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第175話:試練の始まり

「あの、ウィルドさん。試練ってどういうこと?」


 リースは不安そうな表情を浮かべ、ウィルドに向かって質問する。

 ウィルドは微笑みを浮かべながら、柔らかな声でそれに答えた。


「いやな……その竜の娘にはこの先、結構な苦難が待ってるんだ。運命なんて選択の繋ぎ合わせに過ぎないが、それでもまあまあ信用できる。いずれにせよ今のままじゃ、その竜の娘は自分の運命に立ち向かえない。だから試練が必要なのさ」


 ウィルドは困ったように眉を顰めながら、リースに向かって説明する。

 その説明を受けたリースはその意味を上手く理解できず首を傾げ、そんなリースの様子を見たリリィはウィルドに対して返事を返した。


「つまり、今の私では近い将来死ぬことになる。だから今の内に鍛えておく……ということでしょうか」


 リリィは真っ直ぐにウィルドの目を見つめながら、迷いの無い瞳で言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの瞳を見たウィルドは、微笑みながら頷いた。


「はっきり言うね。でもその通りだ。今のままの君じゃ、リースはおろか自分自身も守れないだろう」

「そんな……」


 リリィの強さをよく知っているリースは、信じられないといった様子で顔を横に振る。

 しかしリリィはウィルドの言葉に納得したのか、フード付きのマントを脱ぎ捨ててウィルドへと一歩近づいた。


「どうか試練をお願いします、ウィルド様。私自身の未熟さは、先のウィンドドラゴンとの戦いでよくわかっていますから」


 リリィは鉄製の足防具のかかとを鳴らしながら、ウィルドに向かって数歩近づく。

 そんなリリィを見たウィルドは、リース達に手をかざし、その身体を空へと昇らせた。

 リース、アニキ、アスカ、イクサの四人はいつのまにか風に包まれ、ゆっくりと上空に向かって浮かんでいく。

 段々と離れ、小さくなっていくリリィの後ろ姿に、リースは強い不安を感じた。

 リリィと正面で対峙したウィルドは両手をポケットの中に入れ、優しく促すように言葉を紡ぐ。


「わかってるかもしれないが、俺の試練は簡単じゃない。もしかしたら怪我をするかもしれないし、最悪命を落とすかもしれん。それでも―――」

「それでも、お願いします。己が運命に立ち向かうためなら、一歩でも前に進みたいのです」

「即答かよ。嫌いじゃねーぜ、そういうの」


 ウィルドは楽しそうに笑いながら、その白い歯をリリィに見せる。

 リリィは優しい風に黒く長い髪を流しながら、柔らかな笑顔を浮かべていた。


「さて、試練の内容だけど……いたって単純だ。俺に少しでも傷をつければいい。それだけさ」

「ははっ……それは難題ですね」


 リリィは小さく笑いながら、ウィルドに向かって返事を返す。

 そんなリリィの笑顔を見たウィルドは、同じく笑いながら言葉を続けた。


「そうだな……始める前にひとつ、アドバイスしよう。“君の中にある黒い感情と、正面から向き合うこと”」

「黒い、感情……」


 ウィルドの言葉を受けた瞬間、リリィの胸の鼓動がドクンと跳ねる。

 リリィは胸元に手を当てると、緊張した様子で大きく唾を飲み込んだ。


「君の中にある黒い感情と、正面から向き合うこと。それができれば、何かが変わる。それができなければ……“これまでと同じ”だ」

「……っ!」


 一瞬で厳しくなったウィルドの視線に縛られ、眉間に皺を寄せるリリィ。

 両足はカタカタと小さく震え、リリィはその震えを誤魔化すように、腰元の剣を引き抜いた。


「そう、それでいい。虚勢だって立派な覚悟だよ」


 ウィルドは両手をポケットに入れたまま、背中に風を受けて柔らかに微笑む。

 リリィは大きく息を吸い込むと、剣を構えながらウィルドに向かって駆け出した。


「はあああああああああああああ!」


 リリィは驚異的なダッシュで一瞬にしてウィルドとの距離を詰めると、その勢いのまま肩に担いだ剣を振り下ろす。

 ウィルドは余裕の表情を浮かべながら振り下ろされた刃を最後まで目で追いつつ、半歩横に歩いてそれを回避した。


「くっ……!」


 ウィルドの動きを全く目で追えないリリィは、奥歯を噛み締めながら振り下ろした剣をそのまま斜め上へと切り上げる。

 そんなリリィの表情を見たウィルドは、小さく息を落として刃を見ることもなく、その攻撃を上体の動きだけで回避した。


「速く、強い。さすがは竜の娘だ。でも―――足りない」

「っ!?」


 ウィルドはにっこりと微笑むと、リリィの頭部にデコピンを打ち込む。

 頭部に受けた衝撃のままにリリィは後ろへと吹き飛び、大量の水晶を破壊しながら地面を転がった。


「リリィさん!? リリィさん!」


 空中からその様子を見ていたリースは、自身を運んだ風に触れながらリリィに向かって言葉を発する。

 その言葉が聞こえているのかいないのか、リリィは自身の額を片手で押さえ、剣を杖のように使いながらかろうじて立ち上がった。


「あの一撃を耐えるのか。……ちょっと手を抜きすぎたかな」

「はぁっ……はぁっ……」


 リリィは荒い呼吸を吐きながら、ぼやける視界で遠くに見えるウィルドを見つめる。

 眉間に力を込めたリリィはかろうじて意識を繋ぎとめ、真っ直ぐにウィルドを見つめた。

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