第183話:到着・港町ワームサイド
「うみだー!」
アスカは飛び跳ねるように駆け出しながら、波音の響く砂浜へと走っていく。
リリィは片手で頭を抱えながら、そんなアスカの姿を見つめた。
「街に到着早々これか。まったく落ち着きのない奴だ」
楽しそうに海へ駆け出していくアスカを見つめながら、ため息を落とすリリィ。
そのまま隣に視線を向けると、アニキが飛び跳ねながら砂浜へと駆け出していった。
「うおおお! うみだー!」
「海ですね」
「海……! 僕、初めて見たぁ!」
アニキ、イクサ、リースの三人も、アスカに続いて海に向かって駆け出していく。
リリィはそんな三人に驚きながら、慌ててその背中を追いかけた。
「ちょ、おい!? ああもう……!」
リリィは顔を横に振ると、走り出したみんなの後を追いかける。
やがて浜辺に到着すると、アスカがびしゃびしゃになりながら波に翻弄されていた。
「うおおおお! 波すげえええええ!」
「大自然に翻弄されている……というか服着たままだぞアスカ」
リリィは頭に大粒の汗を流しながら、ごろごろと波に転がされているアスカを見つめる。
やがてアスカはびしゃびしゃになった服を着たまま、リリィに向かって歩いてきた。
「やべえ! 海やべえ! 超楽しいんですけど!」
興奮した様子で鼻息を荒くし、両手をぐっと握り込みながら言葉を発するアスカ。
そんなアスカの姿を見たリリィは、悲しそうに眉を顰めながら返事を返した。
「それは何よりだが……多分後で後悔するぞ」
「???」
リリィの言葉の意味がわからず、首を傾げるアスカ。
そんなアスカの背後に浮かんでいるカレンは、海に飛び込む直前にアスカから預かった刀を抱きながら、困ったように笑って頷いていた。
そうしてしばらく砂浜で遊んでいた一行だったが……しばらくするとアスカが死にそうな顔でリリィに話しかけてきた。
「リリィっちー。身体ベタベタするー。きもちわるいー」
「言わんこっちゃない……海に服のまま入ってそのままにすれば、必然的にそうなるだろう」
リリィは小さくため息を落としながら、片手で頭を抱える。
そんなリリィを見たアスカは、ばたばたと両手を振り回しながら返事を返した。
「だってだって! 海とか超久しぶりだったんだもん! そりゃテンション上がるっしょ!?」
アスカは口を3の形にしながら、不満そうにリリィへと言葉をぶつける。
イクサと二人で大人しく砂の城を作っているリースを横目に見たリリィは、やがて冷めた表情で返事を返した。
「いや。子どもでしかも初めて海を見たリースでも、大人しく遊んでるんだが?」
「わぁ……ぐぅの音も出ませんわ」
リリィの的確な指摘を受けたアスカは、魂の抜けたような顔で瞳から光を失う。
そんなアスカを慰めようと、カレンは困ったように眉を顰めながらアスカの頭を撫でている。
今にも死にそうな表情をしているアスカを見たリリィは、ため息を落としながら言葉を続けた。
「はぁ。実はこうなるだろうと思って、あそこの小屋のシャワーを借りてある。着替えも買っておいたから、海水を流して着替えるといい」
リリィは道具袋から白いワンピースと下着一式を取り出し、アスカへと差し出す。
アスカはキラキラとした瞳になると、リリィに向かって飛びついた。
「うおぉ!? ありがとうリリィっち! 愛してる!」
「んだぁぁ! その身体で引っ付くな海水がつく!」
リリィは飛んできたアスカの頭を右手で押さえ込み、声を荒げる。
やがて地面に着地したアスカは、両手を頬に当てていやんいやんと身体をくねらせた。
「いやぁん、さすがリリィっち。あ、せっかくだから一緒にシャワーを―――」
「さて、私はリース達の様子を見てこよう」
「ああん、いけずぅ」
リリィはさっさと踵を返し、リース達の元へと歩いていく。
そんなリリィを見送ると「恥ずかしがることないじゃんか~」と口を3の形にしながら、アスカは一人シャワー室へと歩いていった。
一方リースとイクサは共に砂浜に座り込み、一緒に砂のお城を作っている。
手先の器用な二人が協力しているおかげか、中々の力作だった。
「ほう、これはすごいな。セレンブレイアの王城か?」
リリィは見覚えのある城の形を見て、リース達に向かって質問する。
二人は砂のお城を作りながら、それぞれ返事を返した。
「うん! 僕の故郷だし、一番形を覚えてるからね」
「私は資料写真を参考にお手伝いしていますが、中々の再現度かと思われます」
二人の言う通り砂の城はサイズこそ小さいものの、細部までこだわって作られており、セレンブレイアの王城を見たことのある者なら一目でそれとわかるほどだ。
リリィはにっこりと笑いながら頷き、言葉を続けた。
「なるほど、確かに良い出来だな。ところであの馬鹿団長はどうした?」
周辺にアニキの姿が無いことに気付いたリリィは、きょろきょろと周囲を見回すが、砂浜にアニキの姿はない。
そんなリリィの質問にイクサが答えようと口を開いた瞬間、海の中から巨大な水柱が上がった。
「うおっしゃああ! モンスターぶっ倒したぜぇ!」
アニキは水中にいた巨大モンスターをアッパーカットで空中へと打ち上げ、楽しそうに笑う。
そんなモンスターを見た周囲の人々は、口々に言葉を発した。
「おいあれ、この辺りのヌシって言われてるモンスターじゃないか!?」
「何者だあいつ!?」
「すげぇ……」
アニキは周囲の人々の声など欠片も聞こえておらず、空中に打ち上げたモンスターにさらに拳を叩き込んでいる。
そんなアニキを冷静な視線で見つめたイクサは、リリィに向かって言葉を続けた。
「あのように、マスターもこの海を堪能しています。ご安心ください」
「……そのようだな」
出来るだけ目立ちたくないと普段から言っているのに、さっそく視線を集めまくっているアニキを見たリリィは、がっくりと肩を落とす。
そんなリリィを見たリースは、わたわたと両手を動かしながら言葉を発した。
「あ、えっと、リリィさんも一緒にお城作らない? 楽しいよ!」
「……そうだな。あの馬鹿には後で説教するとして、私も楽しむとしようか」
慌てた様子で言葉を発するリースを見たリリィは、小さく笑いながらその場に腰を下ろす。
こうして一行は初めての海をそれぞれ堪能し、やがて日が暮れた頃、ようやく宿屋に向かって一緒に歩き始めるのだった。