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第18話:行方不明者

「ふええ。デクスさんとアニキさんに、そんな過去が……で、今のお話の後、デクスさんはこのブックマーカーに来たんだよね?」


 リースはキラキラとした瞳でデクスを見上げ、ぱたぱたと楽しそうに足を振る。

 デクスは困ったように微笑むと、行儀の悪いリースの足に触れてやんわりとその運動を止めた。


「ええ。確かに、その通りですわ。もちろん一度、故郷に帰りましたが……あの時の父の顔は、今でも忘れられませんわ」


 デクスはため息を落としながら、中央管理室の天窓から見える大きな空を見上げる。

 胸元から下げた十字架は日の光を浴びて、鈍く輝いていた。


「あのあと家を勘当されて、なんとかこの街まで辿り着いて……本当に、地獄のような日々でしたわ。それもこれもみんな、あの男が無茶なことをしたせいです」


 デクスは当時のつらい経験を思い出したのか、眉間に皴を寄せてガラス張りの天井越しの空を見上げる。

 リースはそんなデクスの様子に焦り、あわてて言葉を紡いだ。


「あっ。で、でも、アニキさんがきっかけを作ってくれたおかげで、今ここで働いてるわけだし、そう考えれば……」

「それにしたって、他に方法があったはずですわ。家宝の十字架の下半分を溶かすなんて、明らかにやりすぎですもの」

「あう」


 リースは返す言葉もないのか、しょんぼりと俯き中央管理室の床を見つめる。

 その様子を見たデクスは我に返り、慌てて言葉を紡いだ。


「あ、いや、でも、確かに今は幸せですし、あの男への復讐も済みました。もう怒ってなどいませんわ」


 デクスは身振り手振りを交えながら、なんとかリースを立ち直らせようと言葉を紡ぐ。

 自分の昔話で子どもが落ち込むというのは、なんとも妙な気分だ。


「う……ほんと? それならいいんだけど……」


 リースは心配そうな瞳でデクスを見上げ、言葉を紡ぐ。

 そんなリースの表情に、デクスは一瞬だけ当時の自分を重ね合わせた。


「っと、ともかく、目的を自分で決めるのは大事という話ですわ! リースもこれからどうするべきか、自分自身で考えなければなりませんわよ」


 デクスは誤魔化すように微笑みながら両手を合わせ、少し慌てた口調で言葉を紡ぐ。

 リースはぽかんと口を開けてデクスの言葉を受けると、やがて勢い良く頷いた。


「あっ。うん、そうだね! 僕がんばる!」

「ふぅ……」


 デクスはなんとか綺麗にまとめ、小さくため息を落とす。

 ちょっとした昔話のはずが、随分と話し込んでしまったようだ。


「あっ、いけない。だいぶ時間がたってしまいましたわ。そろそろ別の仕事に移らなくては」


 デクスは頭の中に描いたスケジュール表を確認し、言葉を紡ぐ。

 先ほどのリリィのやる気から考えると、そろそろ仕事を片付け終わっている頃だろう。


「リース。わたくしはそろそろ行かなければなりませんわ。他に何か聞きたいことはありますの? 例えば、読んだ本でわからないところがあるとか……」


 デクスは太ももの上に乗せたリースの顔を覗き込み、質問する。

 リースは少し考え込むように空を見上げると、太陽のような笑顔と共に返事を返した。


「んーん、特にないよ。デクスさん、今日はたくさん教えてくれてありがとう」


 リースはデクスの上から飛び降りると、仰々しく頭を下げる。

 年齢と不相応なその姿に小さく笑いながら、デクスは言葉を返した。


「ふふっ、どういたしまして。きちんとお礼ができて、リースは偉いですわね」

「えへへ……」


 デクスは手の平でリースの頭を撫で、柔らかな笑みを浮かべる。

 しかし、太陽の光が強くなり、影の位置が移動していくのを見ると、血相を変えてリースを椅子へと下ろしてドアへと走っていった。


