第177話:覚醒・黒炎竜
「ちょっと、リリィっち動かないよ……ねえ、大丈夫なの!?」
「俺が知るかよ! でもあいつは、そう簡単に死ぬタマじゃねえ!」
「リリィさん……!」
ウィルドの攻撃を受けたリリィは、巨大な岩に身体を埋めたままピクリとも動かない。
ウィルドは風に乗ってゆっくりとリリィへ近づきながら、小さく息を落とした。
「やっぱ無茶、だったかな……うーん」
頭をボリボリと搔きながら、ウィルドは困ったように眉を顰める。
そうしてウィルドが次第に近づいていくと、リリィの体が何かに弾かれるように一度跳ね、その両目が力強く見開かれた。
「!? やった! リリィっち生きてた! 生きてたよ!」
両目を見開いたリリィを見たアスカは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらリリィの生還を喜ぶ。
しかしリースは困惑した様子で、そんなリリィを見つめていた。
「リリィ、さん……?」
「…………」
リリィは両目を見開いたまま、光の無い瞳でウィルドを見つめる。
そんなリリィの様子を見たウィルドは、天を仰ぎながら片手で自身の両目を押さえた。
「ああ、くそ。そうだけど、そうじゃねえんだよなぁ……!」
ウィルドは悔しそうに口元を歪ませながら、大きなため息を落とす。
そんなウィルドの姿を見たリリィは、大きく口を開いた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「っ!? ドラ、ゴン……!?」
リリィの口から、ドラゴンの咆哮が響き渡る。
その咆哮は山を震わせ、地面を割り、空の雲を引き裂く。
やがてリリィの全身は岩から抜き出され、空中に浮遊すると……残像を残して消え去った。
「そんな……消えた!?」
リースは目の前から消失したリリィの姿に驚き、両目を見開いて声を荒げる。
その声を聞いていたウィルドは、悲しそうに眉を顰めながら空を見上げた。
「違うな……リース。上だよ」
「うえ……? !?」
ウィルドに促されるまま視線を向けたリースの目に、その黒き翼を羽ばたかせるドラゴンの姿が映る。
ドラゴンはその巨大な口から大量の涎を垂らし、血走った眼で中空を見つめる。
リースはその赤い瞳を見ると、すぐにそれがリリィであることに気が付いた。
「リリィさん……? リリィさん!」
「ええっ!? あれが!?」
「マジかよ……」
リースの言葉を受けたアニキ達は、信じられないといった様子で黒きドラゴンを見つめる。
ドラゴンは巨大な翼を羽ばたかせ、相変わらず空中に静止していた。
「リリィさん!? リリィさんだいじょぶ!?」
「っ!? リース! あまりそのドラゴンを刺激するな!」
繰り返し声をかけるリースに対し、珍しく声を荒げるウィルド。
やがて黒きドラゴンは空中に浮かんでいるリース達に気付くと、その口を開き照準を合わせた。
「えっ……」
『グオアアアアアアアアアアアアアア!』
黒きドラゴンはその巨大な口から黒い炎を吐き出し、迸る黒い炎はリース達を焼き尽くそうと襲い掛かる。
咄嗟にアニキがリースとドラゴンの間に割って入るが、それより一歩早く、ウィルドが黒い炎の前に立ち塞がった。
黒い炎は勢いを増しながら、ウィルドに向かって襲い掛かる。
ウィルドは左手を前に突き出すと風を生み出し、その黒い炎を周囲へと散らした。
「黒炎竜、か。見るのは数千年ぶりじゃねえのか? いやマジで」
ウィルドは小さく笑いながら、黒き竜を正面に見据える。
やがてウィルドは右手を振り下ろしてリース達を地上に降ろすと、黒きドラゴンにゆっくりと近づいた。
「これがあの竜の娘に入っていたドラゴン、か。想像よりずっとヤバイな」
『グオアアアアアアアアアアアアアアアア!』
自身のドラゴンブレスを防がれたことが頭にきたのか、黒炎竜と呼ばれたドラゴンは怒りの咆哮を響かせる。
そんな黒炎竜の姿に小さく息を落としたウィルドだったが、その瞬間近距離に黒炎竜が現れた。
「はやっ!? マジかよ……!」
ウィルドは歯を見せて笑いながら、上半身を後ろへと逸らせる。
そんなウィルドの動きを肯定するように、元々ウィルドの上半身があった場所には、黒炎竜の爪が襲い掛かった。
空間を引き裂いた黒炎竜の爪の一撃は突風を生み出し、ウィルドのすぐ上の空気を震わせる。
攻撃を回避された黒炎竜は再び咆哮を響かせながら、今度は縦の動きで空間を引き裂いた。
「うっわ、マジか。食らったらさすがにやべーな」
ウィルドはポケットに両手を入れたまま身体を横にスライドさせ、紙一重で黒炎竜の爪を回避する。
しかし縦に空間を切り裂いた爪の威力は凄まじく、その衝撃波によって地面は裂け、山の間に新たな谷が作られた。