第170話:奇跡の泉
「しかし随分と疲れてるなぁ。だいじょぶかい?」
黄緑色の髪をした青年はフランクな様子であぐらをかいて座り、アニキに向かって質問する。
アニキは引き続き警戒しながらも、返事を返した。
「俺は別にたいしたことねえよ。ちょっと疲れただけだ」
アニキはボリボリと頭を搔きながら、青年に向かって返事を返す。
その言葉を聞いた青年は、ぽんっと拳を手のひらに当てながら言葉を続けた。
「あーそうそう、自己紹介を忘れてたな。俺の名はウィルド。ウィルド=カムイだ。よろしくなっ」
「お、おう。ウィルドか。こっちこそよろしく」
歯を見せて爽やかに笑いながら握手を求めてきたウィルドに毒気を抜かれたアニキは、驚きに目を見開きながらも素直に握手を交わす。
ウィルドはそんなアニキに満足そうに微笑むと、アニキが瞬きをした一瞬の間にリリィの目の前へと移動した。
『っ!? こいつ、いつのまに……!?』
ウィンドドラゴンやアスカのスピードもなんとか視線で追えていたのに、ウィルドの動きは全くわからなかった。
アニキはその事実がショックで、ウィルドの方へ顔を向けるのも忘れて呆然と中空を見つめた。
「あーりゃりゃ、こっちの竜の娘は重傷だなぁ。まあほっといてもだいじょぶだけど、一応治療しとくか」
ウィルドはほっぺを膨らませてむむむと唸ると、やがて立ち上がってアニキ達の前へと歩いてくる。
アニキとアスカが不思議そうにウィルドの挙動を見守っていると、やがてウィルドは右手を地面にかざした。
「本当はアクアの方がこういうのは得意なんだけど…………ていっ」
「「っ!?」」
ウィルドが手をかざした地面には突然裂け目が出現し、その間から水が噴き出してくる。
最初は水が噴き出しているだけだった地面にはいつのまにか白い陶器の器が創造され、地面から吹き出した水を見事に受け取っている。
陶器に溜まった水はキラキラと美しく輝き、この世のものとは思えない美しさを持っていた。
「おお~上手くいった! やるじゃん俺! 五千年ぶりくらいだったけどいけるもんだな!」
ウィルドは少年のような笑顔を浮かべてぴょんぴょん飛びはねると、嬉しそうにガッツポーズを決める。
やがてウィルドは湧き出てくる水を手ですくって口に含むと「うん、ちゃんと出来てるな。おっけーおっけー」と、満足そうに頷いた。
「そこの陰陽師のねーちゃん。この水を皆に飲ましてやってくんね? とりあえずあんたが飲んでもいいけど」
「へぁっ!? あ、う、うん!」
突然ウィルドに任命されたアスカは、驚きながらも頷いて泉へと近づく。
先ほどウィルドが既に飲んでいるから、毒などの罠という可能性は限りなく低い。
アスカは一度ごくりと喉を鳴らすと、緊張した面持ちで湧き出してくる水を一口飲んだ。
「なっ……なにこれ!? めちゃくちゃ美味しい!」
アスカは水をすくった手をぷるぷると震わせながら、両目を見開いて言葉を発する。
その瞬間アスカの全身にあった傷は綺麗に癒え、元の健康な身体に戻っていた。
「いや、ていうかお前傷治ってね!?」
「あ、ほんとだ! どゆこと!?」
アスカの全身に刻まれていた細かい切り傷や擦り傷が、水を飲んだ途端全て消え去っている。
その上アスカの身体にあった疲労感は全て吹き飛び、身体の奥底から活力が湧き出てくるのを感じた。
「おいおい。こりゃ魔術とかそんなレベルじゃねえぞ。ウィルドおめえ、一体何者だ?」
自分達を倒すつもりなら、とっくに攻撃されていておかしくない。
その事実から推測するに、ウィルドに敵意がないことは理解できる。
しかし目の前で行われた奇跡のような所業に、アニキは警戒心を感じずにいられなかった。
「んー、それはおいおい話すとして、とりあえず水を皆に飲ましてやろうぜ? この水飲んどきゃ大抵の傷はどうにかなるからさ」
「そーだよアニキっち! これマジ美味いよ!? 千杯くらい飲めそうな感じ!」
アスカは鼻息荒くアニキへ近づき、水の美味さに興奮した様子で言葉を発する。
そんなアスカの言葉を受けたアニキは、大粒の汗を額に流しながら返事を返した。
「いやいや! 重要なのは味じゃねーから!」
「のどごし?」
「そこじゃねーよ! もっと警戒しろっつーの!」
アニキは片手で頭を抱えながら、警戒心ゼロのアスカへと言葉をぶつける。
そんな二人の様子を見たウィルドは、楽しそうに笑い声を響かせた。