第169話:戦い終わって
「おーいアスカぁ。そっちの馬鹿剣士は無事か?」
アニキはイクサとリースをその肩に担ぎ、ふらつきながらもアスカに向かって歩いていく。
アスカもリリィを肩に担ぎながら、震える足で賢明にアニキへと近づいていた。
「うーい。なんとか息はしてるから大丈夫だと思うよー」
アニキとアスカはそれぞれ人を背負った状態で、水晶群の中央へと歩みを進める。
やがて合流した二人はリリィ達を一列に寝かせ、ぐったりとした様子でその場に腰を下ろした。
「ちっ……俺もだらしねえな。こっから一歩も動ける気がしねえ」
アニキは悔しそうに眉間に皺を寄せながら、吐き捨てるように言葉を発する。
そんなアニキの言葉を受けたアスカは、小さくため息を落としながら返事を返した。
「う~……右に同じ。でもしょーがないって、あのドラゴン強すぎたもん」
アスカは小さく息を落としながら、遠くの山肌にめり込んだ状態で気絶しているウィンドドラゴンを見つめる。
ドラゴンはピクリとも動かず、白目を剥いて意識を手放している。
目測ではあるが、少なくとも今すぐに目覚めるということはないだろう。
「ま、しょうがねえな。ドラゴンの野郎は気がかりだが、ここで休むしかねーだろ」
アニキは横目でドラゴンを気にしながら、疲れた様子で言葉を発する。
その言葉を受けたアスカは、小さく笑いながら返事を返した。
「あはは、それ賛成~。あたしも全然動ける気がしないわ」
アニキとアスカはほぼ同時に仰向けになって倒れ、砕けた水晶の向こうに見える青空を見上げる。
空中で輝く水晶の欠片とその向こうに広がる青空を見上げていると、先ほどまでの死闘がまるで夢のような気さえしてきた。
「一応勝ったんだよね……あたし達。あのドラゴンって、モンスターのランクで言うとどのくらいなのかなぁ?」
アスカは小さく首を傾げながら、隣に寝そべっているアニキへと言葉を発する。
そんなアスカの言葉を受けたアニキは、頭の後ろで手を組んで空を見上げながら、返事を返した。
「さぁな。俺もランクにゃ詳しくねえし、さっぱりわからねえ。ただ、少なくとも―――」
「少なくとも?」
アスカは頭に疑問符を浮かべながら、途中で言葉を止めたアニキへと続きを促す。
アニキは少しだけ楽しそうに笑いながら、そんなアスカへと言葉を続けた。
「少なくとも“ドラゴンと戦って気絶させた”なんて話、誰も信じねえだろうな。何せドラゴンを見たってだけで変人扱いされるんだから」
「あ、あはは。それは確かにそうだけど、笑えないね……」
アニキは何故か楽しそうに笑い、アスカは引きつった笑顔を見せる。
そうして独特の空気を纏いながら会話をする二人の頭上から、突然黄緑色の光が差し込んできた。
「なっ……なんだ!? また敵かよ!」
アニキは眉間に皺を寄せた状態で身体を起こし、右腕を押さえながら光の差し込んでくる方向を睨みつける。
しかしその視線の先は黄緑色の光が完全に支配しており、目を細めても何も見えなかった。
「は、ははは。マジで? 勘弁してよもう」
アスカはぐったりとした状態で身体を起こすこともなく、乾いた笑いを響かせる。
そんなアスカに檄を飛ばそうとアニキが口を開いた瞬間、光の向こうから人のようなシルエットが出現し、そこから声が響いてきた。
「あーらら、ウィンドドラゴンが気絶してるわ。こんなん千年ぶりくらいじゃね?」
黄緑色の光の向こうから、人の形をしたシルエットが次第に近づいてくる。
透き通るようなその声を聞いたアニキは、奥歯を噛み締めながら左手で拳を作り、そこに炎を宿した。
「あー、だいじょぶだいじょぶ。俺別に敵じゃねーから」
「なっ……!?」
声が響いた瞬間、アニキの左手を黄緑色の風が包み込み、宿っていたはずの炎を消失させる。
そこからアニキが何度炎を生み出そうとしても、全く反応がない。
初めて陥る状況にアニキが苦心していると、光の向こうから黄緑色の髪をした青年がゆっくりと歩いてきた。
「すげーな、人間の子。ウィンドドラゴンの気絶なんて、俺久しぶりに見たよ」
「…………」
黄緑色の髪をした青年は上半身に浮遊した白い布を纏い、同じく白いズボンのポケットに両手を入れた状態でゆっくりと歩いてくる。
青年の顔はこの世のものとは思えないほど整っており、すっきりとした目鼻立ちで悪戯な笑顔を浮かべている。
かろうじて上半身を起こしたアスカはそんな青年の顔を見ると、両目を見開いてぽかんと口を開いた。
「うっわマジか。すげえイケメン」
「……おめえ、ようやく口を開いたかと思えばそれかよ」
アニキは呑気なアスカの台詞にがくっと肩を落とし、どこか間抜けなその横顔を見て苦笑いを浮かべる。
そんなアニキ達を見た青年は柔らかな風に包まれながら、穏やかな視線を二人へと送っていた。