にする。
やがてアニキの去った部屋には、眠っているリリィとリースだけが残された。
『殺し屋さん―――セラさんも、どこかで同じように眠ってるの、かな』
リースは窓から見えるオレンジ色の街灯を視界におさめ、セラのことを思い出す。
あの寂しそうな、青い瞳。
それに対する自分なりの答えを、見つけなければ。
リースは確かな決心を胸に秘め、微かに見える星空を力強く見上げていた。