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第189話:黒き竜の咆哮

 大鎌からは血が滴り落ち、赤く溜まった鮮血が日の光を浴びて微かに光る。

 出血量を見たセラはその目を伏せ、無言のままリリィの腹部に突き刺さった大鎌を支える。

 リースの瞳にはリリィの身体から流れる圧倒的な“赤”だけが映り、声なき声が口の端から漏れている。

 やがてセラが大鎌を引き抜くと、糸の切れた人形のようにリリィは地面に倒れる。

 リースがその顔を見つめると、目の中に光がないことを視認した。


「あ……あ……」


 リースは呆然としながら、小さな両手をリリィへと伸ばす。

 普段ならリースが泣いているだけで駆けつけ、その頭を撫でてくれた。

 しかし今はもう、冷たく横たわる身体が残るだけ。

 セラは少し寂しそうに目を伏せながらリースへと視線を動かし、その身体をゆっくりとリースの方へ向ける。

 そのまま大鎌を引き摺るように持ち、地面を削りながら一歩ずつリースへ近づいた。


「……っ」


 リースは近づいてくるセラの目を反射的に見つめると、何故かそこから視線を外すことができない。

 セラの瞳の奥は相変わらず寂しそうで、夜の砂漠のように冷え切っている。

 そんなセラの瞳を見ていたリースは、自然と涙を流していた。


「あ、あれ。あれ……?」


 リースの瞳から、とめどなく溢れる涙。

 一体何の涙なのか、自分でもわからない。

 ただ寂しくて、悲しくて仕方が無い。

 リリィが死んでしまった悲しみはもちろんある。今も胸の奥を締め付け、目の奥が熱くなり、狂おしいほどに感情が暴走している。

 でも、この涙は何だ?

 リリィが死んだ悲しみの涙は、熱く流れる。

しかしセラの瞳を見つめて流れる涙は、あまりに冷たい。

 リースはその心と頭を引き裂かれるような感覚に陥り、乱れた呼吸で近づいてくるセラの瞳を見つめる。

 やがてセラは大鎌の射程圏内にリースをとらえると、無言のまま眉を顰めた。


「…………」


 相手はただの少年。自分にとって、その命を刈り取ることなど造作もない。

 ……だとするなら、この鎌の重さは何だ?

 使い慣れているはずの大鎌が、今は異常に重く感じる。

 自分と同じ瞳の色をした、ただの少年。

 一目見た時からただならぬ何かを感じてはいたが、今はひとりの目撃者。

無論、殺さなくてはならない。

 なのに―――


「…………」


 セラの顔からはいつもの微笑が消え、無表情のままじっとリースの瞳を見つめる。

 リースの青い瞳を見ているとセラは身体がふわっと浮かぶような浮遊感に襲われ、不安と快感が同時にやってくる。

 セラは重い重いその大鎌の柄を両手で掴むと、何かを決心するように奥歯を強く噛み締めた。


「あっ……」

「…………」


 セラは無言のまま身体の後ろに引き摺っていた大鎌を持ち上げ、リースに向かって振りかぶる。

 大鎌はただ静かにその身体を浮かせ、幼い命を刈り取ろうと輝く。

 しかしリースの視線はいつのまにか、セラの背後で倒れているはずのリリィへ注がれていた。


「っ!?」


 その時セラは背後から強烈な気配を感じ、瞬間的にその場から跳躍する。

 空中で浮遊し振り返ったセラの視界には、フラフラと立ち上がったリリィの姿が映っていた。

 黒いマントは赤い血に濡れ、腹部からの出血はとくに酷い。

 しかし傷ついた脚の傷も、腹部の大きな傷からも、いつのまにか白い蒸気のようなものが立ち、焼けた鉄板の上で水が弾けるような音を響かせながらその傷を治癒していく。

 脚と腹部の傷が完全に癒えたリリィは、中空をぼうっと見つめていた。

 その視線は定まっていないが、瞳の中の光は戻っている。

 そんなリリィの姿を見たリースは、考える前に叫んでいた。


「リリィさん……リリィさん。リリィさんリリィさんリリィさん!」


 リースはセラのことでいっぱいになっていた自分の意識を取り戻し、立ち上がったリリィを、涙でぐしゃぐしゃになった顔で見つめてその名を叫ぶ。

 そんなリースの声を聞いたリリィは鮮血で赤くなった顔をゆっくりと上げ、小さく笑いながら返事を返した。


「呼んだ……か? リース」

「うん……! うん!」


 リースはボロボロと涙を流し、何度も何度も頷く。

 そんなリースを見たリリィは、微笑みながらゆっくりと青空を見上げた。


「そん、な……間違いなく、致命傷だったはずよぉ!?」


 セラは空中で翼を羽ばたかせながら、立ち上がったリリィを驚愕の表情で見つめる。

 そんなセラの言葉を受けたリリィはゆっくりと息を吸い込み、そして咆哮した。


「はあぁぁぁぁ……アアアアアアアアアアアアアア!」


 リリィは両手をだらりと下げたまま、青空に顔を向け咆哮する。

 低く腹の底に響くようなそれは、遠くの山々をも震わせた。


「っ!? ドラ、ゴン……!」


 セラの視界では咆哮するリリィの背後で、確かに黒き竜が天を仰ぎ、咆哮しているのが見える。

 やがてリリィの背中からは蝙蝠のような黒い翼が生え、背中側の腰骨の辺りから、鎧のように黒光りする尻尾が生える。

 まるでドラゴンと人が融合したような姿に“変身”したリリィは、両手を左右に広げてさらに咆哮を響かせた。


「アアアアアアアアアアアアアアア!」

「くっ……!?」


 リリィの咆哮は大地を震わせ、雲を裂き、空中を飛んでいるセラに圧倒的プレッシャーを与える。

 セラはそのプレッシャーに負けないよう奥歯を噛み締め、異空間から大鎌を取り出すと、その柄を掴んで回転させた。


「どうやったのか知らないけど……何度だって、殺してあげるわぁ」


 セラはリリィから発せられるプレッシャーに汗を流しながら、再び薄笑いをその顔に浮かべる。

 リリィは赤い瞳でそんなセラを射抜き……力強いその両足に、渾身の力を込めていた。

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