第188話:再会
「……また、ここに来てしまったのか」
気付けばリリィは一人、真っ暗な空間に立っていた。
冷たい風が吹くそこはリリィの身体を凍えさせ、背中に冷たい何かが走るような感覚を覚える。
リリィは腰元にあるはずの剣を抜こうとして、自身の腰に剣が無いことに気付く。
長年で染み付いた警戒心と習慣に困ったように笑いながら、リリィは顔を横に振った。
やがてリリィは真剣な表情で前を向き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そこに、いるのだろう? 姿を見せてくれないか」
『グルルルルルル……』
リリィの声に応えるように、突然赤い炎が目の前を照らす。
開けた視界の中に映るのは、赤い炎に包まれた黒きドラゴンの姿。
ドラゴンはその全身に銀色の太い鎖を巻きつけられ、身体の自由を奪われている。
赤い瞳は血走った状態でリリィを見つめ、この世界の全てを呪っているようにも思えた。
そんなドラゴンへと一歩踏み出し、リリィは尋ねる。
「教えてくれ。リースはあれから、どうなった? 私はもう、死んだのか?」
『グルルルルルル……ッ』
ドラゴンは、リリィの問いかけに答えない。
ただ唸り声を上げ、血走った眼でリリィを見返すのみ。
そんなドラゴンを見たリリィは悲しそうに目を伏せ、やがて言葉を続けた。
「すまない。宿主の私がふがいないせいで、お前まで殺されることになってしまった。お前は私の中でずっと押さえつけられ、閉じ込められていたのにな」
『…………』
ドラゴンの赤い瞳は、悲しそうに言葉を紡ぐリリィを映す。
やがてリリィは顔を上げ、力無く笑いながらドラゴンへと言葉を続けた。
「それに、以前会った時は本当にすまなかった。お前を利用し、“力”を手に入れることだけを考えて……今思えば私は、自分勝手なことばかり言っていた。本当に、ダメな宿主だ」
リリィは一歩ずつ歩みを進めてドラゴンに近づきながら、穏やかな声で言葉を落とす。
やがてドラゴンの口が届こうかという距離までリリィが近づくと、ドラゴンはゆっくりとその口をリリィへ近づけていった。
「私を食らうか……それも、いいだろう。腹の足しになるとは思えんが」
恐らくあの状況から考えて、自分はもう死んでいるのだろう。
自身の胸の中に鼓動を感じない。それを鑑みても状況は明らかだ。
それを察したリリィは、笑いながら両手を広げてドラゴンの口を待つ。
やがてドラゴンはその眼に力を込め、大きな口を開いてリリィの肩から上半身に向かって噛み付いた。
『グルルルル……ッ』
ドラゴンはリリィの身体に噛み付き、その顎の力を強めていく。
強靭なリリィの身体も、ドラゴンにかかればただの肉塊同然。
リリィは自身の身体から噴き出してくる鮮血を顔に浴びながら、やがて震える右手をドラゴンの口へと伸ばし、その硬い皮膚を撫でた。
「ごめん……本当に、ごめんな」
ドラゴンに噛み付かれながらリリィは、その口を手のひらで優しく撫でる。
その後もドラゴンは目を血走らせ、噛み付いた顎の力を強めていく。
リリィは自身の身体を貫く太い牙を感じながら、右手だけはずっとドラゴンの硬い皮膚を撫で続ける。
そうしてドラゴンを撫で続けたリリィだったが、血を失ったせいか、再び目から光を失っていく。
ドラゴンはリリィに牙を立て、顎の力を強めていたが……やがて優しい手が自身の口に触れていることに気が付いた。
『…………』
ドラゴンは自身を優しく包むようなその手の感触に目を細め、次第に顎の力を弱めていく。
やがてリリィの身体は、完全にドラゴンの牙から開放されていた。
「え……?」
いつのまにか開放されていることに気付き、呆然と目を見開くリリィ。
するとドラゴンは巨大な舌を伸ばし、リリィの身体を舐め始めた。
「わぷっ!? え、何を……あはははっ。くすぐったいぞ」
ドラゴンはその大きな舌でリリィの傷口を舐め、その独特の感触にリリィは笑いだす。
やがてドラゴンは赤く澄んだ瞳で、真っ直ぐにリリィを見つめた。
『グルルル……』
ドラゴンは唸り声を響かせるが、そこにはもう敵意は感じられない。
そんなドラゴンの声と瞳を感じ取ったリリィは、驚いた表情で言葉を紡いだ。
「許して……くれるのか? この私を」
『…………』
ドラゴンはリリィの言葉を肯定するように、一度大きくリリィの身体を舐める。
その感触を受けたリリィは、たまらず吹き出した。
「ぷっ……ふふっ。だからそれは、くすぐったいぞ」
『グルルル……』
ドラゴンは少し困ったように目を伏せ、唸り声を響かせる。
その姿にリリィは再び吹き出しそうになるが、それを微笑みに変えて、さらに言葉を続けた。
「ありがとう……なんだか、最後に少しだけ救われたような気がするよ」
リリィは優しい目でドラゴンを見つめ、その頭を丁寧に撫でる。
そんなリリィの手の温もりを感じ、ドラゴンは目を瞑ってその感触を受け入れる。
するとその瞬間、上空から白く強い光が差し込んできた。
「っ!? これは……なんだ。どうなってる?」
『グルルル……ッ』
眩しそうに目を細めて上を見上げるリリィと、そんなリリィへ唸り声を返すドラゴン。
リリィは右手を目の上に重ね、眩しそうに光の向こうを見つめる。
その眩い光に包まれたリリィは、その身体を少しずつ光の粒子へと変化させ―――
やがてドラゴンの前から、忽然と姿を消していた。