「いけないっ、そろそろ行かなくてはなりませんわ。リース、何か聞きたいことができたら、紙にまとめておきなさい! 後でわたくしが答えますわ!」


 デクスはファイルの束を抱えると、リリィがいるであろう“来館者管理室”へ通じるドアへと早足で歩みを進める。

 それでもヒールの音は規則正しく、当の本人が急いでいることなど、欠片も感じさせない。

 リースは幼心に、自分は今まで凄い人から教えてもらっていたのではないかと思っていた。


「あ、うん! わかった! ありがとうデクスさん! デクスさんの説明、すっごくわかりやすかったよー!」

「っ!」


 ぶんぶんと両手を振り、太陽のような笑顔でデクスを見送るリース。

 デクスはそんなリースの言葉を受けると、ドアを開けた瞬間、リースの方へ振り返り、一生懸命両手を振るリースの姿を見つめる。

 先ほどのリースの言葉を頭の中で反芻すると、自然と頬が緩んだ。


「ふふっ……」


 デクスはファイルで口元を隠し、小さく微笑むと、ドアの先へと歩みを進める。

 夕日の差し込むガラス張りの廊下には、軽やかなヒールの音と共に、楽しげな女性の鼻歌が響き渡っていた。







「おかしい。いや、そんなはずはないのだが……」


 世界図書館の一角“来館者管理室”で、リリィは書類の束をいくつも机の上に広げ、思案を続けている。

 この部屋は文字通り、世界図書館への来館者を管理するために作られた部屋であり、無数に置かれた本棚には、世界図書館創立当初から現在に至るまでの来館者の記録が保管されている。

 リリィはデクスからこの部屋の書類整理を頼まれ、整理自体は滞りなく完了していたのだが……


「やはりこの数値は、明らかにおかしい。来館者の数と比べて、退館者の数が少なすぎる」


 ここ数ヶ月の来館者・退館者のデータを見比べてみると、来館の申請者数に比べて、退館の手続きをした人数が明らかに少ない。

 つまり―――


「この世界図書館の中で、行方不明者が出ている……ということか?」


 リリィの背中に薄ら寒い気配が漂い、思わず肩を震わせる。

 見たことも無い、姿があるのかすらわからない化け物が、自らの背後を歩いているような、そんな感覚。

 リリィは冷たい汗を頬に感じながら、さらに調査を続けた。


「来館者と退館者の数が合わないのは……ちょうど半年ほど前からか。それよりもっと前からもズレはあるが、これは―――」

「あらリリィさん、意外ですわね。まだお仕事中ですの?」


 リリィの背後のドアが開き、デクスがひょっこりと顔を出す。

 遠くから響いてくるヒールの音で、デクスが来ることはわかっていたリリィは、特に動揺することもなく言葉を返した。


「いや、仕事はすでに完了している。だが……いや、ちょうどいいか。デクス、ちょっとこのデータを見てくれないか?」

「??? ええ、わかりましたわ」


 リリィに促されるままにデクスはリリィの元へと歩みを進め、机の上に広げられた書類を見渡す。

 数秒ほど書類に目を通したデクスは、すぐにその異変に気がついた。


「!? これは……来館者と退館者の数が、明らかにおかしいですわ。確かに以前から多少のズレはありましたが、それは―――」

「それは、時間的な都合で正式な退館処理ができない者がいて、やむおえ

 ず退館手続きをしなかったせいだろう?」


 リリィは顎の下に曲げた人差し指を当て、深く思考の海に潜りながら、言葉を紡ぐ。

 その言葉一つ一つを受けたデクスは両目を見開き、リリィを見返した。


「え、ええ。確かに、その通りですわ。各国の軍事関係者や要人は、緊急時の場合、退館手続きは免除されます。そのせいで来館者の数と、退館者の数が合わないのは、珍しいことではなかったのですけれど……」


