第187話:死神の鎌は命を刈り取る
「これでハッキリしたな。やはりこの女は敵だ! 下がっていろ、リース!」
「そんな……」
呼吸を乱して剣を構えるリリィの背中を見つめ、リースはゆっくりと後ろに下がるが、その眉は悲しそうに下がっている。
リース自身も……何がこんなに悲しいのかわからない。
ただセラというあの女性からは、敵意や殺意といった感情の他に、もっと強い“何か”を感じる。
セラの青く輝く瞳の奥は、とても暗く寂しい。
それはまるでひとりぼっちだった頃、部屋で膝を抱えていた時の自分のようで。
奇妙な親近感。孤独感の共有。
そんな何かを、リースはセラの青い瞳から感じ取っていた。
出来ることならもっと……話をしてみたい。
しかし現実は、そう思い通りにいくものではなく。
「ふふっ、さすが竜族さん。これじゃ私もちゃんとお仕事しなくっちゃ、逆に殺されちゃうわぁ?」
セラは手を伸ばそうとしているリースの心とは裏腹に、両手で大鎌を回転させながらリリィを挑発する。
リリィは奥歯を噛み締め、全神経をセラの動きに集中させた。
そんなリリィをあざ笑うようにセラは再びリリィの背後へと出現し、リリィの両足を薙ぐ形で大鎌を振るう。
リリィは背中に走った殺気を感知して咄嗟に跳躍するが、鎌の刃はリリィの足防具をとらえ、その隙間から肉を引き裂いた。
「あっぐ……!? あああ……!」
リリィは斬りつけられた足を押さえ、その場に転倒する。
赤く大量の鮮血が宙を舞い、その傷の深さを物語る。
そんなリリィの姿を見たリースは、声を荒げて一歩踏み出した。
「リリィさん!? リリィさん!」
「くっ……来るな、リース! 下がっていろ!」
リリィのもとへ駆け寄ろうとするリースを、青い顔になりながらも気迫の篭った表情で一括するリリィ。
その気迫に押されたリースは、鞄の紐を強く握りながらゴクリと唾を飲み込んだ。
「ふふっ、すごぉい。足を切断するつもりだったのに、ギリギリで回避したみたいねぇ? でも―――終わりじゃないわぁ」
「っ!?」
セラは薄い笑顔を浮かべながら、一瞬にして倒れているリリィの横へ移動し、再び大鎌を横に向かって振りぬく。
想定外の方向から飛んできた攻撃に、リリィは息を止めながら身体を起こして対処し、かろうじてガントレットで防御する。
しかし大鎌はガントレットの隙間を的確に縫い、再び深い傷をリリィの腕に与えた。
大きく散る鮮血が、辺りを血の色に染める。
セラはその血を身体に浴びながら、妖しい笑顔を浮かべ続けた。
「楽しかったわぁ、竜族さん。でも……次でおしまい」
セラは倒れているリリィに向かって、上段に大鎌を振りかぶる。
命が刈り取られる瞬間というのは、こうもあっけないものだろうか。
全てを諦めそうになるリリィだったが、視界の隅にリースの姿を認めると、かろうじて思考を回転させてこれまでのセラの動きを分析した。
『考えろ。さっきからこの女の動きは、どこかおかしい。確かにウォーレンは素早いことで有名だが、背後を取られたあの瞬間、移動するような仕草は見られなかった。ならば―――』
リリィは眉間に皺を寄せながら、近づいてくるセラを見上げる。
セラは上段に構えた大鎌の切っ先を、まるで断頭台のようにリリィへと振り下ろした。
その刹那―――リリィはその赤い両目を見開き、咆哮する。
「くっ……今一度でいい。うご、けえええええええええええ!」
「っ!?」
リリィは最後の力を振り絞り、もう動かないかと思われていた足を動かして素早く立ち上がる。
そしてその勢いのまま振り返り、セラに向かって下から上へと剣を振りぬいた。
セラにとっては、完全な不意打ち。リリィの剣は確実にセラの身体をとらえ、その刃はセラの血によって赤く染まるはずだった。
しかし―――
「なっ!?」
セラの白い肌を、斬り裂いたはずの一撃……そんなリリィの刃の先端が、無くなっている。
避けられたのではない。防がれたのではない。見切られたのではない。
ただ…………消された。
赤い鮮血に染まっていたはずの刃の切っ先は、セラの身体に触れる直前の空間で消え失せ、影も形も無い。
「ふふっ……凄いのねぇ、あなた。気まぐれで防御してなかったら、ホントにやられちゃってたかも」
セラはくすくすと笑いながら、驚愕に目を見開くリリィの瞳を見つめる。
その瞬間リリィは全てを理解し、声を荒げた。
「そうか、貴様。空間を……空間を操る能力者か!」
「だいせいかぁい。さすがねぇ?」
リリィの言葉を受けたセラは、にっこりと微笑みながら控えめな拍手を送る。
そんなセラを睨みつけるリリィだったが、その脚は限界を向かえ、やがてガクリと膝を折る。
血を失いすぎたせいか次第に両手からも力が抜け、リリィは持っていた剣を地面へと落とす。
膝立ちになって両手をだらりと下げたリリィを、セラは妖しい笑顔を浮かべながら見つめ……その青い瞳を一層輝かせた。
セラのその瞳は、リースの位置から見ることはできない。
しかしリースはセラの背中からただならぬ気配を感じ、気付けば声を荒げていた。
「り、リリィさん! 危な―――」
「ざぁんねん。もう遅いわぁ?」
「……っ」
いつのまにか振るわれていたセラの大鎌はリリィの身体を貫き、リリィの腹部からは大量の鮮血が噴き出す。
セラはいつのまにかリリィの横に立ちながら大鎌を支え、次第に目の光を失っていくリリィを横目で見つめた。
「あなた、強かったわぁ。きっと……忘れない」
「……っ!」
セラの言葉を受けたリリィは眉間に力を込めるが、もう両手両足に力は入らない。
段々と視界がぼやけ、世界があいまいになっていく。
そんな視界の向こうで叫ぶ、金色の何か。
それがリースだと気付いたリリィは、その方角へと片手を伸ばすが―――
やがて力尽き、その意識を手放した。