第185話:その出会いはやがて世界を破壊する
ワームサイドにある宿屋の前で、リースは二本の木刀を逆手に持ち、素振りを繰り返している。
もう長い期間続けているこの習慣は、リースにとって生活の一部となり、今ではやらないと落ち着かなくなってしまうほどだ。
最初は頼りなかった木刀の剣線も次第にしっかりと伸びる様になり、段々と手足のように木刀を操れるようになってきた。
リリィから手ほどきを受けていることもあるが、何よりリース自身には天賦の才があり、リリィもそれを認めていた。
アニキからも同様に格闘術の手ほどきを受けているが、そちらの修行もリースは欠かしていない。この素振りが終わったら、今度は拳を使った素振りの繰り返しが待っている。
そうしてリースが汗を散らしていると、唐突に宿屋の入り口のドアが開かれ、見慣れた黒いマントが視界に入った。
「あっ、リリィさん! 丁度良かった。ちょっと稽古付けてもらえないかな!?」
リースは息を切らせながらリリィに駆け寄り、太陽のような笑顔を見せて話し掛ける。
そんなリースの言葉を受けたリリィは、困ったように眉を顰めながら返事を返した。
「リースか。すまない、これからハンターの仕事があってな。モンスター退治を―――」
「モンスター退治!? 僕も行っていい!?」
リースはキラキラとした瞳になると、リリィの顔に向かってずいとその顔を近づける。
言葉を遮られる形で声を張られたリリィは、小さく息を落としながら返事を返した。
「ううむ……そうだな。今回は雑魚モンスターの掃討が目的だし、今のリースの実力なら丁度良いかもしれないが……」
とはいえ実戦では、何があるかわからない。
果たして修行途中のリースをモンスターと直接戦わせて良いものかと、リリィは思い悩んでいた。
そんなリリィの思考を読んだように、リースは声を張り上げる。
「だいじょぶだよ、リリィさん! ダークマターさんとの戦いだって僕無事だったし、簡単な仕事だからリリィさん一人で行くんでしょ!? だから、だいじょぶ!」
リースはぐっと両手を握り込み、鼻息をふんすと噴き出しながらドヤ顔で言葉を発する。
ちょっと間抜けなその様子にリリィは小さく笑い、一度息を落として返事を返した。
「ふふっ……そうか、そうだな。わかった、一緒に行こうリース。でも無茶はするなよ?」
リリィは促すような優しい声で、リースに向かって言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いたリースは、花咲くような笑顔を見せ、その場で飛び上がった。
「うん! ありがとうリリィさん! 僕、用意してくるね!」
リースはバタバタと自分の部屋に戻り、いつも斜めがけにしているお気に入りの鞄を引っ張ってくる。
慌てた様子で戻ってきたリースの頭にぽんっと手を置き、リリィは穏やかな声で質問した。
「随分慌てて来たようだが、忘れものは無いか? ハンカチとかタオルとか……」
「もうっ! だいじょぶだよぉ。それよりはやくいこっ!?」
「あっ……! お、おい、リース!」
リースは自身の実力が認められたことが嬉しいのか、ハイテンションでリリィの手を掴んで街の外へと引っ張っていく。
無邪気に笑うリースを見たリリィは困ったように眉を顰め、しかし小さく微笑みながら、その足を街の外へと運んでいった。
ワームサイド近くにある山の中を、リリィとリースの二人は慎重に進んでいく。
モンスターの襲来を警戒しているのはもちろんだが、歩いている道のすぐ近くに崖があり、落下の危険性も考えられるからだ。
一応ワームサイドにいるハンター達が落下防止のフェンスを作ってはいるが、ロープが張られただけの簡素なそれはあまりにも頼りない。
とはいえ森が開けているのはこの崖近くしかないため、旅人達はこの道を通るしかなかった。
元々問題視されていたこの道だが、最近は森の中に潜んでいるモンスターが旅人を襲い、崖下に落とされたり荷物を奪われるといった被害も多発している。
そんな状況下だからこそリリィのようなハンターにモンスター掃討の依頼が来たわけだが……リースは崖っぷちに立つと崖の高さを視界に収め、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あまり崖に近づくなよ、リース。崖の下に流れている川は急流で、落ちたらすぐに流されてしまう。そうなれば生存率はかなり低くなるだろう」
「は、ははは、だいじょぶだいじょぶ。全然平気だよ」
「顔が引きつってるぞ」
「へぁっ!?」
リリィに指摘されたリースは、自身の顔を両手で掴んでその頬を赤く染める。
ひとりの男子として、崖にビビッている表情はやはり見られたくないのだろう。
そんなリースの心中を察したリリィは、笑いながら言葉を続けた。
「はっはっは。いや、すまない。気のせいだったようだ」
「うぅ……もう、リリィさん! からかわないでよぉ!」
リースはその両頬をぷくーっと膨らませながら、リリィに向かって言葉をぶつける。
そんなリースの言葉を受けたリリィは、相変わらず笑いながら返事を返した。
「ふふっ。しかしまあ、用心するのは良いことだ。モンスターだっていつ出てくるかわからないからな」
リリィはポリポリと頬をかきながら、リースに向かって言葉を続ける。
そんなリリィの言葉を受けたリースは、こくりと頷きながら返事を返した。
「ん……そうだね。気をつけなきゃ」
リースは鞄の中に木刀が二本入っていることを確認し、ごくりと喉を鳴らす。
そこである疑問を感じたリースは、思いつくままにリリィへ質問した。
「あ、そういえばリリィさん。この辺りはどんなモンスターが出るの?」
リースは小さく首を傾げながら、隣を歩くリリィへと尋ねる。
至極当然な質問を受けたリリィは、少し考えた後で返事を返した。
「そうだな……鳥型のモンスターが多いと聞く。あとは―――っ!?」
「???」
会話中に突然言葉を詰まらせたリリィを、目を丸くしながら不思議そうに見上げるリース。
その直後リリィは何かから庇うようにリースのさらに横、崖ギリギリの位置に移動した。
突然身体を移動させたリリィに驚き、リースはぽかんと口を開け、言葉を発する。
「り、リリィさん。一体―――」
「しっ! 静かに。何か、来る」
リリィは真剣な表情になり、腰元の剣に手をかける。
そんなリリィの眼前に、一本の白い羽が舞い降りてきた。
「ん? ……っ!?」
突然上から落ちてきた羽を不思議に思い、上に向かって視線をスライドさせるリリィ。
するとその視界に突然、大きく躍動する白い翼と、金色の髪が映る。
セラはにっこりと微笑みながら、その細く美しい声を響かせた。
「ふふっ。姿を現す前に気配を察知するなんて、さすがだわぁ……」
セラは妖しい笑顔を浮かべながら、その背中に生えた白い翼を羽ばたかせ、ゆっくりとリリィ達の前まで降りてくる。
風に揺れながら輝く、金色の髪。
大きく広がった白い翼は、その髪に負けないほど美しく輝く。
まるで造形物のように整ったその顔には、妖しくも美しい微笑が浮かび、青い瞳は見ているだけで吸い込まれそうだ。
そんなセラの姿を見たリースはその美しさに目を奪われ、呆然としながら言葉を落とした。
「うそ。女神……さま?」
「ふふっ……さぁ、どうかしらぁ?」
セラはそんなリースの反応と言葉を受けると嬉しそうに笑い、一度大きく翼を羽ばたかせる。
相変わらず警戒した様子のリリィへ視線を向けることもなく、セラは真っ直ぐにリースを見つめ、自身と同じ青い瞳と視線を交わしていた。




