第180話:風に導かれるままに
「あの、ウィルド……さん。いろいろありがとう」
「いーってことよ。お前らの旅の無事を祈ってるぜ」
ウィルドはにっこりと微笑みながら、柔らかな視線でリース達を見渡す。
その視界の隅にリリィの姿を認めたウィルドは、変わらず笑顔を浮かべながら口を動かした。
「そうそう、竜の娘。最後にもひとつ言葉を贈ろう。“なまくらな剣に、鞘はいらない”。よく覚えておきな」
「鞘……?」
リリィはウィルドの言葉の意味がわからず、疑問符を浮かべながら首を傾げる。
そんなリリィを見たウィルドは、微笑みながら言葉を続けた。
「今すぐにわからなくていい。来るべき時が来れば、自然と分かるだろう」
「…………」
にっこりと微笑んだウィルドの言葉を受け、リリィは無言でその思考を回転させる。
しかしその思考が答えにたどり着くその前に、ウィルドはさらに言葉を続けた。
「んじゃま、これでサヨナラだ。お前らの無事を祈ってるぜ!」
ウィルドは片手をポケットから出すと、パチンと指を鳴らす。
その瞬間リース達は突風に囲まれ、全員がその目を閉じた。
「ここ、は……」
「山の向こう、だな」
リリィは視線を周囲に送り、現在地を確認して小さく言葉を落とす。
ラスカトニアから出発し、越えようとしていた山は今では後方に映り、前方には微かに目的地である港町が見えていた。
「剣も、いつのまにか鞘に戻っている……マントもだ。まるで全て、夢だったようだな」
リリィの腰元にはいつもの重さが戻り、その身体はフード付きの黒いマントに包まれている。
リリィは目を見開きながら越えた山を見つめ、全て夢だったのかと言葉を落とした。
リースは首元に手を触れると……その指先にネックレスの感触があるのを確認し、にっこりと微笑む。
「ううん、夢じゃないよ。夢じゃ……ない」
リースはにっこりと微笑みながら山を見つめ、吹き抜ける風にその前髪を触れさせる。
風はいつのまにか爽やかに吹き抜け、一行の間を駆け抜けていった。
「よっし、それじゃ出発しよっか!」
「だな。いつまでもここにいたってしょうがねえ」
「了解しました」
ずんずんと歩き出したアスカに続き、アニキとイクサがその後ろを追いかける。
やがてリースは斜めがけした鞄の紐を掴みながら、そんなアスカ達を追いかけた。
「…………」
“なまくらな剣に、鞘はいらない”
ウィルドが残してくれた言葉が、リリィの頭の中で何度も反芻される。
リリィは眉間に皺を寄せながらウィルドのいた山を見つめ、その言葉の意味を考えていた。
「リリィさーん! 置いてかれちゃうよー!?」
立ち止まったリリィに対し、リースの高い声が響く。
その声に意識を取り戻したリリィは、慌てて踵を返した。
「あ、ああ! 今行く!」
リリィはリースへと返事を返し、その両足を前へと進めていく。
相変わらずその思考はウィルドの言葉を反芻させ、リリィの心に疑問を投げ続けていたが……
平原を吹き抜ける風は変わることなく、爽やかにリリィのマントを揺らしていた。