第179話:父から子へ
「……そう、か。私は―――負けたのだな」
「リリィさん……」
そっとリースを引き剥がしたリリィは、薄く笑いながら言葉を落とす。
ウィルドに傷が無く、自分は気を失っていた。
ならば、紡ぎだされる答えはひとつ。
リリィは自身の敗北を確信し、その目を伏せた。
「いやぁ? 完全な負けかって言うと、それがそうでもないんだな」
「ウィルド様……?」
ウィルドはポケットに両手を入れた状態で、笑いながらリリィへと近づく。
やがて膝を折ってリリィと視線の高さを合わせると、片手をポケットから出して自身のサンダルを指差した。
「ほら、な? 俺も無傷ってわけじゃねえよ」
「あっ……」
ウィルドに促されるまま視線をサンダルに向けると、そのサンダルの先端が微かに焦げていることが確認できる。
ウィルドは膝を伸ばして立ち上がると、笑顔で空を見上げながら言葉を続けた。
「俺の風でも、あのドラゴンブレスは散らしきれなかったみてえだわ。というわけで、俺の試練は見事クリアだな」
ウィルドはにいっと歯を見せて笑いながら、リリィに向かって言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたリリィは、ふらふらと立ち上がりながら返事を返した。
「で、ですが、私は意識を失っていました。それにその程度、傷とは―――」
「すとーっぷ! それ以上は言いっこなしだ。それとも、俺の判断に不満があるん?」
「い、いえそんな! めっそうもありません!」
「ならば良し! リリィちゃんごーかっく! あっはっはっはっは!」
ウィルドはポケットに手を突っ込んだ状態で、楽しそうに笑い声を響かせる。
そんなウィルドの姿を見たリリィは、つられるように小さく笑った。
「すまない……リース。リースの声は聞こえていたのに、私は私自身に勝てなかった」
リリィは悲しそうに目を伏せながら、リースに向かって言葉を紡ぐ。
そんなリリィの言葉を受けたリースは、不満そうに眉間に皺を寄せながら返事を返した。
「うーん。それは違うよ、リリィさん」
「えっ……」
リースの言葉に驚いたリリィは、その目を見開いて声を漏らす。
やがてリースは頭の後ろで両手を組み、悪戯な笑顔を見せながら言葉を続けた。
「リリィさんは試練に打ち勝とうと必死に戦った。そしてその結果、ちゃんと試練をクリアしたんだ。それでいいじゃない」
「リース……」
リースの言葉を受けたリリィは、その視界を潤ませる。
そんな二人を横目に見ながら、ウィルドはアスカとアニキへ向かって歩みを進めた。
「ま、これから大変かもしれんけど……頑張ってくれや。お前らだって既に人間の域は超えて強えから。大抵の困難はどうにかなるだろ」
ウィルドは歯を見せて笑いながら、アニキ達に向かって言葉を発する。
そんなウィルドの言葉を受けたアニキは、不満そうに返事を返した。
「へっ……強えっつっても、お前より弱いじゃねーか。たいしたことねえよ」
アニキは不満そうに眉間に皺を寄せながら、ウィルドに向かって返事を返す。
そんなアニキの言葉を受けたウィルドは、再び大口を開けて笑い出した。
「そっか。“俺より弱い”か。こりゃいいや。あっはっはっは!」
「ちっ……笑ってろ。そのうち追い越してやっからな」
楽しそうに笑うウィルドが面白くないのか、アニキはつまらなそうに返事を返す。
アスカは“強い”と言われたことがピンと来ない様子で、不思議そうに首を傾げていた。
「ま、これで俺の試練は終わりだ。そこでリース……旅立ちの前に、これを持っていきな」
ウィルドはクレーターの外にある泉に一瞬で移動するとその水を片手ですくい、ぎゅっと握り締める。
その手に握られた水は結晶体となり、ウィルドの手からぽいっと投げられたその結晶体は、やがてリースの両手へと渡された。
「わっと……これ、お水?」
「ああ。どんな傷や病気も治癒する力がある。本来は俺の前じゃなきゃ使えないんだが……その一滴だけは特別に許可する。持っていきな」
ウィルドはにっこりと微笑みながら、リースに向かって言葉を紡ぐ。
そんなウィルドの説明を受けたリースは、にっこりと微笑みながら結晶体を鞄の中に入れ「ありがとう!」と言葉を返した。
「あ、そうそう。あとこれもな。お前の母さんが昔作ったもんだ」
「ふぇ……これ、ネックレス?」
「おおぉ。きれぇだねえ……」
ウィルドは一瞬にしてリースに近づくと、自身の身に着けていたネックレスをそっとリースの首にかけ、その頭を撫でながらにっこりと微笑む。
リースの後ろからそのネックレスを見たアスカは、付けられた宝石の美しさに目を丸くし、思わず声を漏らしていた。