 デクスは心なしか青い顔をしながら、目の前の資料を見つめる。

 確かにこれまでも、データに矛盾が生じることはあった。だが、半年前から現在までのデータを見ると……ここ数ヶ月は明らかに、その数が多すぎる。

 半年以上前には数人程度だった“ズレ”が、ここ数ヶ月の間に数十人以上にまで増加している。明らかに異常な数だ。


「しかしこれは、担当者にお灸を据えなくてはなりませんわね……この異常事態を放っておくとは、職員失格ですわ」


 デクスは湧き上がってきた頭痛を抑えながら、担当者の能天気な笑顔を思い浮かべる。

 リリィはもう一度机に広げたデータを見直すと、重い声色で言葉を紡いだ。


「いや。この異常は半年以上前のデータと丁寧に見比べなければ、到底発見できないだろう。確かに管理不足だとは思うが、今はそれより先にやるべきことがある」


 リリィは真剣な表情でデータを見つめ、両腕を組みながら考え込む。

 そんなリリィの真意を汲み取ったデクスは、胸の下で同じように腕を組んだ。


「確かに、そうですわね。まずはこの異常事態の原因を探ること……それが、わたくしの勤めですわ」


 デクスはズレた眼鏡を押し上げ、目の前の書類の山を睨み付ける。

 この時二人の心には、確かな決意が生まれていた。


「デクス。すまないが、この件の調査を手伝ってもらえないか?」

「リリィさん、ごめんなさい、この件の調査を手伝ってもらえませんか?」

「「えっ!?」」


 リリィとデクスはほぼ同時に同じ内容の言葉を紡ぎ、驚いた表情で同時に顔を合わせる。

 フードに隠されたリリィの表情を、デクスは知る由も無い。しかしその奥の真剣な瞳の輝きだけは、確かに届いていた。


「ふふっ。どうやらお互い、考えていることは同じようですわね」

「ああ、そのようだな」


 デクスは口元に手を当て、楽しそうに笑う。

 リリィも同じように微笑むと、目を細めた。


「ふう。しかし、問題はこの件をどう調べるか……ですわね。普通に考えれば、行方不明者が発生し出した半年前の情報を集めるのが一番ですが……」

「だが、“行方不明者”と“特例による退館処理免除者”を振り分けるだけでも、相当骨が

 折れるだろう。何せこの世界図書館の来館者は、一日だけで数千人以上だ」


 ただでさえ来館者が多く忙しいこの時期に、あまり時間のかかる調査方法は選択できない。

 本来であれば職員をかき集め、人海戦術でデータを洗っていくべきなのだが……


「残念ながら、今少しだけ手が空いているのは来館者対応担当の職員だけですわ。しかし彼等をこちらの調査に回してしまうと、来館者への対応が疎かになる可能性がある。そうなってしまっては、この世界図書館の存在意義を失ってしまいますわ」


 この世界図書館が最も基本とする理念は、「来館者が求める知識を最良の形で提供する」ということ。

 来館者対応担当の職員とは文字通り、来館者からの本に関する質問に答えるための職員たちのことであり、彼等に別の仕事を与えるということは、イコール来館者への対応不足を招くということになりかねない。

 先程デクスがリースへの対応を最優先としたのも、この理念を守った故の結果なのだ。


「そうか。ならば私とデクスの二人だけで、しかも短時間で結論を導き出さなければなるまい。まさか放っておくわけにもいかないだろうからな」

「ええ。しかし、一体どうしたら……」


 リリィとデクスはこめかみに指を当て、同じような仕草で考え込む。

 机の上の書類を見つめていたリリィは、方眉をピクリと動かすと、デクスへと向き直った。


「そうだ、デクス。半年ほど前に、何かこの図書館で異変はなかったか? どんな些細なことでも良いのだが……」

「半年前―――あっ!? いえ、でもこれは……」

「!? 何か思い出したのか!? 教えてくれ、デクス!」


 デクスは何かを思い出したように声を上げるが、すぐに口元を隠し、考え込む。

 リリィはそんなデクスの様子に何かを感じ、問いただした。


「あ、いや。確かに、事件はありましたし、その被害者に、話を聞くこともできます。ですが、これは……」


 デクスは視線を左右に泳がせ、眉間にシワを寄せる。

 リリィは一度息を落として呼吸を整えると、落ち着いた調子でもう一度尋ねた。


「頼むデクス。教えてくれ。被害者の話を聞けば、何か手がかりが掴めるかもしれない。あくまでこれは私の勘だが、この件は早期に解決しなければならないような……そんな気がするんだ」

「リリィさん……」


 デクスは真剣なリリィの声色を受け、息を飲む。

 確かに自分自身、感じていたのだ。この件は、ただのデータ矛盾だけではない。早期に調査しなければ、良くないことが起きるような、そんな予感を。

 やがてデクスは瞳を閉じて考えると、一つの結論を導き出した。


「―――わかりましたわ……半年前の事件はあまりに凄惨だったため、被害者の心の傷を考慮して詳しい話をこれまで聞かずにきたのですが……ここまで事が大きくなっているとなると、被害者に直接話を聞くしかないようですわね」


 デクスは眉間にシワを寄せ、真っ直ぐにリリィを見つめて言葉を紡ぐ。

 その真摯な瞳に迷いは無く、氷のような銀の髪は決意に揺れた。

「……すまない」


 無理強いするような形になってしまったことに罪悪感を感じ、頭を下げるリリィ。

 デクスは困ったように眉をひそめると、ズレた眼鏡を指先で押し上げた。


「謝らないでほしいですわ。これからリリィさんが会う人物に最もショックを受けるのは、わたくしではなく、リリィさんの方かもしれませんから」

「えっ?」


 デクスは視線を床に落とし、自らの体を抱きしめるように、胸の下で腕を組む。

 リリィはそんなデクスの言葉を受けると、被害者である人物を推察し、そして―――


「っ!? まさ、か……」


 頭に浮かんだ一人の人物の、笑顔を思い出す。

 デクスは無言のまま歩みを進め、来館者管理室のドアを開いた。


「……行きましょう、リリィさん。この件の原因を、突き止めなければ」

「…………」


 デクスはドアを開き、決意に満ちた瞳でリリィを射抜く。

 リリィはそんなデクスを見返すと、一瞬迷ったように視線を巡らせるが……やがて決意を秘めた表情で、ゆっくりと頷いた。


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