第174話:リースの選択
爽やかな風が吹く水晶群の中心で、ウィルドは言い難そうに口をもごもごと動かす。
そんなウィルドに再び声をかけようとリリィが口を開いた瞬間、ウィルドは言葉を紡ぎ始めた。
「まあ、その、確かに最初はリースを連れて行くつもりでここに来たんだ。でもアクアの奴に“何年も放っておいて今更何言ってるの!?”って怒られちゃってさ。良く考えたら人間にとっての数年はかなり長いんだよなぁって今更ながらに気付いたんだ」
ウィルドはばつが悪そうに頭を搔きながら、リリィ達に向かって必死に説明する。
そんなウィルドの言葉を聞いたイクサは、リリィより一歩早く返事を返した。
「つまりウィルド様は、水の大精霊様に怒られて自分の過ちに気付いた。そして過ちを犯した自分がリースを引き取る資格があるのか悩んでいる……ということでしょうか」
「そういうこと、かな。リース、何年も放っておいて本当ごめんな。見守ってはいたんだけど、もっと早くにお前を迎えに来るべきだった」
ウィルドは両手を身体の横で揃え、リースに向かって深々と頭を下げる。
そんなウィルドの姿を見たリースは、ぶんぶんと両手を横に振って返事を返した。
「そ、そんな! 僕はだいじょぶだよ! 小さい頃はお母さんがいてくれたし。それに今は……みんながいるから」
リースはウィルドに向かって返事を返し、リリィ達へと視線を向ける。
そんなリースの言葉を聞いたリリィは、溢れた涙を瞼に溜めて奥歯を噛み締めた。
「リース……」
思ってもいなかったリースの言葉に感激したリリィは、潤んだ視界を眉間に皺を寄せることではっきりさせる。
そんなリリィとリースの姿を見たウィルドは、小さく笑いながら言葉を返した。
「そっか。お前はもう、自分の居場所を見つけたんだな。小さいのに立派なもんだ」
「えへへ……」
ウィルドはリースに近づくと、その頭をわしわしと撫でる。
二人の顔は良く似ていて、リースがウィルドの子どもなのだと、リリィは改めて確認した。
「リース……」
「??? どしたのリリィさん」
リリィは奥歯を噛み締め、涙が零れないようにしながらかろうじてリースの名前を呼ぶ。
そんなリリィの声を聞いたリースは、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「リース、お前はウィルド様の傍にいろ。子どもは両親の傍にいるのが一番だ」
「えっ……」
リリィは眉を顰めながらも、かろうじて言葉を紡ぐ。
ずっと、心に決めていた。
いつかリースの両親が見つかったら、両親にリースを引き渡そうと。
まさかこんなに早く別れの時が来るとは思っていなかったが、これも運命なのかもしれない。
リリィはリースとの別れに強い悲しみを覚えながらも、どうにかその言葉を口にしていた。
「うーん……悪いけどリリィさん。それは無理だよ」
「!? な、何故だ! リースも親元にいたほうが幸せだろう!?」
即答する形で返事を返してきたリースに対し、動揺した様子で返事を返すリリィ。
そんなリリィの姿を見ると、リースは落ち着いた様子で言葉を続けた。
「だって、今は“みんな”が僕にとっての家族だもん。お母さんもお父さんも大事だけど……でもそれ以上に僕は、みんなと一緒に旅を続けたいんだ」
「リース……」
強い決心が込められて輝く、リースのその青い瞳。
今になって考えてみれば、リースはいつだって自分の道を自分で決めてきた。
きっとリリィがリースの事を考えていたのと同じくらい、いやそれ以上に、リースはリリィ達のことを考えていたのだ。
リースの迷い無きその瞳には、それだけの強い意思が込められていた。
アニキは頭の後ろで手を組みながら、リリィに向かって言葉を紡ぐ。
「ま、本人がああ言ってんだ。好きにさせてやりゃいいんじゃねえの?」
「しかし……」
リリィは目を伏せながら、アニキに向かって言葉を落とす。
そんなリリィを見たアニキは、小さく笑いながらリースを見つめ、言葉を続けた。
「そもそも、俺達が断ったって勝手についてくると思うぜ? だろ、リース」
「うん! さっすがアニキさん!」
リースはアニキの言葉に同意し、悪戯な笑顔で大きく頷く。
そんなリースを見たリリィは、潤んだ瞳で小さく笑った。
「リース。まったくお前って奴は……」
本当に、手におえない。
リリィは心の中で降参するように両手を上げながら、しかしどこか楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「わかったよ、リース。お前の好きにするといい」
「!? ありがと、リリィさん!」
リリィの言葉を受けたリースは、まるで花咲くような笑顔を見せる。
そんなリースの笑顔を見たリリィは、そんなリースの頭をポンポンと撫でた。
「うーん……まあリースを連れてくのはいいんだけど、竜の娘にはちょーっと“試練”を受けてもらった方が良いかもね。これからのために」
「…………えっ?」
突然のウィルドからの言葉に反応できず、聞き返すように声を漏らすリリィ。
ウィルドは再びばつの悪そうな様子で、困ったような笑顔を浮かべていた。