第178話:試練の果てに
「これ以上は世界を破壊するだけ……か。仕方ねえな」
『グオオオオオオオオオオオオオオオ!』
黒炎竜は攻撃を回避するウィルドに怒りを感じ、大量の涎を垂らしたその口で咆哮を響かせる。
そのまま口内にエネルギーを集中させると、再び黒い炎をウィルドに向かって吐き出した。
「あっぶ、ね……!」
ウィルドはポケットから右手を出すと、その手から突風を生成して自身の身体をスライドさせ、かろうじてドラゴンブレスを回避する。
そのまま高速で空中を進んだウィルドは、開かれた黒炎竜の口の下に回りこんだ。
「せっかく造った世界だ。そう簡単に壊すんじゃ……ねえ!」
『グッ……!?』
ウィルドは取り出した右手で拳を作ると、黒炎竜の顎にアッパーカットを打ち込む。
黒炎竜はその衝撃に意識を飛ばし、雲を裂きながら上空へと吹き飛ばされた。
『グッ……グオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
黒炎竜は空中を進みながら顔を横に振って意識を取り戻すと、怒りの咆哮を響かせる。
そんな黒炎竜を見たウィルドは、右手でぽりぽりと頬を搔いた。
「うっは……マジか。すげえ頑丈なヤツ」
困ったように眉を顰めながら、ウィルドは咆哮を響かせる黒炎竜を見上げる。
やがて小さく息を落とすと、一瞬で黒炎竜のさらに上空へと自身の身体を移動させた。
「仕方ねえ……頼むから、生きててくれよ!」
『グッ……!?』
自身の上に現れたウィルドに驚いた黒炎竜が顔を向けようとした刹那、その頭部にウィルドの拳骨が打ち込まれる。
その衝撃は凄まじく、巨大な黒炎竜の身体は一瞬にして地面まで落下し、王都ひとつ分はあろうかという巨大なクレーターを生み出す。
その衝撃波は地上を走り、リース達へと襲い掛かるが、その身体は風のシールドによって守られていた。
「ふぅ……やべえな。息はある、よな?」
ウィルドはポケットを両手に入れた状態で、ゆっくりと巨大なクレーターの中心へ降りていく。
そのクレーターの中心ではリリィが元の姿に戻り、その身体を横にして横たわり、意識を失っていた。
「リリィさん! リリィさん!」
「あ、おい、リース!?」
リースはアニキの言葉も聞かず、涙を散らしながらリリィに向かって走っていく。
アニキはボリボリと頭を搔くと、リースの後ろを追いかけた。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
「…………」
アスカとイクサもアニキと同じように、リースの後を追いかける。
やがてウィルドがリリィの傍に降り立つのとほぼ同時に、リース達もリリィの傍へと到着した。
「ウィルドさん……リリィさんは!?」
リースは心配そうな表情で、涙を散らしながらウィルドへと言葉を発する。
そんなリースの顔を見たウィルドは、困ったように眉を顰めながら返事を返した。
「すまん、リース。手加減してたらこの世界がぶっ壊れてた……でもまだ、息はあるはずだ」
ウィルドは真剣な表情で、ポケットから片手を出してリリィへと触れる。
その指先からは、微かな胸の鼓動が感じられた。
「意識は無く衰弱してるが、まだ生きてる。これならあの水で助かるな」
リリィの状態を看破したウィルドは、真剣な表情で先ほど自分が作った泉を見つめる。
巨大なクレーターの外にあるその泉は、今も変わらず透明な水を生み出していた。
「あ、アスカさん! 今すぐあの水を―――」
「はいさ! これかい?」
「あ、う、うん! ありがとう!」
アスカは一瞬で加速すると、泉から水を手ですくってリースへと差し出す。
リースはその速さに驚きながらもその水を受け取り、リリィの口へと慎重に運んだ。
「うう、ん……ここ、は?」
リースの手から水を飲み込んだリリィは、ゆっくりとその瞳を開き、ぼやけた視界のまま言葉を落とす。
そんなリリィの姿を見たリースは、涙を流しながら抱きついた。
「リリィさん……よかった! 気がついた!」
「わぷっ……り、リース!?」
リリィは突然の暖かな感触に驚き、その両目を見開く。
やがてはっきりとした視界で周りを見ると、ポケットに両手を入れたウィルドが微笑みながら立っていた。